ノビシロ
剣完成まで、残り一ヶ月と迫った頃、二人はとある林の中にいた。林のなかで息を潜めて、時が過ぎるのをただひたすらに待っていた。そこに、久しぶりの敵がやってくる。
敵は二人。一人は、剣を持ち、一人は大きな荷物を背負っている。
「やっと、見つけたぞ。」
荷物を持っている方が、二人を見つけて声を出す。
「あらあらあらあら。こんにちは。カルマさん。それから、荷物持ちさんもこんにちは。探したぞってことは、大分探し回ってくれたのかな?必死になってくれたのかな?お疲れ様です。さてさてさてさて、どうしよう。あなたたちの努力で大変だ。あと少しというところで、『月下都市』最強に見つかってしまうとは、どうしよう。剣士さんは、とても戦える状態ではないんです。だって、見ての通り、剣士さんは、ロープで木に結ばれて、眠ってしまっているんです。これもね。やっと、眠ってくれたって感じなんだよ。さっきまでずいぶんと暴れていたからね。大変だったんだよ。全く本当に。ずっと一心不乱に『月』に向かって暴れていたんです。疲れ果ててようやく眠ってくれたので、あまり大きな音はださないでくださいね。起こしてしまって、また暴れられたら、大変ですから。
まあ、ロープで結ばれていなくても、剣士さんは戦えないんですけどね。なぜなら、剣士さんには戦う術がないからです。剣士さんにあるのは復讐心と本能だけなんです。剣も剣技もうしなってしまいました。このまま戦えば、本能のままに突っ込んで斬られて死んでしまうでしょう。でもね。そんなことは、私がさせない。では、どうしましょうか。最強のノビシロ相手にどう戦いましょうか。そもそも、本当に戦わなければいけませんか。許してはくれませんか。私たちは『月』を壊すけど、それを見逃してくれたりしませんか。別に、答えは待ってませんので悪しからず。答えなんてわかっていますよ。言われなくても知っていますよ。駄目なんでしょ。見逃してもくれないんでしょう。知ってます。だから、私が戦わなければならないですね。私が勝たなければならないですね。わかりました。戦って、勝ちます。何でも屋 ラクラク一世一代の大勝負。負ければ死んで、勝てば殺しての大勝負です。さぁさぁさぁさぁ、殺りましょう。ノビシロ使いのカルマさん。あなたの運命はもう決まっているのですよ。ここで私に殺されてしまうのです。私が、無様に転げまわって、逃げ回って、ぼろぼろになりながらもやっつけてやります。」
「さすがは、うわさに良く聞く何でも屋ラクラクだ。ぺらぺらと良く喋る。だが、残念ながら、カルマさんはいかにおまえが喋っても、少しも動揺しない。なぜなら、カルマさんはノビシロを手に入れる為に、言葉をなくしてしまったからだ。つまりおまえが、いくら言葉でカルマさんに話しかけたところで何の意味も無いんだよ。」
「知ってますよ。そんな事。周知の事実過ぎて、あくびがでます。たとえ、相手が聞こえていなくても、理解できていなくても、私は喋ります。喋って喋って喋り捲ります。なぜなら私は喋るのが好きだから。喋ることに意味があるかないかは、私が決めます。私がすでに決めています。それは、つまり意味のあることです。なぜなら私は、喋るのが大好きだから。私はいっそ何でも屋と名乗るのをやめて、喋り屋と名乗ろうかとすら考えているのですよ。だって、もう何でも屋は半分廃業してしまったのですから。」
「喋り屋だろうが、何でも屋だろうが、関係ない。おまえたちの旅は、ここで終わりだ。おまえは、言葉で相手のペースを乱すことにかけては、一級品だ。しかし、言葉が通じない相手ではどうだ。おまえは、無力だ。現に、おまえは言葉が通じないヨリシロにも、その剣士にも負けている。しかも、両腕のない状態で、カルマさんに勝てるはずがない。」
「全く良く喋る荷物もちですね。うるさいですよ。もう喋らないでくださいね。私はもうあなたの言葉なんて聴きたくありません。だいたいいつ私が負けたというのでしょうか。笑わせますよ。笑ってしまいますよ。私はいままで一度たりとも負けたことなんてありません。私にとって負けとは死です。死んだらそれは負けたということですが、私は現に今生きています。ヨリシロさんのときは無傷で生還することに成功しています。確かにこの剣士さんには、腕を斬りおとされ、恋に叩き落されてしまいましたが、今では剣士さんは私に依存し、助けられています。つまるところ、私の勝ちです。勝ちなんです。でも、今回は違いますよ。もう私は、剣士さんを愛してしまいましたので、勝利条件が変わっています。今回の勝ちは、カルマさんを殺すことただ1つです。さて、やりましょうか。私の戦闘スタイルはずっと喋り続けるスタイルです。たとえ、私の言葉が相手には理解されていなくても、私が喋り始めているということは、私の攻撃は始まっているということなんです。私が、喋るのをやめないかぎりは、私の戦いは終わっていないということなんです。わかりますか。わかりませんか。カルマさんにはわからないですよね。けどね。別にいいんです。何度も、何度でもいいますが、私は喋ることに意思疎通なんて求めていないのです。喋ることだけが目的なんです。喋ること自体が快楽なんです。私にとって言葉の意味なんてどうでもいいことなんです。私は、ただ言葉を発することができればそれでいい。それだけでいいのですよ。」
