休息
剣を持たない剣士と両腕のない何でも屋の旅は続く。
二人は、『月下都市』から遠く離れた小さな村に辿り着いていた。そこで、しばしの休息をとろうとした。
「こんにちは。私たちの村は月に反対する者だけが集まり、静かに暮らす村です。申し訳ございませんが、あなたたちの『月』に対する考えをお聞かせください。もし、『月』を信仰するというならばこの村に入っていただくわけには行きません。」
「門番さん。あなたはおかしなことをいうのね。だって、この世界はもう『月』無しでは人間は生きていけないでしょ。『月』があるから世界の汚れは浄化され、『月』があるから食物は育つ。『月』があるから、エネルギーは生まれ、『月』があるから、人は悪魔に支配されない。わかるよね。別にいいけど。わからなくても別にいいんだけどね。でも、君たちだって、『月』の恩恵を図らずとも受けているのに。そんなこともわからずに、ただ『月』を否定するとは本当におかしな人だね。おかしな人たちだよ。」
「あなたの考えはよくわかりました。私たちも、『月』がなければ、人類の生活は成り立たないことくらいわかっています。しかし、私たちの多くは、故郷を、大切な人を『月蝕』に奪われました。あの日、突如『月』は起動され、『月蝕』は起こりました。そして、多くの人間が命を奪われたのです。あなたにその絶望はわからないでしょう。理屈ではないのです。確かに『月』は必要でしょう。しかし、私たちは『月』を許すことはできないのです。私たちの怒りは、簡単に割りきれるものではないのです。」
「笑える。笑える話ですね、門番さん。この何でも屋ラクラクさんが、人の話をついつい聞いてしまうほどにおかしな話ね。理屈ではわかっているけど、許すことができないから『月』を否定して、極力『月』の恩恵を授からないように生きるって?馬鹿みたいね。馬鹿ですね。馬鹿にしてるんですか?馬鹿にはしていないですか?それでも、おかしい。おかしな話よ。そんなに憎いならば、壊してしまおうと思わないのですか?憎むべき存在を、必要悪と割りきって存在を肯定しているじゃないですか。そこまで割りきっていて、割りきれないとは笑わしますね。笑かしますね。いっそ、楽しいですよ。
ちなみに、私たちの『月』に対する考えですが、糞食らえって感じです。『月』は、剣士さんの復讐の対象です。いやいや、いやいや。私と剣士さんの復讐の対象です。私も入れてくださいよ。私の最愛の人の憎き相手は、それはつまり私の憎むべき存在なの。わかりますか?わかりませんよね。だって、なんの事情もわからずに突然こんな話をされてるんですから。」
「えっ、えっと」
「わかります。わかります。戸惑う気持ちもわかります。あなたに私の気持ちはわからなくても、私にはあなたの気持ちはわかります。突然こんなにいっぱい話されたら戸惑いますよね。混乱しますよね。けど、私はもっといっぱい喋ります。まだまだまだまだ喋ります。
『月』は突然起動して、『月蝕』を起こしました。突然、周囲数十キロの光を奪い、周りの町は暗黒と寒さに沈み、多くの人が犠牲になりました。その時の人たちもきっと突然のことで、びっくり仰天したことでしょう。きっとこの剣士さんのご家族さんとか大切な人とかもその犠牲者のうちの一人なのでしょう。よくある話。ありふれた話よね。なぜなら門番さん。あなたも、この村の人たちも皆そうなのでしょうから。何万人という人間がそのとき死んだのだから、よくある話なのは当然のこと。でも、この剣士さんの珍しいところはそこではないの。この剣士さんは、『月』を壊そうって、考えて、実際に行動を始めたわけ。すごいでしょ。」
「ちょっと、待ってく」
「待ちません。うるさいですよ。私が喋っているんですから邪魔しないでください。私が喋りますからあなたはしゃべらないでください。黙っててください。門番は、門番らしく突っ立っていればそれでいいの。わかりますか?わかりませんか?わかろうが、わかるまいがどっちでもいいのです。分かったかどうかを、確かめたりしませんから。質問も受け付けませんから、私は、ただただ、喋って、喋り尽くして、少し休んで、また喋って、去っていきます。さてさて、なんの話でしたか?そうそうそうそう。『月蝕』の話です。門番さんは『月蝕』ってしっていますか?知らないはずはないですね。『月蝕』は一言で言うならば、超広域、高出力の太陽光発電のことです。っていっても太陽発電なんて言葉わからないですよね。難しすぎますよね。だって、あなたたちには、科学という概念すらないんですもの。よくわからないけど、『月』を憎みながらも、よくわからずに『月』を肯定しているのですから。さてさてさてさて、剣士さんは違いますよ。剣士さんも無知ではありますが、行動も起こさないあなたたちみたいな日和見主義とは違うのよ。
