出会い
剣士は洞窟から立ち去り砂漠を歩いていた。
見渡す限りの砂漠。その地平線の先に大きな、大きな『月』が浮かんでいるのが見えた。
剣士の元に、二人組の男たちがやってくる。
剣士の復讐を阻むために、二人が剣士の前に立ちふさがる。
「ようようようよう。ちょいっと、そこの剣士さんお時間少しよろしいですか?」
「……」
「俺らはお前に用がある。あの『月』を壊そうとしている大罪人のお前に俺たちは用があるんだ。」
「……」
「おい!なんとか言ったらどうなんだよ。ずっとだんまり決め込みやがって、おいこら」
「やっちまうぞ!」
一人の男が剣を抜き、剣士に斬りかかる。
剣士はそれをヒラリとかわし、右の腰にさげている剣を一本抜いて、男を斬りつけた。男は、小さく悲鳴をあげて絶命した。
「おいおいおいおい。マジかよ。マジかよ。こいつ殺しやがった。簡単に殺しやがった。こぇー。こぇーよ。」
「……」
「ってか、なんか言えよ。おい!人一人殺してだんまりかよ。
タンの奴は良いやつつだったんだ。優しいやつだった。それをおまえは、おまえは殺して、殺した。この、くそやろうが」
「……」
「おい!なんとか言えよ。おい!返事をしろよ。」
「……」
「おーい。聞こえてますかー」
「……」
「ちょっと待てよ。この感じ。同じだ。まるで、カルマの兄貴に話しかけてるような。まるで、木に喋りかけているような。まさか、お前もう既にあの悪魔と……まさか、本当におまえは『月』を……」
そこまで聞いて、剣士は男を斬りつけた。言葉はわからない。剣士にとっては不快な音を出すなにかを斬りつけたただそれだけのことだった。
それから、剣士は歩いて、殺して、食べて、寝た。
本能の赴くままに行動した。
感情の指示するままに行動した。
そんな剣士の前には様々な邪魔が立ちはだかったが、剣士はそれの一切を斬り捨てていった。
そして、もう一人また。
剣士の前に立ちはだかるものが、現れる。
女だ。薄汚れたローブを来て、フードで顔を隠す小柄な女が剣士の前に立ちはだかってきた。
「はじめまして、こんにちは。私の名前はラクラク。なんでも、スイスイラクラクっと、こなしてしまう。何でも屋なの。以後お見知りおきを」
「……」
「いいの。いいの。わかってるから。あなたあの刀鍛冶に言葉を奪われたのでしょう?だから、言葉がわからないし、喋れない。理解もできないし、言葉での思考もできない。ただただ、感覚、感性、感情のなかでしか生きられなくなった。そうなんでしょう?知ってるから大丈夫。答えなくていい。わからなくていい。でも!喋らして」
「……」
「だって、私はしゃべりたい。私はしゃべるのが好きなの。私はしゃべるのが大好きなの。だから、喋るの。ペラペラ喋るの。一人でもね。ずっと喋ってるの。ずっと、ずっと喋り続けてるの。それが幸せなの。返事なんていらない。人の話なんて聞きたくない。私は喋りたい。一方的に喋りたい。一から十まで、私が喋るの。だから、あなたは喋らなくてもいい。私が喋るから。私が喋りたいから。」
「……」
「さてさて、何の話だったかしら。そうそう。あの刀鍛冶の話よ。あなた刀鍛冶に言葉を代償に剣を依頼したんでしょう?だから、言葉を失なってしまった。凄いことするわね。私破滅的な男って嫌いじゃないわ。むしろ好き。けど、仕事だから仕方ないよね。あなたが、刀鍛冶の剣で『月』を破壊しようとしているのが悪いんだから。それを阻止しなきゃ、大勢が死ぬんだから。お願い。私に殺されて。ラクラクっとね。」
「……」
「まだまだ話したりないけど、そろそろ殺らなきゃね。名残惜しいけど、残念だけど、さよう……うわーーーー危ない!
ちょっと、ちょっと、私まだしゃべって……」
剣士は耐えきれなくなり、女に剣を振るう。
うるさい!
