ヨリシロ
剣士と何でも屋ラクラクの旅はずっと続く。
ラクラクは必要最低限のコミュニケーションを剣士ととることに成功していた。具体的な言葉を介さない絵や図を使用し、ラクラクは剣士に意志を伝えていた。もちろん、絵に対して多すぎるほどの言葉をラクラクは剣士に語ったが、剣士にはそれは聞こえていなかった。
剣士は、両腕のないラクラクを助け、
ラクラクは、言葉のない剣士を助け、
奇妙な協力関係の旅は続いた。
その間、多くの敵が二人を襲ったが、剣士は強く、ラクラクは賢く、殺して、奪って、晒して、なぶって、犯して、食して、二人は、二人で旅をした。
そして、今日も二人の前に敵が立ちはだかる。
虚ろな目をし、半透明な大きな剣を携えた敵が今二人の前に立ちはだかる。
「……」
「はいはいはいはい。いきなり私たちの前に立ちはだかってだんまりですか。何の用でしょうか。まあ、言われたところで、私は聞かないし、この人は聞こえないから意味なんて無いんですがね。でも、失礼でしょう。立ちはだかっておいて何も言わずに、剣も抜かずにだんまりなんて最低ですよ。なんかいうべきですよ。
こんにちは、とか。はじめましてとか。言うべきですよ。挨拶ってご存知ですか。挨拶はいいものですよ。されて嫌な気持ちになる人なんていない最高のコミュニケーションツールです。なによりも、短いんです。だいたいのあいさつが、おはようとか、こんにちはとか、こんばんはとかって短いんです。つまり、長いこと相手が話すのを聞かなくてもいいのです。いいでしょう。最高でしょう。挨拶。すばらしいでしょう。私のあいさつは長いんですけどね。普通の人の挨拶は短いんですよ。つまり私は多くの言葉をしゃべれて、なおかつ相手の言葉は、あまりきかなくてもいいということなんです。どうです?いいでしょ?最高でしょう?
さてさて、それでは、してみましょうか。私の私なりの挨拶を。長いですが、嫌な顔なんてしないでくださいね。」
「……」
「おはよう、こんにちは、こんばんは。はじめまして、久しぶり、さようなら。とっても清々しい天気の良い朝ですね。とっても、晴れ晴れとした良い天気ですね。月が綺麗に出ている良い夜ですね。雨が降って残念です。嫌な天気になっちゃいましたね。夜の雨はしとしとと陰鬱な気分になっちゃいます。いえいえいえいえ。そんなことはない。私は結構、雨が好きなんですよ。
って、こらこらこら。私まだ喋ってるのに二人で斬り合い始めちゃわないでくださいよ。私の挨拶はまだまだ続く予定だったんですよ!全く、あなたたちは、仕方のない人たちですね。大好きですよ。」
剣士と男の戦いはゆっくりと始まり、徐々に激しさを増していく。
「どうせ。二人とも聞いてもいない。聞こえてもいない。聞こえたところで理解もできないでしょうけど、私はこのまま喋ります。なぜなら、私は喋るのが好きだから。何よりも何に変えても喋るのが好きだから。そのまま、どうぞ闘っていてください。結果なんてのはもう見えてます。勝つのは私の最愛の人。なぜなら、私が彼を愛しているから。なんてね。ってのは嘘です。いえいえいえいえ。愛しているのは嘘じゃないです。真剣です。真剣なんです。信じてください。お願いします。って、もともと誰も聞いてないんですけどね。さてさて、勝つって確信しているのには、明確な理由があります。確固たる意味があります。必然性があります。そいつを今から説明しますよ。聞いていますか。二人とも?いいです。いいです。別に聞いていなくても。私は今幸せですから。喋ることが出来て幸せですから、喋ります。二人が殺しあっている中、私は一人高らかに喋り続けます。さぁさぁさぁ、どんどんと追い詰められていきますよ。ヨリシロさん。あなたは、ヨリシロ使いのヨリシロさんでしょ。いやいやいやいや。ヨリシロ使われのヨリシロさんでしょう。その剣を見て確信しました。その半透明な刀身の中に沢山の回路とかチップとか、よくわからない電子的な感じのやつとかが見えている。それが、かの偉大なヨリシロですね。」
