08手習い所の新しい先生
リラが恐る恐る分厚い木の扉をこんこん、と叩けば若い男性のはい、という声が聞こえた。
「――ああ、君たちは生徒さんだね。初めまして、僕はミノリス。スコルピィ先生の跡を継ぐことになったんだ。だから今日付で君たちの新しい先生になる。よろしくね」
ウェーブのかかった黒髪と優しそうな目を持つ知的な青年だった。かっちりとしたベストとスラックスが似合っている。リラとアレスは各々彼の握手に応じ、自己紹介をした。
フローリングの床を歩き、一続きになっている教室へと三人は向かう。もともと民家を改築したものであり、不要な部分を潰して一つにまとめて教室を作ったものだった。そのため玄関を開ければすぐそこには椅子と机が並ぶ教室と言うなんとも不思議な造りをしているのだ。
教室には誰一人生徒がいなかった。どうやらリラとアレスが一番乗りであったらしい。二人とも一番前の席に座り、ミノリスと向かい合うような形で対面する。
「先生の日記を見ていたから、君たちのことは何となく分かったよ。勉強熱心なリラさん
と、サボり魔のアレス君だね。どちらも教えがいがありそうだ」
アレスの喉がごくりと動いた。それを横目で見たリラが笑う。
「――せ、先生はどうして先生になろうとしたんですか!」
「ああ、僕はちょうど去年の秋に学校を卒業したんだけど、実家を継ぐことにしていてね。でも実家の仕事は学んだこととあまり関係が無いし、ちょうどこの役職に空きが出来たから誰かに教えたいと思って。もともと勉強することは好きだし、先生にもお世話になったからお礼も込めてね」
「そうなんですね、それじゃあ先生って結婚とか……――」
アレスは何としても勉強をしたくないのか、先生にまるで関係ないことばかりを質問している。これは長い時間がかかりそうだと見当づけたリラは、いそいそと本と筆記用具を鞄から取り出し机の上に開いた。
もともと手習い所と言っても、皆頭を揃えて同じ内容を学ぶのではなく進度は生徒それぞれで、分からないことがあれば先生が教えるという方式を取っている。年齢ごとに推奨される進度目標が下限として設定されており、それを満たせば良いという方針だ。もちろん下限であるのでそれよりも進んでいる生徒もいるが、中にはアレスのように下限ギリギリで年度の学習を終える生徒もいる。
結局昨夜は忙しくて、家に帰ってから本を読むことが出来なかった。机の上に広げた手垢まみれの本は、この国の歴史を伝えるものである。本はとても高価なものなので一人ひとりに配られるということはなく、興味のある本を教室後ろの本棚から借りて読み終わったら返すというのがこの手習い所のルールだった。