「支離滅裂だ。おまえと話していると、俺の気が変になりそうだ。カルマさんさぁ、戦いだ。その女を、あの男を殺してしまってください。」
「とうとう、とうとう、あのノビシロの攻撃が始まるんだね。ドキドキするよ。わくわくするよ。使用者の潜在能力を最大限まで引き出す剣 ノビシロ。カルマさんの最高速度は、音速を超えるってのは本当なのかな。刀身が伸びる剣 ノビシロ。全長100メートルを超えほど伸びるというのは本当なのかな。さすがのラクラクさんでも初体験だよ。さあさあさあさあさあさあさあ、かかっておいでよ。」
「全部本当だ。さあ、カルマさんやっちまえ。」
「聞いていないよ。そんなこと。そんなことはどうでもいい。私の質問にいちいちこたえないでくれないかな。不愉快だ。さてさてさてさて、カルマさんやっぱり怖いね。怖すぎるけど、残念ながら、さようなら。」
カルマが、ラクラクに向け1歩、2歩、3歩と歩みを進めたそのときだった。
カルマは落ちた。
カルマには、何が起きたかわからなかった。わからないまま、無数の槍に突き刺され、そのまま死んだ。
「はじめましてこんにちは。これが、必殺落とし穴です。みごとに引っかかりましたね。だいたい。何でも屋ラクラクさんが、何も準備せずに、こんな林にただ隠れているわけがないでしょう。ちょっと考えれば、罠があることくらい想像できるはずです。いやはや、いやはやこんな簡単なトラップに引っかかってなにが最強ですか。笑わせますよ。笑っちゃいますね。おもしろかったですよ。最高ですね。
落とし穴にはまっていっぱつで死んでしまう最強って本当にまぬけなはなしですね。
さてさてさてさて、聞かれる前に言いましょう。疑問をまるっと解決しましょう。どうして、私は両腕がない状態で落とし穴を掘ることができたのでしょうか。そして、掘った後どうやって綺麗に地面に偽装したのでしょうか。そんな疑問をいだきませんか。私がその質問にお答えしましょう。それは、私が何でも屋で、用意がすごく周到で、あらゆる場面を想定して仕事をしていたからなんです。私のもとにはいろんな依頼がやって来ます。今回みたいな身を隠すのを手伝ったり、追っ手から逃げたりする仕事も請け負ったりします。そんな時のために、一箇所、二箇所はここに誘い込んだら、勝てるという場所があると便利なんです。といううことで、答えは仕事のために以前から仕込んでいたが正解なんです。驚きましたか。別に驚かないですか。どうでもいいですね。あなたの感情なんて。私が知りたいのは、今から取るあなたの行動です。さてさてさてさて、荷物もちさん。あなたのパートナーは無残にも、実力を全く発揮するまもなく死んでしまいました。どうしますか。逃げますか。見逃しますよ。別にあなたなんて、一切興味がないので許します。戦いますか。丸腰でラクラクさんと戦いますか。私は両腕を失いましたが、これでも一応プロの何でも屋です。あなたになんて、負けません。さてさて、どうするつもりですか。答えなんて必要ないので行動で示してくださいね。
それから、それから。逃げるならお『月』さんに伝言をお願いします。もういっそ、私たちをとめたいのであれば、大人数でどうぞ。確かにこの超少子化の時代にたくさん人が死ぬのはおしいかもしれませんが、それしか方法はないですよ。このままでは、あなたは滅んでしまいますよ。だからいっそ大人数でやってきたらどうでしょうか。まあ、私だって、負けたくないので対策はするのですが、一度考えといてください。それ以外で、『月下都市』最強を失った今どう戦いますか。
次は、誰が、何人やってくるのか楽しみにして待っていますよ。
といっても、とっくの昔に荷物もさんは、逃げてどこかにいってしまったんですけどね。まあ、どうでもいいですね。それから剣完成まで後1カ月ですので、私たちもそろそろ白様の元へ向かい始めましょうか。ここから、少し離れてますし、調度よさそうですね。さてさてさてさて、後はノビシロですが置いていきましょう。壊そうとしてまた白様がやってきたら嫌ですし。このまま、カルマさんの死体に持っていてもらいましょう。しかし、最強が落とし穴に槍という古典的なわ罠で死ぬなんて何度思い出してもおかしな話ですね。聞いていますか。剣士さん。今剣士さんに喋っているんですよ。
知っていますよ。わかっていますよ。寝ているので、聞こえないですよね。聴力が無いので、聞こえないですよね。いくらうるさく騒いでも、起きないですよね。だって、聞こえませんから。さてさて、さてさて、剣士さんが起きたら動くことして、今は私も眠ります。今日もたくさん話をきいてしまったので、いささか疲れてしまいました。おやすみなさい。」