「……」
二人の殺し合いはまだまだ続くが、二人ともラクラクの声に耳を傾けない。それでも、ラクラクは喋り続ける。
「その剣は、凄いですよ。流石は、あの白様の剣。傑作と言われる逸品です。使用者を支配する剣です。プログラムを書き込むことができる剣。そのプログラム通りに使用者を動かせる剣。それが、どんなに常軌を逸した動きでも使用者は、剣のプログラム通りに動きます。どんなに関節と、骨と、筋肉が悲鳴をあげようとも、どんな動きすら可能にする。使用者の人格を乗っ取る剣。それが、ヨリシロ。でもね。でもね。そのプログラムを知っていたら?事前にどんな動きをするのか、どういった行動に対してどんな反応を見せるのかを知っていたら?いくら速くても、いくら強くても、いくら関節が本来とは違う方向に動いたとしても簡単です。簡単に倒せます。私の最愛の人なら簡単です。じゃあ、なんで私がそんなプログラムを知っているかって?いいですよ。冥土の土産に教えてあげます。まぁ、聞いてないようですけどね。持っていってください。貰ってやってください。私は喋ります。喋り続けます。なぜなら、私は喋ることが好きだから。喋りたいから。喋ること以外極力なにもしたくないから。私はどんな依頼もラクラクこなす何でも屋ラクラク。前は、ずっと『月下都市』で仕事をしていました。とある仕事で、私ヨリシロさんと対峙しました。見事に負けて、逃げたんですが、それから勝つ方法をずっと考えていたんです。別に悔しかったからって訳ではないですよ。私は、そんなに負けず嫌いじゃありません。生きていれば、勝ちです。逃げ切れただけで、それはもう勝ちなんです。けどね。次に仕事で対峙したときにまた、ヨリシロさんのせいで仕事を失敗してしまったらそれは、もうプロとして不味いんですよ。私はどんな依頼もラクラクっと解決する何でも屋ラクラクってなわけで、仕事の失敗はいけないんです。ということで、『月』から更新プログラムをインストールするときにちょっと、割り込ましていただきました。クラッキングさせていただきました。流石のラクラクさんでも、『月』に入り込むのは無理ですが、ヨリシロのプログラムを覗くくらいのことは、なんとか出来ました。方法は、省略しておきます。ということで、事前にその情報を最愛の剣士さんに伝達済みってなわけです。それは、そうでしょ。だって、『月』の破壊を計画していて、ヨリシロさんやカルマさんが邪魔しに来ないって考える方がどうかしてますよ。剣士さんは、カルマさんの剣 ノビシロのことも知ってます。さてさてさてさて、もうそろそろ終幕でしょうか?ヨリシロさん。」
そうラクラクが言い終えたとき、剣士が投げた剣がヨリシロを貫いた。
「さすが、剣士さんの六刀流です。強いです。まさに、曲芸士。端なら見たら剣をお手玉して遊んでいるようにしか見えませんが、強いですね。いえいえいえいえ。馬鹿になんてしてませんよ。私は、剣士さんを尊敬してます。愛しています。けどね。剣士さん。安心しないで下さい。油断大敵、雨あられです。注意してください。と、注意を促しても剣士さんには私の声は、言葉は届いてないんですけどね。それでも、全然気にしません。私は、誰にも聞かれていなくても喋ります。いつでも、どこでも、喋ります。ところで、ところで、私の解説を無視して殺し合わないでくださいよ。本当に、話を聞かない二人ですね。いいです。いいです。知ってます。さてさて、さてさて、解説を続けます。既に、二人が殺し合いを再開しているとかそんなことは私には関係ありません。興味もありません。私の興味は私が喋ることだけです。