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外のこぼれ話②「王子と騎士と条件」

 以前拍手においていた本編のこぼれ話です。


 “第三章 狼そのさん”に登場した騎士団長・フェリクス視点で、本編より過去の話と本編で彼がクロードに出した条件について。

 フェリクスには右腕にしたい人物がいる。

 騎士団長になる前も、騎士団長になった今も、彼と知り合ってからフェリクスはずっと勧誘しているのだが、色好い返事がもらえたことはない。今でこそフェリクスが本気だと伝わっているようだが、初めは冗談だと思われていたくらいだ。

 騎士ですらない相手に、フェリクスの道のりは険しい。




 魔物の断末魔が辺りに響いた。

 耳障りな声だ。動物の鳴き声のようだが、聞く度に不快感が込み上げる。ずっと聞いていると気が狂うという噂もあるが眉唾ものだ。

 部下に撤収の指示を出し、フェリクスは魔物に止めを刺した青年を呼び止める。


「ご苦労様、クロード。いつも通りの鮮やかな手並みだね」


 面倒臭そうな顔で振り返ったクロードに労いの言葉をかけた。


 今回の依頼は魔物討伐における騎士団への協力。

 協力という形になってはいるが、クロードに依頼したときはいつも彼がほぼ一人で倒している。

 情けない話だが、クラルティ王国の王立騎士団はあまり強いと言えない。クラルティ王国は叡智と探求の国。ありとあらゆる知識と技術を持つと言われていても、剣術などの武術は“見た目”にこだわったものばかりで武力としては今一つだ。

 とはいっても、この国には大陸最強と謳われる魔術師団があるので戦力に不安はない。騎士団はオマケみたいなものだ。


 こういった事情から、Aランク以上の魔物の討伐にはギルドに依頼を要請するのが通例である。Bランクの魔物にも苦戦していたらしい時代があることを考えれば、今の騎士団もまだマシなのかもしれない。

 魔物の討伐なんて魔術師団に行かせればいいように思えるが、国が魔術師ばかりを重用するとパワーバランスが崩れてしまう。ただでさえ騎士団が下に見られているのだ。これ以上騎士団の縮小化を望まれないためにも、付け入る隙を与えるわけにはいかない。

 幸いなことにクラルティ王国は他国に比べて魔術師が多いが、魔力持ちが生まれるかどうかは運次第ということもあって、彼らに頼りきりになるわけにはいかなかった。魔術師団に依存しないように騎士団を鍛える、というのが現王太子であるフェリクスの兄の意向である。


 今回はSランクの魔物が討伐対象だったためクロードを引っ張り出せたが、騎士団がヴァナディースのような辺境のギルドに依頼することは少ない。王都のギルドを利用しなければならないという慣例があるからだ。フェリクス自身は実力のあるところがやればいいと思うのだが、騎士団長である以上は騎士団の慣例に従わねばならなかった。それがどんなに無意味なものでも。


「フェリクス殿下のお力添えのおかげです」


 仕事中、クロードは依頼主であるフェリクスに対して敬語を使う。依頼が終了すればいつもの態度に戻るのだが、依頼中はいくら言っても敬語を崩さない。……しかし、やや慇懃無礼に感じるのは常の態度のせいか。

 淡々と言葉を返したクロードに、フェリクスは苦笑を浮かべた。


「もう仕事も終わったんだし、敬語は止めてもいいと思うよ」

「俺の仕事は、ギルドに依頼完了を報告するまでです」


 撤収の指示とともに後ろで雑談を始めた騎士たちにぜひとも聞かせてやりたい台詞だ。また、討伐対象の魔物を倒しても周囲への警戒を緩めない姿勢は称賛に値する。

 騎士たちの職務態度については、数か月前に騎士団長になったばかりのフェリクスが部下たちから舐められているせいもあるかもしれないが。近いうちに引き締めなければ。


「ねえ、クロード」

「…………何ですか」


 フェリクスが言おうとしている言葉を察したのか、返事の前にだいぶ間があった。


「何度も言ってるけど……騎士にならない?」

「何度も言っていますが、謹んでお断りします」


 即答するクロードは取り付く島もない。

 通算何度目になるかわからない勧誘失敗に、フェリクスは大げさに溜め息を吐いてみせた。


「まだ仕事中なんだし、話くらい聞いてくれるよね?」


 しかし、一度で諦めるフェリクスではない。

 諦めるどころか、職権乱用を始めた依頼主に今度はクロードが溜め息を吐く番だった。






 それからまた二度ほど騎士団へ誘ったが、もちろんクロードは首を縦に振らなかった。仕事中の勧誘には迷惑そうな顔をされ、酒場で誘えばけんもほろろに断られる。


 断り続けるクロードのせいか、それとも諦めの悪いフェリクスのせいなのか、未だフェリクスには右腕と呼べる存在がいない。

 どれほど信を置く臣下でも、フェリクスにとって家族以外はすべてが手駒。右腕にしてもいいと思えたのはクロードただ一人だ。


 クロードを騎士団の副団長に据えられれば、フェリクスは今以上の力が手に入る。クロードを右腕にしたいという気持ちのなかに、あの黒狼を従えたいという気持ちがないとは言わない。だが、それ以上にあの強さを間近で見たいと思う気持ちが強い。

