第2話:崩れ去る日常
森の中、女の子と二人で遊んでた。
そこに山賊が一人現れて、ナイフで彼女を脅した。
彼女を人質に取ると懐から出した拳銃で僕を脅してきた。
村まで案内しろ。
早くしないと殺すと言ってきたが。
足がすくんで動けなかった。
声を出すことすらできなかった。
痺れを切らした山賊が銃で僕を撃った。
「アァァァァァァ!!」
発砲する少し前から、僕は力いっぱい叫んでいた。
絶叫に近い叫び。
無我夢中で叫んでいた。
目を瞑って叫んでいたので何が起きたのかわからなかった。
聞こえたのは山賊の悲鳴、少し遅れて女の子の悲鳴も聞こえた。
目を開けると自分の首にナイフを突き刺した男と返り血を浴びた女の子の姿があった。
これが夢で、何か大事な事だと感じ始めた頃には目が覚めていて、どんな夢だったかもしっかりと覚えてない。
寝起きの気だるさと頭のモヤモヤ感が相まって最悪な気分だが寝坊しなくて済んだな。
いつも通りニュースを見ながら朝食を食べ、身支度を済ませる。
ニュースで気になったことといえばまだ放火魔は捕まっていないらしい。
まだ近くに潜んでいるかもしれない、なんて思ったところで簡単には警戒心なんて生まれない。
良くも悪くも人間ってのは平和に慣れすぎてしまったのだろう。
殺人事件が近くで起きようと自分が巻き込まれなければ他人事で済んでしまう。
それが被害者も出ないボヤ騒ぎなら尚更だ。
食器洗いを済ませて時間を確認するも、まだ
30分程度待ち合わせより早い。
いつも待たせてばかりだし、たまには迎えにいってやろう。
デートの待ち合わせは男が待つのが定番だからな。
「………」
玄関の扉を開けると既に美怜が待ち構えていた。
かわいい系の白のフリフリのレースで装飾されたワンピースとそれらを台無しにする鋭い眼光で。
俺の経験則だが、今のこの状態「怒り待機状態」のときは取り敢えず褒めちぎる。
褒められて嫌な気になるやつはいないからな。
「服、かわいいな」
「………」
「すごく似合ってるよ」
「………そう」
「今日もかわいいな」
「あんまり調子に乗ってるとしばき倒すわよ」
白いワンピースの裾を翻してそっぽを向く。
長い髪の隙間から見える首筋が少しピンクがかっているのはワンピースの純白が眩しいからかな。
今から行く孤児院は、何もボランティア活動で行くってわけじゃない。
その孤児院は、美怜の両親が管理している。
だから、御両親に「娘さんをください!」と直談判しに行く…と多分殺されるのでやめておこう。
俺もその孤児院でお世話になってたんだ。高校上がるまではな。
そんな理由でたまに孤児院に戻ってきては親孝行をしてみたりするわけだ。
孤児院は学園都市から少し離れた山奥にある。
立地条件はちょっとあれだが自然と触れ合えるからそっちの方が子供にはいいかもな。
周りには自然を活かした遊具がある。
そこで数人の子供たちがワイワイ遊んでいる。
数年前はここに住んでたんだな。
懐かしく感じるよ。
孤児院の中に入ると美怜の母親、桐生 真由美さんが俺達を迎えてくれた。
「美怜、慶次もおかえりなさい」
「ただいま、マ…お母さん!」
「ただいま、真由美さん」
ママと言いかけてお母さんに直したんだな。
直さなくても昔からの付き合いなんだから、ママと呼んでいたことくらい知ってるさ。
「少し見ない間に随分成長したんじゃない?慶次も男らしくなったわね!」
「真由美さんは昔と変わらないな」
「美怜は昔みたいにママって呼んでくれないのね。ママ、すっごいショック…」
「え、いや…その…」
「冗談よ♡やっぱり素直でかわいいまんまね〜!」
頭を撫でられた美怜が頬を赤く染めている。
お母さん大好きっ子だもんなお前。
「玄水さんはどこに?」
「あの人なら昨日から出掛けてるわよ 。学園都市で何か会議でもあるみたい。せっかくあなたたちが帰ってくるっていうのに、ひどい人よね!」
頬を膨らませて腕くんで怒ってるよ。
大人なのに子供みたいな人だ。
「それで悪いんだけど…、代わりに道場で子供たちに稽古を付けてくれないかしら」
そんなお願いを断れるわけもなく、道場で子供たちに稽古を(主に美怜が)つけている。
桐生式対人剣術。
桐生の家に伝わる人を殺める為の剣術。
今はそれを改良して剣道で扱っているが、当主は代々、人斬りの為の剣術を継承しているとか。
「なぁー、慶次兄ちゃんと美怜姉ちゃんで試合やってよ〜!!」
「私も試合観たい〜!」
おい、お前ら。
俺が美怜に剣で勝てると思うか?