剣士さんは、『月』を壊す為に動いてる。あの刀匠 白様を探し出し、自らの全てを捧げてでも『月』に挑み、打ち滅ぼそうとしているの。どうどうどうどうどう?すごいよね。すごいでしょ。破滅的でしょ。いうなれば、自身を生け贄に世界を滅ぼそうとしているの。まあ、つまり私が結局何を言いたかったかというと、私たちも『月』をうらんでいて、信仰なんて微塵もしてないから村にいれて休ませて欲しい。それだけよ。長々といっぱい喋ったけど、私が言いたかったのはたったそれだけなの。だから、お願いします。ちょっと疲れたから、村に入れて休ませて。」
「えっと、とりあえず、『月』に対しては否定派ということでいいのですね。」
「そうそうそうそう。それでいいの。はいはいはいはい。その通り。よくわからないけど、わかってくれたみたいだから、さっさと通して。もう私はあなたの言葉なんて、一単語も聞かないけど、聞きたくないけどとりあえず通してください。お願いします。」
「ど、どうぞ」
門番は混乱していたが、とりあえず『月』に対して否定的な考えをもっていることだけを確認し、二人を通すことにした。なによりも、もうラクラクとできるだけ話したくなかったというのが本心だった。
「やったね。これでようやく休めるよ。ずっと戦ってばっかりだったから、さすがに疲れたでしょう。ゆっくり休もう。ここにいたら、『月』からの刺客もあまりこないでしょう。安心して休めるね。さっさと宿でも借りて、おいしいものでも食べて、ゆっくり寝よう。ってこんなことを言っても言葉通じないんだけどね。まあ良いや。よしよしよしよし。仕方が無いな。私が手を引いてあげよう。手を繋いであげよう。そうして、導いてあげよう。といっても、腕がないからそんなこともできないんだけどねって、勝手にさきさき歩かないでよ。迷子になっちゃうよ。おいていかないでよ。私とあなたは一蓮托生でしょ。一緒に行こうよ。一緒に逝こうね。こっち、こっちに宿があるようだよ。ねえ、ねえ聞いてる。聞けないか。」
「聞いているよ。ワタシが剣士の代わりに聞いている。」
どこからともなくミタビ刀匠 白はなにもないところから現れた。
「またですか。またあなたですか。私と剣士さんの楽しいひと時を奪いにきたんですか。邪魔ですので、さっさと取立てだけして帰ってください。べつに何を取り立てたとか言ってもらわなくてもいいですよ。なぜなら、私は人の話を聞かないし、剣士さんは聞こえませんし、理解できません。だから、言ったって無意味なんですよ。わかりますか。わかりますよね。天才なんだからわかってくださいよ。私が人の話を聞くのが嫌いで、人に話をすることが大好きだってこともすべて含めてわかってください。お願いします。そして、わかったらもう用事だけ済ましてさっさと帰って続きの剣作りに励んでください。そうしたら、もう少し早く剣って完成しないでしょうか。これ別に質問ではないですよ。答えを求めていないので答えなくてもいいですからね。あっ、それから、それから、先に言われると思うこと言ってしまいますが、残り完成まで4ヵ月なんですよね。わかりました、報告どうもご苦労様です。ありがとうございました。」
「いやはや。いやはや。この白をここまで無下にあしらおうとは」
「うるさいですよ。そういうのいいので、取立てだけでお願いします。他は一切いりませんので、聞きたくありませんのでお願いします。今日は、もう門番さんの言葉もいっぱい聞いちゃったので疲れました。聞き疲れてしまったんで、もう白様の言葉をきけなくなってしまったのです。すみません。恨むのであれば、あの門番さんを恨んでください。私は悪くないのでよろしくお願いします。」
「ワタシとて、取立てだけ行いすぐに帰りたいが、そういうわけにも行かない。」
「そうですか。なるほど、なるほどわかりました。さようなら。そんなに剣士さんから奪っていくのですね。わかりました。なんとかそれでも、二人で力を合わせて、4ヵ月生き抜きます。生き抜いて、剣をとりにいきます。頑張りますので、白様もできれば私たちを応援してください。 」
「ちょっと、待て。本当に、君は人の話を聞かないね。まったく、全然聞かないね。推測で話すのをやめてもらってもいいかな。勝手に話をまとめないでもらいたい。ワタシはまだ、何を取り立てるかを言っていないんだ。たとえ、聞こえていなくても、たとえ、理解されていなくても言わなきゃいけない。何をとるのか相手に対して、示して、明示して、明確にしなければならないんだよ。だから、少しの辛抱だから、あと少しの辛抱だから、黙っていてくれないかな。ラクラクさん。」
「嫌です。嫌です。嫌ですよ。黙ってるなんて嫌です。無理です。不可能です。それは、マグロに対してじっとしてろと言っているようなものです。風に対して流れるなと言っているようなものです。ものなんです。私は喋って、喋って、喋り尽くします。語って、語って、語りつくします。まあ、でも、いいですよ。あと少しだけ黙っていることにします。白様の偉大な言葉に耳を傾けさせていただきます。頂きますので、早く済ましてくださいね。さっさと終わらしてくださいね。それでは、どうぞ喋ってください。」
