少女皇帝
まだ10歳程のあどけない少女が嗤う。
その笑みの誘われ何千人もの人々が歓喜に震えた。
枝の様に細い両腕を広げ天を仰ぐ。
その小さな身体に不釣合いな、黒い服に身を包み少女はそこに存在する。
首周りを人間の生き血で染め上げた小鳥の羽根で覆い、床を引きずるマントの先は雄の孔雀の羽根を漆黒に染め、動く度にその動作に合わせ優雅に羽根が舞う。
マントの中は真っ黒なロングワンピースを光の加減で浮かび上がる特別な黒と赤糸を使って、薔薇の刺繍を施して仕上げている。
少女の動作で様々な薔薇が浮かび上がっては消えていく様を、人々が羨望の眼差しで見上げている。
彼女の立つ場所は、かつては玉座と呼ばれていた場所。
少女の立っている真後ろには、真紅の豪奢な玉座。
彼女は其処に座らず、立ったまま人々を見下ろす。
王の象徴でもある、玉座に座らなくとも彼女は観衆を魅了していた。
天窓から陽が差し込み、より一層彼女を神々しく輝かせるのに一役買っている。
今彼女は此処に在るもの全てを手中に収め、皇帝・・・いや神として君臨している。
羽化した直後を連想させる、瑞々しい少女の内には既に成熟した娼婦の様な妖艶さと、老いて老衰を迎え天寿を全うしようとしている老婆の様な悟り切った表情と、まだ母親の温もりから逃れられない子供のあどけなさが、見え隠れしながら共存してる。
彼女は少女であり、女であり母であり、皇帝でもありそして神でもある。
破滅の神が少女の身体に宿り、破滅を世界に産み落としていく。
その少女の内に存在する神に酔い、心酔した信徒達が少女と神を崇める。
彼女の傍らで白い礼服に身を包んだ女が跪き、銀の盆を少女に向け恭しく頭を下げながら掲げた。
銀の盆には初老を迎えた男の生首と、銀色の聖杯が乗せられていた。
金色に輝く瞳を細め、少女が聖杯を取る。
冷たく光に照らされた杯をうっとりと満足げに眺めた。
盆に乗せられた生首はつい先ほどまでこの国を支配していた皇帝だった。
その死に顔は断末魔の叫びを上げながら、絶望を顔全てで現し歪んでいた。
彼女の持つ聖杯に注がれていたのは、皇帝の血。
並々と注がれ、少女の顔を映していた。
何千もの信徒達もまた少女の動きに合わせ、気の杯を掲げる。
それもまたこの国の住人達が滴らせた血だった。
少女が微笑みながら、信徒達に向け杯を掲げた。
『破滅の世界に祝杯を』
少女が一気に杯を飲み干す、それは苦く甘美な毒蜜。
それに合わせ人々も各々飲み始める。
人々が飲み始めた血の持ち主は、兵士でもあり子供でもあり男女であり老人達が絶望を味わいながら、流した生き血だった。
全てが奪われ狂った神を愛する人間達の糧になる。
人を殺すのは人、人を狂わせるのは神。
満足した少女が神々しくそして邪悪な笑みを浮べた。
それは蕾が花開くような美しさを秘めていた。
将来の美貌を約束された愛らしさだったが、少女が成長し本当の女となる日は永久に来ない。
彼女に巣食う神によって、永久の生を授かり絶対の支配者として未来永劫君臨し続ける。
正しき者が消失した世界で狂った神を人々が崇めていく。
物語の中では必ず正義を心を持つ者が、世界を崩壊から救うが、この世界にもう正しき者は存在などしない。
少女が神として、この世界を永久に支配していく。
この腐った世界に祝福を・・・。
END