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先輩と後輩

約束

作者: 夏野簾

こういうの書いていて思うことがあるんですけど、なんでこいつら付き合わないんですかね。

「そういえば先輩。今年って今更ですけど、本当に夏期講習とか受けなくて大丈夫だったんですか?」

「問題ないわ。そこ、計算間違えているわよ。それと公式使っちゃえばそんな面倒な解き方しないでも楽に解けるわよ」

「ん、っと、ああ、そっかこれを使えばいいのか」

 夏休みももう終わりに迫りつつあるころ。なぜか今年受験を控えている先輩に勉強を教えてもらう事に。

「でも先輩推薦じゃなくて一般で受けるんですよね。僕になんか構ってて大丈夫なんですか?」

「それは私が推薦じゃなかったら受験に失敗するとでも言いたのかしら」

「いえいえ、そんなの勿論全くこれっぽっちも思ってなんかいませんけど」

「ならいいじゃない。あなたが気にすることじゃないわ。ほら、口を動かす前に手を動かして」

 割と純粋に心配したのにいつも通り一蹴されました。まあ、学校の成績はいわずもがな、模試の方も学校始まって以来のようで。

「ほら、余計な事考えてないで。このページが終わったら休憩にしてあげるから」

 言われた通りに余計な事を考えずペンを動かす。いつだったか、以前テスト対策の時にちょうきょ……勉強を教えてもらって以来、勉強というものに関して先輩には逆らえなくなっていた。ただ、今回は一週間という制約がないため、その時に比べたら天国ではあるんだけど。

 数十分経って。ようやく指定されたページを終えた。

「うん、大丈夫ね。ちゃんと解けてるわよ」

「終わった~」

 バタン、と机の上に突っ伏す。

「じゃあ休憩にしましょうか。お菓子も持ってきてあげるからちょっと待ってなさい」

 言われた通りにその場に待機。というか、約2時間休憩なしにほとんど集中しっぱなしだったので、動く気力もありません。

 ところで、どうしてこんなことになったのかというと、夏休み前まで遡る。


「今年も暑いですねぇ」

「そうね。じゃあ、そろそろ誰か熱中症で倒れたりしないように解散ね。誰とは言わないけど、やっぱり倒れられると非常に迷惑だから」

「その節は本当に申し訳ありませんでした!」

 平身低頭。多分、今僕いきなり会社員になってもやっていけるんじゃないかってくらい。謝罪の王様狙えます。

「テストも終わったことだし。そういえば、最近成績はどうなの?」

「せ、成績ですか?ぼちぼちですかね」

「そう、ぼちぼち、ね」

「は、はい。平均よりちょっと上くらいなので」

「平均より、ちょっと、上?」

 あれ、なんだろうか。ちょっと眉が吊り上ったような……

「確か前一回勉強教えてあげたことがあったけど、随分順位下がったみたいね」

「い、一応クラスでは十番以内……」

「全体で見れば平均なのでしょう」

「平均よりちょっと上……はい。平均です」

 言い訳虚しくばっさりと無慈悲に斬り捨てられた。

「はぁ、しっかりなさいよ。そうね、今年の夏休みは勉強でも教えてあげるわ。どうせ暇なのでしょう?」

「まあ確かにやることないといえばないですけど」

「じゃあ決まりね」

「で、でももしかしたら来年の事も視野に入れて夏期講習とか、そうだ学校の講習にも行ったりするんじゃないかな~って」

「じゃ あ 決 ま り ね」

「……はい」

 最初っから僕に決定権なんてなかった。いや、先輩と一緒にいること自体はいいんだけどね、目的がね、辛い。

「場所、はどうしましょうか。そうね、私が先生なんだから生徒はそこへと赴くべきだとは思わないかしら」

 いや、そっちが勝手に決めたことなんですけども。

「ということで場所は決まりね。日にちは、都合の悪い日ってあるのかしら」

「特には。ああ、お盆中に一度実家に帰省はしますけど、それ以外は基本的に暇です」

「そう。私は今年受験だから特にどこか行く予定ってないのよね」

「あれ、塾とか行ったりは」

「必要ないわ」

 流石の自信でした。

「たとえ今受験って言われても受かる自信はあるもの。ちゃんと過去問の対策も済んでいるし、万に一つも落ちる可能性なんてないから」

 今全国の受験生を敵に回しました。間違いないです。ソースは僕。だけど、不思議と先輩が言うと嫌味に感じない。多分、先輩の普段からの素行を知っている……あれ、思い返してみても素行が良かった記憶なんてなかった。