昨日散々叩きのめされたし正直勝てる気がしないんだけど…。
そんな弱音を子供たちに言えるわけもなく、仕方なく防具を着る。
「やるんだ〜?昨日散々負けたのに〜」
「昨日負けたからって今日も負けるとは限らないだろ」
竹刀を手に取る。
篭手を通しての感覚なのに、何故だろうか。
まるで竹刀が身体の一部みたいだとか大層な感じじゃないんだけど。
昨日よりもしっくりくるというか、手に馴染む。
いける…かもしれない。
「あんたの好きなタイミングで打ってきていいわよ」
「それじゃ、お構いなく!」
上段に振りかぶった大きな構えをとる。
最初の一撃をしくじれば負ける。
だが、成功すれば勝てる。
「行くぞ」
「早く来なさい」
…
……
………
沈黙がその場を支配する。
少し汚いかもしれないが、お前の集中が切れるまで粘らせてもらう。
人間が生きている上で必ずしも行ってしまう生理現象。
美怜の瞼が閉まるその瞬間、瞬きの一瞬の隙で前に1歩踏み出す。
そこは俺の竹刀が届く範囲内。
ほんのゼロコンマ数秒、美怜との実力の差を詰める。
しかし、美怜の反応も早かった。
慶次が1歩踏み出し終えた頃には、胴を狙って竹刀を右側に構えていた。
美怜が胴を狙う時は右側に構える。
昔からの癖だ。
上段の構えで隙をみせたら間違いなくそうくると思ったよ。
お前が胴を打つタイミングも軌道も身体が覚えてるぜ。
あとは、そこに全力で叩き込むだけだ!!
俺の竹刀が美怜の面の横を通過し、美玲の竹刀の手元の部分を強打する。
美玲の手元から竹刀が弾かれる。
見開かれた美怜の目。
ほんの一瞬だけ時間が止まったかに思えた。
今の美怜の表情、これが驚愕した顔ってやつなんだろうな。
そのまま流れるように胴を打ち込む。
「すっげえ!!」
「慶次兄ちゃんが勝った!!」
「いつも負けてばっかなのに!!」
おい、最後の一言余計だぞ。
確かに1度も勝ったこと無かったけどさ…。
「……かい」
竹刀を拾って構え直した美怜の様子がおかしい?
「どうした美怜?」
「もっかい勝負!!」
「いいのか〜?次期当主様が2回も同じ相手に負けちゃったらやばいんじゃないのかー?」
わざと挑発するような口調で喋る。
これで頭に血が上ってくれれば動きが読みやすくなるしな。
「それじゃ行くぜ!」
俺はまた上段に大きく構える。
俺の構えを見てか、美怜が後退する。
「逃げるのか?」
「いや、この"技"をやるには少々距離を取らないと行けなくてな」
"技"ね。
この距離から放つ技を俺は教わっていない。
つまり…、桐生式対人剣術の技ってことだ。
「時縛り」
美怜が技名と思われる言葉を口にする。
来る…!桐生式対人剣術の技が!!
美怜は竹刀を右側に構え、一直線に突進してくる。
直進してくる美怜が自分の竹刀の範囲内に入ろうとした瞬間に竹刀を振り下ろす。
だがその瞬間、俺の腕が止まった。
腕が止まったと感じた瞬間、さらに加速した美怜が俺の左脇腹に胴を打ち込んでいた。
「勝負ありね!」
勝った美怜に子供たちが集まる。
な…んだ?
