第3話:覚醒
「そんな竹刀1本で、私に歯向かう気でいるんですかぁ?」
美怜は竹刀1本でエンリット、魔術師と名乗った得体の知れない男に立ち向かおうとしている。
魔術師と自称してる奴を普通は胡散臭いと一笑に付すかもしれない。
でも見ちまった!あいつが魔法を使うところを、炎の玉で孤児院に放火するところを!
「慶次!!泣くにはまだ早いわ!早く孤児院の子供たちとママを助けに行って!!」
「助けに…」
「慶次!早く行きなさい!!」
「くっ…、わかったみんなを助け出してみせる。だから美怜、お前も死ぬなよ!!」
「私はそんなヤワじゃないわよ…!」
慶次が走っていくのを見送る。
慶次のパニクってる姿を見たら少し落ち着けたみたい。
怒りは未だ煮えたぎってるけどね!
「見送らせてくれたけど、油断でもしてるわけ?」
「油断?しない方が無理というものですよ〜。ただの猿ごときにねぇ」
「その猿に今からあんたは殺されるのよ!」
体勢を低くして正面から突っ込む。
「無駄なことを!」
エンリットが右手の掌を私に向けて突き出す。
赤い魔法陣、さっき孤児院に炎の玉を放ったのと同じものだろう。
でも…、
「遅い」
足首の力も使い、踏み切った右足の力を最大限前に引き出す。
前方に跳躍しながら竹刀をエンリットの右手目掛けて振り上げる。
炎の玉が放たれるよりも早く、竹刀が右手を捉え上へ叩き上げる。
炎の玉が真っ暗な空へと放たれていく。
「はぁぁぁぁっ!!」
間髪入れずに腕を引き、エンリットの喉にスピードと体重を乗せた渾身の突きを打ち出す。
竹刀の剣先の一点に込められた運動エネルギーを受け、エンリットが吹っ飛ぶ。
木々が燃える音がなり続ける中。
今の美怜の全力の一撃を受けたエンリットが立ち上がった。
その喉には美怜の突きを受けた痕跡は全くなく、丁度突きを受けた箇所には白い小さな魔法陣が一つ浮かびあがっていた。
「私が油断している時に倒せないようでは、所詮猿は猿。その程度ってことですねぇ〜」
そう言いながら、エンリットは懐から西洋剣を取り出した。
俺は走った。
ただただ全力で。
振り返って足をを止めれば美怜の決意を裏切ることになる。
そう思ってただ全力で走った。
孤児院は炎に包まれていたが、幸いまだ全域に燃え移ってはいない。
玄関にある消火器を持って子供たちの寝室に入る。
部屋の隅に真由美さんと子供たちが固まっている。
怪我人はいないみたいだが、焼けて崩れた柱と炎に挟まれて逃げ場がない。
「今助けるから!絶対に助けるから!!」
真由美さん達に聞こえるように、自らを鼓舞するように大声を出す。
消火器の安全ピンを炎の根本に向けて噴射する。
不思議とどの程度噴射すればここの火が消えるだとか、逃げ道を作るためにどこの火を消せばいいかが瞬時に頭の中に閃いていた。
なんとか真由美さん達を炎の檻から救出する。
「ありがとう、慶次…!ありがとう…」
「お礼なんていつでも聞くから、早く外に!確かガレージに車があったろ。あれで学園都市まで逃げてくれ!!」
「わかったわ!美怜も呼んで早くみんなで脱出しましょう!!」
「美怜は今、放火魔と戦ってる。その放火魔が、ヤバイ奴なんだ!うまく説明できないけど、人間なんかに太刀打ちできるかもわからないくらいヤバイんだ!!」
「だったら皆で太刀打ちすれば…!!」
「それもダメだ!数が多ければ勝てるとかそんな次元じゃないんだ!!」
「じゃあどうすればいいのよ!!」
「俺が行く!!」
それしかないんだろう。
「俺が…、放火魔も倒して、美怜も助ける。だから、今は逃げてくれ……!!」
涙を流しながら、震える手で真由美さんの肩を掴む。
俺の決意と、事の重大さを悟ってくれたのか、真由美さんは頷いてくれた。
「道場の倉庫に、桐生式対人剣術の当主に受け継がれてきた刀があります。それを使ってください。親としてこんなことを言うのはどうかと思うけれど、生きるために殺すしかないのなら躊躇わないで!大丈夫、あなたが罪に問われるようなら、私達が全力で助けます!だから…、絶対に帰ってきて!美怜と慶次、二人で必ず!!」
まだ火が燃え移っていない森の裏道から車で逃げていく真由美さん達を横目に、刀がある倉庫に向かった。
倉庫の中は薄暗かったが、窓から入る月明かりのおかげで、刀が入った木箱を見つけることが出来た。
中には、真由美さんの言っていた日本刀が入っていたが、柄と鞘が鎖で繋がれていて抜くことが出来ないようになっている。
「当主に受け継がれて来たってのがこの鎖と関係してるのか?」
力いっぱい引き抜こうとするがびくともしない。
美怜なら使えるのか?