「あなた、本当に考えていること顔に出るわよね」

 例の鋭い視線で射抜かれる。先輩と出会ってから一年以上経った今でも中々怖い。違うな。一年以上経ってるから怖いんだな。うん。

「まあいいわ。それで、こっちは別に毎日でもいいのだけど、どうしようかしら」

 冷静に考えて。まあ、勉強は置いておいて毎日会えることを考えたら、当然選択肢は一つなわけで。

「僕の方も特に問題ないですけど、本当に毎日お邪魔しちゃっても大丈夫なんでしょうか」

「平気よ。勉強の方を言っているのなら、それこそ杞憂だわ。それに、何も教えられる側だけが勉強じゃないのよ。こっちだって改めて確認できるいい機会なんだから」

「じゃあ、お言葉に甘えて。そうだ、今回はその、優しめでお願いできたらなぁ、なんて」

「今回は特に何か差し迫ってる訳でもないから、そこまで元々厳しくするつもりもないわよ。でもそうね、それなりに勝負できるようにはしてあげるわ。それなりに、ね」

 そのそれなり、というのが一番聞きたいところなんですけど。

 その後は大体の集まる時間だったり得意科目・苦手科目だったり、段取りを決めてお開きとなった。そんなわけで、現在に至るわけです。


 そんなことを考えていると、お茶とお菓子を持って帰ってきた。

 手際よく配膳をして、僕の正面に座る。目の前に置かれた紅茶を一口啜り、ホッっと一息。

「そういえば、これも今更なんですけど、どうして勉強教えてくれたりなんか」

「たった一度だとしてもこの私が教えてあげたのにそんな成績なんて私の沽券にかかわるじゃない」

 おぉ……予想の斜め上の答えでした。でもブレてない不思議。

「な、なるほど」

「そうよ。ありがたく思いなさい。それに、どうせいずれやらなきゃいけなくなるんだから今やっておいて損はないでしょう。大学、進学するんでしょう?」

「まあ、はい。一応は。特にやりたいこともないですし」

「こんなの今更わざわざ言う事でもないとは思うけど、勉強は選択肢を広げる上で大事だからちゃんとしておきなさい。仮にスポーツ選手だったり手に職をつけるんだとしても、絶対にしておいて損をするなんてことはないんだから」

 色々な人から聞いたことはある言葉だったけど、いざ目の前にそれを体現している人がいるとやっぱり耳が痛くなる。

「それと、勉強が全てじゃない。何ていう輩も大勢いるけれど、そんなの嘘だから無視なさい」

「そ、それは流石に言い過ぎなんじゃないかなぁ、と」

「どの道に進んでも、最終的にその道に関して勉強することになるんだから。料理はセンスで作れるかしら。運動もセンスで行えるかしら。そうじゃないわよね。センス、才能、それらを活かすためにまず学ばなければいけないでしょう?0から1を作り出して今あるものを超えるなんてことは、断言するわ。絶対に出来ないから」

 返す言葉もありません。

「とにかく勉強して損はしないわ。そうだ、いっそのこと志望校私のところにでもしてみる?」

「え、先輩の志望校って」

「東橋よ」

「いやいやいや、流石に無理ですよ」

「平気よ。国内最難関って訳でもないし、今からやれば十分間に合うわよ」

 国内最難関って、トップ3には入るじゃないですか……

「いいじゃない。やるだけやってみなさいよ。とはいっても、まずは私が受からないとあんまり大きいこと言えないわね。勿論、落ちるだなんて微塵も思っていないけど」

「先輩は平気かもしれませんけど、僕じゃぁ。確かにあそこ行ければ親も喜びますし、良いとは思いますけど」

「決まりね。目標は早いうちに決めておいた方がいいのよ。それじゃあ、二学期始まってからも週に3回くらいは勉強しましょうか」

 どんどんと勝手に話が進んでいく。いや、確かに受かれれば嬉しいですけどね。

「そんな自信なさそうな顔しないの。すぐに自信持たせてあげるから」

とても優しい表情声音で言われたのに、なんだろうか。この胸の奥から湧き上がってくる不安感は。

「さて、じゃあ目的も決まったことだしそろそろ再開しましょうか」

 違います。目標は決まったんじゃありません。決められたんです。

「さっきも言ったけど、大丈夫よ。ちゃんと、そうね、冬の模試までに一回自信をつけさせてあげるわ」

 そういって微笑を浮かべる。悪魔の微笑みってこういうのを指すんだな、ということが分かりました。

 もう抵抗してもしょうがないというのは先輩と出会ってから約一年と四か月。この期間で十二分に身に沁みているので、大人しく従う。ただ、なんというか、それからは心なしか教え方がいつもと違うような。上手く言葉には出来ないけど。

 そんなわけで、周りより少しだけ早い受験勉強が幕を開けましたとさ。


 二度目の休憩で、折角出してもらっていたのに食べるのを忘れていた目の前のお菓子へと手を伸ばした。

「あ、このクッキー美味しいですね」

「……そう。良かったら、まだ少し残ってるから持って帰る?」

「いいんですか?ありがとうございます」

 次の日。なぜだか休憩中のお菓子が豪華になっていました。


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