心臓を貫いたくらいでは、ヨリシロさんは倒せません。首をはねたところで、ヨリシロさんは、止まりません。何故なら彼は生物として動いているわけではないのです。彼はプログラムとして動いているのです。意味がわからない?原理がわからない?そんなこと、私に言われても困りますよ。そこの突っ込みは、剣を作った白様にお願いしますよ。全く白様の作る剣は尋常ではありません。ヨリシロさんは、使い捨て。ヨリシロさんは、一度の戦闘で壊れてします。けれども、ヨリシロさんは一度の戦闘ではなかなか壊れない。それがヨリシロ。ヨリシロは、依り代を変えれば、なんどでも使える、甦る。誰でも使える。誰でもがヨリシロになり得ます。なってしまえます。誰でもが、意思もなくただ剣のプログラム通りに戦うだけの傀儡になり果てることができます。ヨリシロを作るように白様に依頼した最初の犠牲者は、自らの家族を代償として、生け贄として捧げたそうです。そして、自分がヨリシロに支配され、殺して、殺して、殺して、死んだとか。これは完全に蛇足なんですけどね。さて、さて、そんなことを話しているうちに勝負がついたようですね。そうです。ヨリシロを倒すには、腕を斬り落とすのが正解です。それも既に剣士さんには、伝達済み。それにしても、剣士さん。腕を切り落とすのが上手ですね。私の時も見事でしたが、ヨリシロさんの腕も綺麗に斬れてます。なんだか、ちょっと、妬けますね。あとは、ヨリシロを触れないように壊して立ち去りましょう。そうしましょう。」
「……」
「まだ、まだ私たちの旅は続きますよ。続けますよ。頑張りましょう。そうしましょう。さてさて、なかなか壊れませんね。さすがは白様の剣です。」
「ちょっと、ちょっと何をしているのだ。何をしてくれているのだ。私の大切な大切な作品を壊そうとは恐ろしい。恐怖だ。震える。戦慄する。やめろ。やめろ。やめてくれ。ヨリシロに罪はない。ヨリシロは、私が貰ってかえるからどうか壊さないでくれないかい?」
「……」
「あらまぁ、白様。
おはよう、こんにちは、こんばんは。はじめまして、久しぶり、さようなら。とっても清々しい天気の良い朝ですね。とっても、晴れ晴れとした良い天気ですね。今日は月が綺麗に出ている良い夜ですね。雨が降って残念です。嫌な天気になっちゃいましたね。夜の雨はしとしとと陰鬱な気分になりますね。いえいえいえいえ。そんなことはな」
「ちょっと待て、ちょっと待て、悪いが今日のワタシは忙しい。君の愉快なおしゃべりに付き合っている暇はないのだ。残念無念また来週だ。ってことで、来週来るよ。来週で、ちょうど残り4ヶ月で完成になるからね。取り立てにやって来るよ。それでは、今回はヨリシロと剣士の剣もついでに貰って去るとしよう。ワタシはいま、イロシロと言う剣を作っているんだ。そいつの参考にでもさせてもらうよ。さようなら。」
「全く全く、私がしゃべっていると言うのに勝手だな。勝手な人だよ。大嫌いだ。というより、剣士さん。剣とられちゃったね。もう剣士とは言えないね。けど、私は剣士さんと呼ぶよ。そもそも名前知らないし、知るすべもないからね。教えてもらったところで私は聞かないんだけど。そんなことはどうでもいいや。どうにでもなる。これから敵に襲われたらどうするか。真剣に考えないといけないね。って、話しかけてるんだけど、きいてるの?聞いてないか、聞こえてないか、聞こえていても理解できないか。仕方ない。しかたがないから、私が考えてあげるよ。惚れた弱味に漬け込まれてあげるよ。楽しい。楽しい。楽しいよ。」
剣士は沈黙したまま、さっきまで剣が落ちていた場所をじっと見つめていた。とても悲しい気持ちになったが、それを表現する言葉を剣士は知らなかった。
そんな剣士の隣で、ラクラクは楽しそうに何かを語っていた。もちろん、剣士には聞こえない。