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月蝕

6本の剣を携えた剣士と両腕のない女が草原を歩く。

昼間だというのにあたりは酷く薄暗く、寒い。

空には、雲ひとつかかっていないが、降りてくる光の量が少ないのだ。

「さすがに『月蝕』。なるほど、なるほどこんなところまで影響があるとはすごい。

さてさて、『月蝕』が終わるまでだいたい1カ月『月下都市』周辺には近づけないわけだけど、どうするの?なにするの?」

「……」

「しってるよ。質問に意味が無いことなんて。でもね。私は喋るの。なぜなら喋るのが好きだから。

さてさて。あなたの目的は『月』を壊すこと。けど今は、それに近づけないし、手段もない。そもそもあの刀鍛冶の刀はどうしたの?まさかその6本がそうだって言わないよね。そんなただの剣が伝説の悪魔 白の作品だなんてそんなわけないでしょ。じゃあ、その剣はどこにやったの。言葉までなくして手にした剣をあなたは一体どうしたの?」

「……」

「悪魔とは酷い言い草だね。ワタシは頂点の刀匠 白。それに一番酷いのは、雑多な剣を、模造品のような剣を、大量生産された消耗品を、魂のこもらないただの凶器をワタシの作品と一瞬でも疑ったことだ。酷い。ひどいな。心外だ。実に心外極まりない。ショックだよ。ショックすぎて、立ち直れない。ただでは立ち直れない。立ち直りたくない。絶望だよ。屈辱だよ。最悪だよ。もう二度と剣を作れないほど落ち込むよ。ただでは、立ち直れない。立ち直れないから、ワタシはその剣士の取立てを少し早めることにする。ワタシの傷心の絆創膏代わりに、剣士の五感の一部を頂くことにしよう。何を頂こうか。何にしようか。心が踊る。どれにしようか。まるで買い物をしているように心が騒ぐ。」

突然、刀匠は宙に現れ、そう嘆く。

女は不快そうな表情を見せながら、空を見上げた。

「あらま。始めまして、こんにちは。お噂はかねがねお聞きしております。稀代の刀鍛冶 白様がこんなところまでなんのようですか。ところで、何で、どうして宙に浮いているんですか?どうして何も無いところから突然現れることが出来るんですか?すごいですね。なんでもありですね。さすがの白様。悪魔といったことは謝罪します。ごめんなさい。この通りです。許してください。あと、あなたの剣を侮辱してしまったことも謝ります。ごめんなさい。」

「嫌だよ。嫌だね。許してあげない。許さない。ワタシは酷く傷ついた。取立ては行う。ワタシは、天才だから一度言われたことは、忘れられない。忘れない。わかったかな。悪名高き何でも屋ラクラクさん。だがしかし、君の質問には答えてあげよう。教えてあげよう。語ってあげよう。話してあげよう。」

「あっ、大丈夫です。私は喋るのが好きだけど、喋られるのは好きじゃない。だから私は言葉を失った剣士と旅をする。だからすみませんが、白様。質問はしますが、答えは期待していないので教えていただかなくても大丈夫です。そもそも教えて貰ったところで、私は人の言葉をほとんど聞きません。めんどくさいんですよね。人の話を聞くってのは、私は苦手なんです。それから1つ勘違いされているようですから言っておきますが、私は、別に取り立てに反対なんてしてませんよ。取立てはどうぞ、どうぞご自由に。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚なんでもどうぞ取り立ててやってください。物には対価って必要ですよね。力には代償が必要でしょう。わかっています。それも、『月』を壊そうなんて大きな力代償もあってしかるべきです。そう思っているから反対なんてしませんよ。どうぞ、代償をもらっていってください。勘違いは誰でもあります。仕方ない。いくら白様であっても仕方がないと思いますよ。という私も1つ勘違いしていました。」

「こいつは、困った。少々困った。大変だ。たいへんだ。うわさでは聞いていたが、ラクラクさん、あなたではだめだ。会話にならない。話にならない。話が出来ない。」

「そうですか。では、話さなくてもいいですよ。代わりに私が話します。

何が勘違いかと言いますね。私はこの剣士さんは言葉だけをあなたにささげたのかと思っていました。でも違ったんですね。この人の狂気はもっとすごかった。全てを、自身の全てをささげるほどに強い思いがあったんですね。何の思いかは全くわからないですが、なぜそうまでして『月』を壊したいのか、想像も付かないですが、いいですね。凄いです。私は破滅的な男が好きなんです。私はこの剣士さんにますます惚れてしまいそうです。そもそも何時惚れたかって?それはもちろん両腕を斬りおとされたときです。私の腕と一緒にこの人は私の気持ちさえも落としてしまったんです。」