俺は完璧なタイミングで美怜に面を打ち込んだ…はずだった。
目で追えなかったわけでもない、俺の腕が止まった瞬間もはっきりと美怜の動きが見えていた。
「なんで負けたのかわからないって顔ね。無理もないわ、私も初めてこの技を受けた時は目を疑ったもの」
「ってことは腕が止まったのは偶然じゃないってことかよ。そんなの強すぎじゃねーか!」
「ええ、桐生式対人剣術は最強だと自負しているわ!」
得意げに言っているところを見ると冗談ではなさそうだ。
その後、真由美さんが作った昼食を食べ午後はゲームで遊んだり外でおにごっこしたりして過ごした。
「なんで慶次は初めてやるゲームでも強いの!?」
「一番強いみっちゃんにも勝つなんてすげぇ…!!」
「まぁ、俺にはゲームの才能もあったってことだな!!」
なんて言ってたら真由美さんにボロ負けした。
絶対子供たちが寝たあとにやってるなこの人。
美怜率いるおにごっこ組も高度な戦いを繰り広げているようだ。
段差、木登り、フェイントまでやってるよ。
大人気ない美怜が無双するかと思ったけど、案外いい勝負だった。
夕飯を食べ風呂に入ったあと美怜が素振りをするらしいからついて行った。
「なんであんたも素振りするわけ?あんたの才能なら他のことをやってもっと才能の幅を広げた方がいいでしょ」
「美怜の才能は【刀剣類の扱いに長けた才能】だろ?自分ではどれくらい扱いが上手いと思ってるんだ?」
「どれくらいって言われても自分じゃわからないし…、でも才能のこともあるし"それなり"には扱えるわよ」
「"それなり"って言葉はさ、一見するとそこまで上手じゃないとか極めてないって感じがするけどさ、今の美怜の"それなり"は俺にとってはかなりレベルが高いんだ」
「褒めても何も出ないわよ」
「"それなり"には自分と相手の二種類の"それなり"が存在すると思うんだ。俺の才能の"それなり"の対象が俺じゃなく相手なら…、そのレベルまで実力があがるのさ!!」
「それって相手が謙遜してようやく互角ってだけで自分の強さに陶酔したナルシストには効かないってことよね?」
「そんなのわかりきってるさ。だから謙遜してる人が頂点に立てば…No.2、同率トップも夢じゃない!」
「夢を持つのはいいけど、それってただ強くなりたいってだけよね?強くなってどうすんの?」
「それは、お前のやろうとしてることと一緒だ!」
夜空に輝く満月の光が二人を照らす。
「玄水さん、真由美さん、美怜、孤児院のみんな。俺を拾ってくれて、今まで育ててくれた家族に恩返しをする。みんなが幸せに暮らせるように、金を稼いで、道場を繁栄させたり…、返しても返しきれない恩だけど、俺の一生を掛けて返せるだけ返すんだ」
「小っ恥ずかしいわね、正直キモいわ」
相変わらずの毒舌だこと。
キモイと言っちゃあいるが否定してないし目標は一緒ってことかな?
ってかそれならこいつ自分をキモイって言ってるようなもんじゃん、バカめ。
美怜が素振りしてるとこを眺めたり、一緒に素振りしたり休んだりしてると、ぼんやりと森の中がオレンジ色に染まっているように見えた。
染まっているというより、森が色を纏っているような…、パチパチと何かが弾けるような音も聞こえる。
おいちょっと待てよ!!
「あれって…火事!?」
美怜も異変に気づいたみたいだ。
「ようやく見つけましたぁ〜、この近くに転移してからずっと強い力を感じてたんですよぉ」
森な中から黒い服を着たいかにもやばい感じの男が出てきた。
「あなたは…いったい誰なの?」
「これは失敬。私はエンリット」
右手を前に出すと手の前に赤い輪と赤い文字が出現する。
その赤い輪の中心に小さな赤い球体が生成されていく。
小さな赤い球体が膨張していき、バレーボールくらいの大きさになる。
「魔術師です」
バレーボール大の赤い球体、いやもうわかっている。
あれが巨大な炎の玉だってことは。
手が、俺たちから子供たちが今寝ているであろう別館の孤児院に向けられる。
「やめろォォォ!!」
手を伸ばして男を取り押さえようと近づくが、その前に炎の玉が孤児院に向けて放たれた。
轟音、燃えている孤児院。
「あぁ、ああああああ!!」
ダメだ、理解ができない。
手足に力が入らない。
嗚咽混じりの絶叫をすることしか、できない。
息が続かなかくなり自分の絶叫が途切れたときに聞こえた。
「…ロス!」
背後にたっている美怜が小さくだが、はっきりとした殺意を持って言葉を発している。
「お前を、コロス!!」