 自覚はないが、何かにつけてクロードに依頼しようとしていたのもそのせいかもしれない。


 強い相手に惹かれるのは、男の(さが)かな。僕はそういうタイプじゃないと思ってたんだけど。


 騎士を騎士たらしめるのはその精神であると言われている。その論でいくとフェリクスなどは騎士ではないのだが、逆にクロードは誰よりも騎士に相応しいだろう。


 フェリクスは彼ほど高潔な人間を他に知らない。

 ひとは誰しも力を持てば使おうとするもの。また、若いほど力を誇示したがる傾向にある。憎しみや恨み辛み、復讐なんて理由があれば力を振るうことに躊躇はない。クロードのように魔物を憎み、あれだけの力を持ち得ながら殺戮に酔わない者は稀だろう。


 以前、やっと連れ出せた酒の席での戯れに“騎士って何だと思う?”と問いかけたことがある。悩むような素ぶりを見せたクロードだったが、少ししてからこう答えた。


 ――誰かを守る存在。


 もしかしたら、クロードにも騎士になりたいと思っていた時代があったのかもしれない。ただ純粋に誰かを守りたいと思っていた頃が。

 クロードは一度すべてを失っている。そのとき、きっと騎士になる理由も失ったのだろう。

 これらはフェリクスの推測に過ぎないが、不思議と外れている気はしない。あの青年はあれでいてわかりやすいのだ。腹の探り合いに慣れた身にはいささか純粋すぎるように思えるほど。


「騎士にならないかなぁ、クロード。どうやったらなってくれるんだろう」


 守りたいものでもできれば、騎士になるだろうか。

 まるで騎士への憧れを口にする少年のような顔でフェリクスは笑った。



   ◇◇◇



 恩を売るには絶好の機会。だから、弟が攫われたという怒りとは別に、この好機に歓喜した。フェリクスが右腕を手に入れるための好機。見過ごせるはずもない。

 相手が求めるものはすべて自分が握っている。そうと知ったときの高揚は言葉にしがたい。


「……分かった、譲歩しよう」


 故意に相手の熱意に負けたというような態度を取った。想像以上に養い子を大切にしているようで驚いたのは確かだが。

 フェリクスがしようとしている行為は決して褒められたものではない。こんな大切なものを質に取るような真似、知れば顔を顰める者が多いだろう。……己が何より愛する家族もきっといい顔をしない。父や兄ならわかってくれるだろうが。

 

「クロードが僕の条件を呑むなら、クロードだけでなくギルドの参加を認める」


 (はかりごと)というものはいついかなるときも機を逃してはならないとフェリクスは知っている。


「条件は――クロードがクラルティ王国王立騎士団に所属すること」


 条件の内容はフェリクスがいつも言っていることと同じで、今まですべて断られてきた騎士団への誘い。

 フェリクスは今のクロードなら条件を呑むと確信していた。後に語った“まさか条件を呑むとは思わなかった”という言葉に嘘はない。クロードの想いを知るまでは、勝率は五分だと思っていたからだ。


 ああ……煩いな。


 周りが騒がしい。あの黒狼に騎士になれと言ったのだ。それも当然だろうと思う。

 しかし、いくら周囲の反応を楽しんでいるかのように見せていても、フェリクスは騒がしいのがあまり好きではない。


「クロード、君の同僚たちは反対のようだけど……君はどうする?」


 返ってきた答えは、フェリクスの望んだものだった。





「おまけ・いつかの勧誘風景」



 ――――とある依頼にて。


フェリクス(以下フェリ)「騎士って結構儲かるよ?」

クロード(以下クロ)「Sランクの冒険者がいくら稼ぐかご存知ですか?」

フェリ「あー、収入は下がるかなぁ。騎士の給料も安くはないはずだけど、Sランクの依頼料そのままで雇いきれるほどじゃないし」

クロ「それで転職しようとは思いませんね」

フェリ「お金なんて使い道なくて貯まる一方のくせに」

クロ「…………何で知ってるんですか?」

フェリ「マルセルが教えてくれた」

クロ「………………」

フェリ「いいよー、騎士団。騎士団の制服着たら三割増しで格好よく見えるらしいよー」

クロ「そうですか」

フェリ「親も安心するし、友達に自慢できるし、女の子にもモテる!」

クロ「何ですか、その安い宣伝文句みたいなの」

フェリ「マルセルが考えてくれた」

クロ「………………」

フェリ「王都の一等地に住めるし」

クロ「騎士団の宿舎ですよね」

フェリ「出世も思うがまま!」

クロ「向こうにいる夢いっぱいの新人にでも言ってあげてください」

フェリ「騎士団は実力主義なんだ」

クロ「フェリクス殿下が騎士団長に就任できた理由がわかりません」

フェリ「身分も知略も実力のうちさ」

クロ「………………」

フェリ「………………」

クロ「それで終わりですか?」

フェリ「うん。酒場でマルセルと考えたんだけど、少しは騎士になりたくなった?」

クロ「いえ、まったく」



 ※敬語のクロードを書くのが意外と楽しかったので。




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