01カノープス
「夏の雪はどうにも死体のにおいがする。
むせ返るような腐臭では無い。どこか酸っぱさを帯びている、そして黒い土を纏った既にその場所に馴染んでしまった骨のにおいがする。この街は墓地の面積が少ないために、死体を一旦埋葬し骨になる頃を見計らって掘り出し、共同墓地に再び埋葬する。それに老いも若きも身分すらも関係ない。死んだあとはみな骨となり、同じ場所で眠る。それがこの街で古くから行われている葬儀の形だ。
リラは一度だけこの儀に参列したことがあった。周りを鬱蒼と茂る木々に囲まれ、街からは少し遠い場所。墓地の中央には石畳の道が一筋通っている。墓地の初めには昔々に死んだ者の古い墓が並んでおり、少し奥まった場所に一度埋葬する場所と共同墓地がある。昔に建てられたどの墓よりも大きな造りをした白い岩の墓だ。
簡素な墓標が刺さった場所を丁重に掘り返す。もとは白い布に包まれていたが、黄ばんでしまった布にくるまった骨となった死体を掘りあげて、一纏めにする。養分を吸った黒い土の上はふかふかとしており、他の土とは異なるにおいがする。その後死体は花と共に共同墓地に埋められるのだが、リラはふとこの雪は墓地のにおいに似ているのだと思った。じめじめとした空気と肉体が溶けて豊かな養分となった土。そこから発せられるのは人々が忌み嫌う死のにおい。
濃密な死のにおいを纏う雪が街を覆い尽くしている。人々が行き交う石畳や一列に並んだ赤い屋根は薄く雪化粧に彩られているが、街の人間はこの雪を好ましいとは思っていないようだ。雪が降り始めると皆一様にして家の中へと閉じこもってしまう。だがリラは、この雪が好きだった。だからわざわざ街で一番高い建物である時計台の上で飽きもせず空を見つめている。
「……まるで世界に私しかいないみたい」
曇り空から降り落ちるのは溶けない雪。街は人通りもなく閑散としている。雪に埋もれてゆく街並みは退廃的でどこか幻想的だ。夏であるはずなのに雪が降るときはからっとした暑さは感じないのが不思議だった。息を吐けば白い水蒸気が出てきそうなほど。いつもならば照り付ける太陽が雲に隠れているからなのか、雪が降るときこの街はまるで魔法にかかったかのようにしんと静まり返り、凍えるような冷たさを感じるのだ。夏の雪は誰かに踏みしめられることなく深々と降り注ぐ。
リラは焦げ茶の髪を一つに結った少女だ。年は14、5歳に見える。体つきは女性らしくなりつつあるも、まだ幼さが残る顔立ちだ。そろそろ嫁入りの時期で結婚しなくてはならない、とは理解しているがもし他の街に嫁いでしまえばこの雪を見ることは無くなってしまう。それが惜しくもあり寂しくもあるリラは出来ればこの街の誰かに嫁ぎたいと思っている。この不可解な雪が好きな以外は至って普通の少女だった。
屋上の縁に上り、腰を下ろして雪を眺めるリラを咎める人間は誰もいない。雲が切れかかってきた。そろそろ雪が止むころであろうか、とリラがぼんやりと考えていればカツンカツンという足音が後ろから聞こえてくる。革靴の先が地面にぶつかる音。リラはこの足音の人物の正体が誰なのかすぐに検討がついた。