もちろんその言葉を剣士はわからない。
わからないが、ひどく不快に感じて耐えきれず、
剣士は剣を2本抜き、女に斬りかかる。
女は身を翻し、それを避けたが剣士の猛攻は続く。
しかし、女は喋るのをやめない。
「うぉーー!二刀流?って、よけるのが精一杯だ。でもさ。でもさ。腰に刺さってる他の4本剣っているの?必要なのかな?なんでそんなの重たいだけなのに持ち歩いてるの?」
「……」
剣士は下段から上段に斬りあげる。女は右に転がるように一回転してそれを避けた。剣士は斬り上げた剣を、勢いそのまま真上に放り投げる。空中に剣が舞う。剣は、スナップを効かせて投げているのかくるくるくるくると回転してどんどんと天にのぼっていく。1本、2本と剣が飛ぶ。と、同時に剣士は素早く2本の剣を抜いた。
「投げるの?剣を?しかも真上に投げてどうするよ?ってか、早いな。もう二刀流になってるよ。ってか、飛んでった剣が気になるってか、うわーー、剣速さらにあがってるよ。大変だー。ナイフで防御して、惨めに転がって逃げ回るのがやっととだよ。凄い剣技だ。正直、ラクラク嘗めてたよ。あなたの六刀流すごいよ。今のところ2本しか使ってないけどさ。無駄に放り投げただけだけどさ。すごいよ。ほっほっ、うおっと。あーーー剣がこっちに落ちてきたー。」
女はいっそ楽しそうに剣をかわした。
上空に放り投げた剣が順番に落ちてくる。
それを見て、剣士は今手に持っている剣を女に向けて投げつけた。剣は見事に女の左肩を貫いた。剣を投げたことで空いた手の元に剣が落ちてくる。それをすかさず手にとって、剣士は攻撃の手を休めない。
「いったー。剣を投げるなんて剣士の風上にもおけないやつだ。最低だね。ってか、剣そうやって使うんだ。びっくりしたよ。驚いたね。んで、んで、もう一本は?剣は2本上にに投げたよね。どうするの?もうじき落ちてくるよね。また、投げるの?ってか、私の頭上に落ちてきたーうわーーーーあぶない。」
もう一本は女の上に落ちてきた。それを間一髪女は避ける。
剣士は落ちてくる剣の方に足を向け、回転して落ちてくる剣の柄をタイミングを合わせ、女に向かって蹴り飛ばした。
剣が女の右肩に深々と突き刺さった。
「うっ……これは、真面目に、ちょっと、やばいかも。喋ってる場合じゃないかも。命の危険かも。死んでしまうかも。けど、喋るよ。私は喋る。例えここで死のうとも命のあるかぎり、死のその瞬間まで私は喋ることをやめない。何故なら私は喋るのが大好きだから!」
そう言い終えた瞬間、女の両腕が切り落とされた。
「痛い。痛い。痛い。痛い。
熱い、痛い。もうだめだ。勝てない。手がない。二つの意味でもう手がない。そうだ。もうこれしかない。女の武器を使おう。いくら言葉が通じなくても、言葉をなくしても、感情はある。性欲はある。私みたいな美人が泣いて命乞いしてたら、さすがに殺せないだろ?色気で押したら?殺せるか?殺せないでしょ。お願い助けて。お願いします。ほらほら、助けて。助けてよー。殺さないで。ほら。お願い。ねぇ、ねぇってば。攻撃なんてやめてさ。私にはもう攻撃手段なんてないんだってば。ちょっと、もう。危ないってば。えーい。出血大サービスだ!これも二つの意味でね。血止まんないしね。ははははは。どうだ。美しいだろ?腕を失ってなお美しくなっただろ?完全なものよりも、不完全さに美があるんだよ。両腕がないことで、もともとどんな素晴らしい腕があったんだろうって、想像力を掻き立てられる美しさがあるよね。どう?どう?ピチピチだよ。ピチピチの20代なんだからね。いいでしょ。」
「……」
剣士は、女の言葉を理解できない。それが言葉だと理解できない。そもそも、言葉とは何かが理解できない。もっと言うなら、理解ということすらどんな感覚なのかわからない。
しかし、剣士の攻撃は止まった。
「良かった。良かった。
でも、この腕じゃ仕事は廃業だね。ラクラクちゃんのラクラク人生が一気にハードモード突入だよ。残念。まぁ、いいや。私基本的に何にも悩まないんだよね。なんでなやまないかって?それは、悩む暇があれば、喋っちゃうからね。思ったことも、思ってないこともなんでもかんでも四六時中喋ってるからね。だから、私は悩まない。何故なら喋るのが大好きだから。
まぁ、そんなこんなで、あなたに付いていくことに決めました。私の体をこんなにした責任とってもらうからね。これは、いづれ二つの意味でもになるのかな。って、おいおい。今さっきまで殺しあって、腕叩ききられた相手に何いっちゃってんだよ。私。まぁ、とにかく付いていくことにしました。っていってもわかんないよね。わかんないだろうけど、一応理由だけいっとくね。理由は簡単。喋りないから。やっぱり聞いてくれて余計なこと言わない人っていいよね。つまり、あなたは、言葉わかってなくても音として私の言葉聞いてくれてるし、言葉わかんないから喋らないっていう理想の会話相手ってこと。わかんないよね。いいのいいの。わからないの知ってて喋ってるから。わかんなくても全然構わないよ。私は、勝手に喋ってるけどね。気にしない。気にしない。やっぱり喋るのって楽しいね。最高だね。さぁ、行こうよ。旅の目的は『月』を壊すこととだったよね。了解。了解。仕方ないから手伝ってあげる。まず、どこ向かってるのか知らないけど、ってか進路的に『月下都市』に向かっているんだろうけど。それはやめたほうが良いと思うよ。もうすぐ『月蝕』だし。っていってもわかんないよね。どうしよっかな。まぁ、無駄でもなんでも喋って説明するね。何故なら喋るのが大好きだから。」