「……」

剣士は喋らない。女は喋ることをやめない。

刀匠は宙に浮き、女が喋るのをケタケタと笑いながら見つめていた。

「さてさて、で、その剣はどこにあるのですか。この人が全てを捧げた剣はいまどこにあるのでしょうか。やっぱり教えてください。聞かないかもしれませんが、話してみてください。お願いします。お願いしてみます。だから、簡潔に要点だけを掻い摘んで話してみてください。だからって、私がその話をきかなくても怒るのはだめですよ。私は、人の話を聞くのが苦手なので、そこのところ理解したうえでお願いします。」

「いやはや。あなたは勝手な女だ。さっき喋るなといったと思えば、舌の根も乾かぬうちによく言う。だが、あなたは面白い。非常にユニークだ。だから、教えよう。教えてあげよう。」

「どうでもいいから。さっさと手短にお願いします。なにしろ私は人の話を聞くのが嫌いなんです。いかに最愛の人の話だとしても私には苦痛以外の何物でもないのです。私は喋りたい。人が喋っている間は、喋れないでしょ。だから、私は人の話を聞くのが嫌い。大嫌い。だから手短にすませてください。私が喋る時間をあまり奪わないでくださいね。」

「まったく、本当に、完璧に、とんでもなく、究極に君は勝手な女だ。

しかし、なるほど了解した。手短に質問に答えるとしよう。順番に疑問を解決しよう。

一、剣士の剣はまだ完成していない。残り8ヶ月で完成する。

二、ワタシがここにきたのは、取立ての為だ。剣の四分の一が完成したからね。

その報告をして、その上で追加の代償をいただきにきたのさ。

三、ここに来た方法は、どこでも、何でもくっつけることが出来る剣 ノリシロで空間をくっつけてやってきたんだ。

四、浮いているのは、たゆたゆ剣、宙を舞う剣 マイシロで浮いているんだ。

五、その剣士の目的は復讐だ。『月』への仕返しさ。その剣士は『月蝕』に全てをうばわれてしまったのさ。残念無念。そのカタキをとりたい。いや、もうそれしかないのだ。そいつの生きる意味はね。

どうだいわかったか。」

「わかりました。ありがとうございます。とりあえず、まだ剣が出来ていないというところまでは何とか聞くことが出来ました。あとはだめです。それ以上聞くことは耐え切れませんでした。すいません。折角教えていただいたのに。本当に申し訳ないのですが、仕方ないですよね。だって私は、人の話を聞くのが苦手なんだから。仕方ないですよ。よく我慢した方だって自分でも思います。いっそよく聞いていたとほめて欲しいくらいですよ。ってかほめてくださいよ。ぜひぜひ私をほめてください。まあ、ほめ言葉なんて私は聞かないんですけどね。さてさて、あとはもう勝手に何でも取り立てて帰ってくださいよ。もう用はないんでしょ。私とこの人との時間を、私が喋る時間をこれ以上奪わずにさっさと退場して、どっかでせこせこ剣でも作っていてください。それでは、剣ができたらとりに行きます。8ヵ月後にまた会いましょう。さようなら」

「はははははははははははは。愉快、痛快、傑作だ。面白い。ラクラクさん、あなたは楽しい人だ。ならば、ワタシは去ることにしよう。消えることにしよう。さようならだ。また会おう。また来よう。8ヵ月後に?いいや違うよ。また来るよ。ワタシは来るよ。また、剣の進捗状況を伝えて、追加の代償をもらいにくるよ。ラクラクさん君に会うためにまた来るよ。私は愉快で、ユニークな人が好きだからね。

さてさて、後は今回の代償だ。何をもらうかは、ラクラクさんが喋っている間に決めていたんだ。

多くは語らないよ。あまり言うとラクラクさんが怒るからね。

まずは、聴覚、味覚、嗅覚を頂く。そして、痛覚以外の感覚ももらう。それからそれから、両手足の爪も頂こうか。そして、忘れてはいけない。忘れられない。絆創膏代わりに、君の一番幸せだと感じていたころの感情ももらうとしよう。いやいや、それではつまらない、それだけでは面白くない。絆創膏が小さすぎて傷をふさぎきれない。幸せという感覚そのものも、幸福感自体も頂くとしよう。ついでに、ついでに達成感も、満足感も、充実感も、充足感ももらっていこう。それでは、剣士よ。ラクラクさんよ。さようなら。

まずは、爪をはがれた痛みをとくと楽しんでくれたまえ。」

そういって、刀匠は指をパチンとならして消えた。

剣士は小さくうめき声を上げて、その場に蹲った。女は一人で何かをぶつぶつと剣士に語りかけていた。

語りかけていたが、当然剣士には通じない。

それどころかもはや剣士には女の声すら聞こえなくなっていた。



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