「全く、本当に、君は愉快だ。愉快だ。愉快だよ。それでは、お言葉に甘えて喋らして」「もう限界です。もう無理です。まだですか?なんで、まだなんですか?白様あなたは本当に天才ですか?天才ならば、私の限界がわかるでしょ。もうこれ以上は聞けません。もう喋らずにはいられませんので、喋らしてもらいます。やっと喋ることができるのですね。長い長い沈黙でした。凄く苦しいひとときでしたよ。疲れました。聞き疲れました。さてさてさてさて。なんの話をしましょうか。私がやっときました。そうですね。やっぱり今日は『月』の話でもしましょうか。私たちの憎むべきカタキの『月』の話でもしましょうよ。『月』は、人類の叡知の結晶です。技術を総結集して作られました。って、こんな話白様ならば、ご存じですよね。でも、それでも、私は喋ります。いっぱいいっぱい喋ります。語らしてくださいよ。私たちの敵の話を。ご存じの通り『月』は、エネルギーを生み出す発電装置であると共に、人間を管理する装置でもあります。『月下都市』に、すむ人々は皆『月』の意志に従い、生きています。それでは、人間は、『月』の奴隷かって?そうかもしれません。でもね。でもね。『月』が人類の意志の集合なんですよ。だから、だから人は、集められた意志の総和に従い生きるのです。わかりますか?わかりますよね。そもそも、知ってますよね。けどね。剣士さんには、わかりませんよ。だって、言葉を理解できないのですから、だって、聴覚がないのですから。けどね。さっきの門番さんにも、この村の人にもわかりませんよ。なぜなら、その人たちにとって所詮『月』は、『月』だから。そもそも、私はなぜこんなに一人だけ博学なのか。それはね。それは、」
「記憶!」
耐えきれず、刀匠白は、叫び声を上げた。
「記憶力、経験、剣技、右腕、耳、舌、声帯、睾丸、思考力、判断力、計算力、食欲、睡眠欲、性欲
それでは、さようなら。また、会おう。」
「全く白様は勝手な人だ。私の話は終わっていないのに、逃げるように去っていってしまった。私の話を遮って、言いたいことだけを言ってどこかにいってしまった。やっぱり、私はあの人が大嫌い。さてさてさてさて、剣士さん。今回は、たくさんとられたね。剣も剣技も奪われて、判断力も、思考力もなくなって、これからどうやって戦っていけばいいのでしょうか。本能だけで戦うしかないのかな。でも、幸いにその身を焦がしてしまいそうな強烈な復讐心は、残っているようだね。目を見ればわかるよ。わかります。でもね。肝心なその復讐心を生んだきっかけの記憶も失って、あなたは本当に復讐だけの獣になってしまったね。意味も意義も失って、空っぽに、空虚に、虚無になっていくんだね。いいね。いいね。いいね。大好き。どんどんどんどん引かれていくよ。好きになっていくよ。ちょっと、ちょっと、待ってよ。待ってよ。剣士さん。どこに行くの。わからないんでしょ。なんにもわからないんでしょ。けど、心がひたすらに復讐しろと訴えてきて、じっとしてられないんでしょ。わかるよ。わかる。理解なんて全然できないけど、なんとなくわかる気がするよ。けどね。今はまだ時じゃない。まだ、復讐のそのときではないんだよ。まだ、我慢の時だ。チャンスは、あと4ヶ月後にくるよ。刀匠白様の剣ができれば、その本能に、その復讐心に身をあずけてしまえばいい。ただ、怒りのままに剣を振るえばいい。だから、今は身を隠そう。今のままでは戦えない。強い敵がきたら、とたんに殺されてしまうよ。復讐心が、あなたに動けと命令するのはわかるけど、今は我慢して。ねぇ。聞いてるの?聞いてよ。私の話をお願いだから聞いてよ、聞こえてよ。聞いて、止まって。落ち着いて。暴れないで。ねぇ。ねぇ、って、お願いだから。お願いしますから!って、まぁ、聞こえないし、伝わらないし、理解もできない、考えることもできないのは重々承知なんだけどね。もう、図や絵でのやりとりもできなくなったね。どうしようか。とりあえず、剣士さんの暴れるのが収まるのを待つしかないか。そのうち疲れて、倒れるでしょう。その時を待つ以外に私には打つ手がないよ。二つの意味で手がないよ。そうと決まれば、さぁさぁさぁさぁ暴れてしまえ。ただその復讐心に、従って焦がれて、焦がれて狂ってしまえ。全く、巻き添えをくらうとは、可愛そうな村だね。でも、きっとあなたたちの怒りは、割りきれない思いは、この剣士さんが継いでくれるよ。だから、許してね。ところで、ところで、休息どころでは、なくなってしまったね。全く、ちょっと、疲れたよ。ラクラクさんでも、疲れたよ。何よりもまず、聞き疲れてしまったよ。」
片腕のない剣士は、突如暴れだし、何人もの村人を殺した。村人たちは我先にと村を捨てて逃げていく。剣士と何でも屋以外だれもいなくなった頃、剣士は気を失った。何でも屋は、口と足をなんとか使って剣士にロープを結びつけ、剣士を引き摺って村から逃げるように出ていった。村には、静寂だけが残った。