02少女と骸骨の男
「お嬢さん、そんなところに上ってはいつか落っこちてしまうよ」
「昨日ぶりですボランスさん」
骸骨姿の男は呆れたようにリラを眺める。その皮膚も肉も無い骨だけの顔の表情を読み取ることは難しい。だがその瞳の奥は顔色を雄弁に語るのだ。
「私、慣れてるので毎回毎回いらっしゃらなくてもいいのに」
そう言ってリラが縁から飛び降りようとすると、深い闇を携えた瞳にあたる部分にぽかりと空いた穴焦ったような色を見せる。ボランスはすぐにリラのもとに向かって手を差し出した。リラはその手を取って下に降りる。スカートの汚れを払いて、彼に丁重にお礼を述べた。
ボランスはリラにとって兄であり先生であり、そして心の奥をくすぐってくれるような存在だった。ボランスはその昔、この街の掟を破ってしまったがゆえにこのような姿になってしまったのだと言われているが、彼の元来の性格のおかげで恐怖を感じることは無い。街の人間たちもボランスの陽気さを好いていたし、その博識さには舌を巻いてしまうほどだ。噂によれば何百年もの歳月をこの街で過ごしていると聞くし、思慮深い王の側近、賢者のグラファイスをも凌ぐと呼ばれる知識の量があるとも聞く。骸骨姿の燕尾服を着込んだ紳士は街の人気者なのだ。
「リラ、毎日のようにこのようにされては私の心臓が持たないよ。さっきだって君が腰かけている姿を見て、もしやと思って走ってこの上まで来たんだ。私の心臓が口から飛び出してしまいそうだ」
彼はその細く白い手で胸を撫でつける。リラはそれに面白おかしく返した。
「あら、あなたは骸骨姿なのに心臓なんてあるのかしら。私にも少し触らせてくださいな」
「ああしまった、すっかり忘れていたよ。私だって昔はブロンドでこの街で一、二を争う美少年だったんだ。今じゃあこの通りつるっ禿で骨だけのしがない骸骨だけれどね」
彼は笑いながら被っていたシルクハットを少し持ち上げる。二人はくすくすと笑った。
彼はリラの手を握って、降りる補助をする。上る際も造作もなくやってのけたリラだったので、降りることも難しくは無いのだが、ボランスにお嬢さん扱いをされるのは好きだった。いつも夏の雪が降るときはこうやって遊ぶのだ。
「さあ、私が送ってあげるよ。どうせ手習い所を抜け出してきたのだろう?」
「ふふ、残念。今日はお休みなんです。先生の風邪が悪化されたので」
「おやあの狸爺が風邪を引いたのかい? 珍しいな、あとで見舞いの品でも持って行こうかな」
二人は屋上から下へと伸びる階段を下り始める。鉄の階段を下りると、こつんこつんという二つ分の足音が屋内に響き渡った。そこでふとリラは、ボランスが屋上に来た時にどうしてこの音が聞こえなかったのだろうと不思議に思った。こんなにも響く音ならばリラが腰をかけていた場所まで聞こえていてもおかしくはないのに。しかしリラはきっと雪を見るのに心が奪われていたからだ、と思って考えるのを止めた。
内部は、この建物が時計台ということもあって様々な機械が蠢いている。歯車や太いチェーン、リラの兄が時計職人をやっているのでそれらの名前だけは知っていたが、あとの機械の名前は知らない。もうすぐ十二時を告げる鐘が鳴る。そろそろ時計職人たちによる日々の点検が行われる頃だ。それが始まると、兄のおかげでこの時計台に立ち入りを黙認されているリラではあるが、嫌な顔をされる。きっと女子供に立ち入られると集中が欠くからだろう。その前に雪を見ることが出来て良かったと胸を撫でおろす。