取り敢えず持ってくしかないか。
鞘ごと持ってさっき美怜と別れた場所に向かう。
「美怜!無事か!!」
道場の角を曲がった先には地面に倒れた美怜とそれを眺める男、エンリットの姿があった。
「安心してもらって結構ですよ〜、まだ殺してませんからぁ」
「まだってことはいずれ殺すってことだろ?なんでだ、なんで俺達を狙うんだよ!俺達が何かしたっていうのかよ!!」
「何もしていないさ。でも強いて言うなら、君たちの存在そのものが邪魔なんだよ」
存在そのものが罪って…、どういうことだよ!?
「まぁ、どうせ殺すんなら楽しみたいんでぇ〜、あなたの目の前でこいつを殺して絶望した表情を眺めながら殺すのも趣があるなぁ…なんて思ったんですねぇ」
「下衆野郎が…!!」
今すぐその首を掻っ切ってやりたいが、今の俺には鞘から抜くことができない刀が1本あるだけ。
「それじゃあいい顔して、絶望しちゃってくださぁい!!」
逆手に持った剣を美怜目掛けて突き刺す。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!笑える顔してますねェ!!殺すと思いました?死んじゃったと思いましたァ!?」
剣先は美怜の顔の横スレスレのところ通過して地面に刺さっていた。
「このクズ野郎ッ!!」
「慶次ぃ…、逃げて……お願ぃ…」
「逃げられるわけ無いだろ!絶対に、お前を助け出すから!!」
そうだ、抜刀できないからって何も武器にならないってわけじゃない。
柄を握っている手から、青い光の筋が神経のように刀に張り巡らされ、鞘の先まで伸びていく。
「なんだ、あれは?まさか覚醒…、したのか!?」
エンリットは剣を地面から引き抜く。
「優先度が変わった、まさか覚醒するとはな…。お前を先に始末する!!」
さっきのこちらを舐めきったような様子とは打って変わって、真剣になっている。
10mはある距離を瞬く間に詰めてくる。
「死ね!異能者がァ!!」
その前方への勢いを利用して突きを繰り出してくる。
それを右下から左上へと刀を切り上げ軌道をそらす。
エンリットは時計回りに体を回転させ俺の下段に打ち込んでくる。
「くッ!!」
回転の途中に繰り出された回し蹴りで足払いを受ける。
身体が空中で横向きになり重力に引かれて地面に落ちていく。
一拍遅れてくる斬撃の軌道の先にはバランスを崩され、倒された俺の頭がある。
「死ねッ!!」
回転の力を加えて加速した横薙ぎ、その軌道上に防ぐようにして地面に刀を突き立てる。
剣が突き立てられた刀とか衝突する。
その刹那に、身体を宙に浮かせ刀の角度を変え、身体と地面の間に剣を潜らせ空中での回転受け身をとる。
大振りをして隙ができたエンリットの側頭部に全力で打ち込む。
捉えた手応えはあった。
いや、人の頭を打った感触じゃない。
俺の一撃は小さな白い魔法陣に防がれていた。
そのことに気づいたときには脇腹を蹴られて道場の中にまで飛ばされていた。
意識が朦朧とする。
(大丈夫かよ、お前)
頭の中に直接声が聞こえる。
(いいやられっぷりだな、多分死ぬぜ?)
死んでもいいさ、美怜を助けられれば。
(お前が死んだら今度は美怜の番だ、死んだら助けることなんてできないぜ?)
なら、死なない。
死なずに助け出す。
(ただの棒きれで何が出来る?)
ただの棒きれじゃない、俺にとっては立派な武器だ。
(武器?笑わせるなよ、刀ってのは鞘から抜かなきゃ武器って呼べねぇんだよ)
鞘から抜ければ苦労しないってーの。
変な鎖でがっちり固められてるんだよ!
(なら鎖をどうにかしてみろ、どんなに凄い武器でも本来の使い方ができないならそれは使いこなすとはいえないぜ?)
意識がはっきりとし始め、それと同時に謎の声が遠ざかっていく。
「遺言は考え終えたか?まぁ言わせる気も書かせる気もないがな!」
エンリットが剣を構え直す。
鎖をなんとかしろ…か。
納刀したまま勝つってのはほぼ無理だろうな。
「やるしかないか…!」
刀を構え直し、鞘の先まで青い線を張り巡らせ意識を集中する。
エンリットが赤い魔法陣を発動する。
炎の玉が生成され、徐々に大きくなっていく。
こっちに遠距離攻撃がないとみて戦い方を変えてきやがった。
今から詰め寄っても間に合わない。
足元に倒れていた花瓶を咄嗟に掴む。
青い光の筋が花瓶に張り巡らされる。
炎の玉が発射されるのと俺が花瓶を投擲するのはほぼ同時だった。
俺とエンリットとの距離の丁度中間地点で花瓶と炎が激突し爆発する。
咄嗟に思いついたんだが、できるもんだな。
いや、できるとわかってたんだけどな。
触れた瞬間に、青い光の筋が花瓶に張り巡らされた瞬間にできるとわかった。
これが俺の才能なのか?
いや、才能ってのはあくまで人間のできることの延長上にあるもんだろ。
俺のは才能と呼ぶにはあまりに異常、こいつが異能って呼ぶのもわかるかもな。
爆風を突き抜けてエンリットが接近してくる。
流れるような連撃を浴びせてくるが、それをすべて捌ききる。
「しぶといんだよ、クズが!!」
大きく振りかぶって上段から放たれた渾身の一撃を刀を横に持ちなんとか防ぐ。
「俺がクズならお前はクズ以下のゴミだぜ!」
俺の言葉にカチンと来たのか刀越しに力が強まったのを感じる。
「お前に俺は殺せない、それどころか殺されるのはお前の方だぜエンリット!!」
「まだ私を愚弄する気かァァ!!」
エンリットが蹴りを俺の腹に放つ。
数メートル飛ばされた俺目掛けて突きを繰り出す。
「待ってたぜ!!」
剣先に全体重が乗った突きを刀の鍔付近に巻いてある鎖に当てる。
ギャリ!っという音の後に、突きによって切られた鎖が宙に舞う。
そのまま突きを弾いて間合いをとる。
(よくやったぜ、上出来だ!)
また頭に直接声が聞こえる。
(さぁ、早く刀を抜け!)
「言われなくても抜くさ」
鞘から抜刀する。
鞘はそこらに投げ捨てとくか。
(よし、いいぞ!)
刀身に青い光の筋が張り巡らされていく。
(そこまでやればもう十分だ。あとは)
「黙って見てな!」
(どうなってんだこれ!?)
俺はさっきまで刀を握っていた。
なのに、今俺の目の前には俺がいる。
「今お前の身体を借りている。詳しいことは後で話すからよ!」
(俺の身体を借りている?それっていったい…)
「さっきからぶつぶつぶつぶつ何独り言喋っているんですかぁ?ついに頭もいかれちゃいました!刀を抜いたところであなたは私に勝てないんですよォ!!」
「うるせぇんだよ!さっきからなんだよその喋り方!語尾伸ばすのなんなんだよ!キモイんだよ!ウザイんだよ!」
刀を右脇に構える。
「弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものだ」
「喋り方にもムカつくが、お前は俺の女を傷つけた。お前を斬るには十分すぎる理由だぜ!」
(いきなり何言っちゃってくれてんのお前!!)
「俺の知る限り最強の技でお前を斬る!」
「できるもんならやってみろよ、クズがァ!!」
エンリットは右手を大きく引いて突きの構えをとる。
「時縛り、冥土の土産に持ってきな!!」
時縛り、美怜が使った桐生式対人剣術の技。
俺が持っている刀は、代々桐生式対人剣術の当主に継承されてきたもの。
それを使いこなすということは即ち、桐生式対人剣術を使いこなすということ!!
「行くぜ!!」
床を蹴り、エンリット目掛けて突っ込んでゆく。
「無能なバカが、串刺しにしてやりますよ!!」
エンリットが突きを放つ予備動作を起こすこの瞬間。
エンリットの突きのリーチに入るか入らないかの境目の間合いで。
止まる。
それは時間にしてコンマ1秒あるかないか。
減速ではなく完璧に停止する。
その少しのタイムラグで相手の初動のタイミングをずらす。
無意識のうちにタイミングをずらされた相手の腕は勢いを失う。
そこからさらにギアをあげて接近する俺に、お前は反応することができないッ!!
エンリットの右脇腹を慶次の刀が切り裂く。
「そんな、バカな…」
信じられないといった目で虚空を見つめるエンリットは、膝から崩れ落ちる。
「なんだよこの貧弱な身体は…、ちょっと浅くなっちまったじゃねーか!」
とどめを刺すべくエンリットに近づく。
「来るな、私は王宮に使える魔術師だぞ!私を殺せば王宮がお前達を地獄の底まで追いかけるぞ!!」
「知ったことかよ!殺しにくる奴は全員殺す。それはお前も例外じゃないんだぜ?」
「私は負けるわけには、死ぬわけにはいかない!より良い世界のためにも、我らが王のためにも!!」
エンリットが両手をこちらに突き出す。
「我が炎は悪を滅す聖なる炎」
白い魔法陣に赤い文字列、それが二重になったこれまでの魔法陣より一回り大きい。
(お、おい!早く逃げろって!!絶対それやばいから、必殺技的なやつだから!!)
「問題ねぇよ!」
右手を伸ばし手の先から青い光の筋が魔法陣に向かって伸びていく。
「その忌まわしい異能ごと消し炭にしてやる!聖炎の煌めき!!」
魔法陣の輝きが増していく。
「支配領域展開」
青い筋が魔法陣に張り巡らされていく。
「理解完了、支配完了」
頭の中に情報が流れ混んでくる。
(合成魔術…、二属性魔法陣…?)
聞き覚えのない単語が記憶に刻まれる。
「なぜだ!?なぜ魔術が発動しない!!」
青い筋が光を増していき、それに呼応するように魔法陣も光輝いていく。
「我が炎は悪を滅す聖なる炎。消し炭になるのはお前の方だぜエンリット!聖炎の煌めき!!」
聖なる炎が魔法陣からエンリットの方へと放たれる。
「そんなバカな!私が、異能者に負けるなんてありえてたまるかァァァ!!」
断末魔の叫びとともに白炎に焼かれていく。
辺りが目も開けられない程の白い閃光に覆われる。
次に目を開けた時にはエンリットの姿が跡形も無く消えていた。
(倒したのか!?)
「多分な、ちょっと疲れたから寝るわ」
「は?寝るってどういう…ってか身体戻ってるし!?」
身体が入れ替わった瞬間はちょっと身体がふわふわするな。
「ってそんな感想言ってる場合じゃないだろ!」
道場を出て外の美怜を見に行く。
土の上に横たわる美怜を見つけて急いで近寄る。
よかった、気絶してるだけだ…。
ほっとしたらなんだか俺も眠くなってきたような…。
戦いに夢中で気づかなかったが消防車のサイレンが近づいてくる。
真由美さんが呼んでくれたのかな、もうすぐここに着きそうだしこのまま寝ちゃってもいいよな…。
薄れていく意識の最後に見たのは、スースーと寝息を立てる美怜のかわいい寝顔だった。