外のこぼれ話①「狩人の失言と気絶」
以前拍手においていた本編のこぼれ話です。
ギルドマスター視点。
時間軸としては“第三章 狼そのに”あたり。
王都からギルドに帰還したオルガは、サブマスターが外出したのを見計らって書類仕事を投げ出した。“ギルドマスターとしてギルドメンバーとの交流を”という建前のもと、ひとの多いロビーへ向かう。とりあえず、誰か適当な相手を捕まえて鬱憤晴らし……もとい、鍛錬に付き合わせよう。
「今日は誰がいいかねぇ……ん?」
オルガが舌舐めずりでもしそうな顔でロビーを見回していると、三人の青年がギルドに入って来た。……いや、一人荷物の如く担がれている男がいるので、正しくは四人か。
黒狼と青雷に……銀弓? また面白そうな取り合わせだな、おい。
黒狼のクロード。青雷のマルセル。銀弓の狩人・アベル。
色んな意味で注目度の高い冒険者三人に、獲物を探すギルドマスターの目から逃れようと先程まで顔を背けていたギルドメンバーたちの注意が向かう。オルガが一行に目を輝かせたのを見て、ホッと胸を撫で下ろしている者もいた。失礼なやつらだ。
しっかし、黒狼のやつ何かキレてやがるな。銀弓がへまでもしたのか?
アベルといえば冒険者ギルド・ヴァナディースきってのトラブルメーカーである。彼に迷惑を掛けられた者のなかには“銀弓の狩人じゃなく、銀弓のトラブルメーカーに改名すべきだ”とぼやいている者も多い。というか、陰でそう呼ばれていたりする。今のところウチのギルド内だけだが。
アベルは“悪気がないのがなおさら悪い”を地でいく人間だった。
「な、なんか雰囲気重くね?」
「アベルさん、また何かやらかしたのかな……」
「あの担がれてるやつは誰だ?」
周囲は遠巻きにしつつも、何やら事情がありそうな四人組についてひそひそと話している。
彼らの耳に届かないようにという配慮なのだろうが、あの程度の声量ならクロードたちには聞こえているはずだ。といっても、聞こえている素ぶりを見せているのはマルセルだけで、クロードは気にしていないのか聞こえていないのかわからない様子だった。
小声でこそこそと話す大の男たちに呆れてしまうが、クロードが暴れ出したらおそらく止められるのはオルガだけなのでそれも当たり前かもしれない。
オルガも、数年前ならともかく今のクロードに勝てるとは思わないが、止めるくらいの実力はあると自負している。二人の力量をを周囲がどのくらい正しく認識しているかは訊いたことがないのでわからないが。
「さーて、アベル君。俺たちに何か言いたいことは?」
マルセルの声が耳に届く。
オルガは念のためできるだけ気配を消して、近すぎず遠すぎもしない位置に移動した。完璧な盗み聞きの姿勢である。
「先にこれだけは言わせてほしい。……クロード、本当にすまなかった」
そう言って、アベルは椅子から立ち上り、深々と頭を下げた。
やはりアベルがクロードに何かしたようだ。しかし、オルガは揉め事が起こったという報告は聞いていない。気になって耳をそばだてた。
「………………」
謝罪されたクロードは無言だ。オルガの位置からでは顔が見えないので、どんな表情をしているかはわからない。いつもと同じなら、苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。
「マルセル殿から事情は聞いた。言い訳にすらならないが、本当にお前の家に少女がいるとは思わなかったんだ。しかし、実際にあの子の父親だったとはいえ、出会ったばかりの相手を信じ込み、長年の好敵手であるお前を疑ったことには頭を下げる他ない」
アベルはクロードの返答を待つことなくそう告げた。
なんとなく話に察しがつく。アベルの言う“少女”とは、おそらくクロードが拾ったという子どものことだろう。その面白すぎるネタはこのギルドの関係者なら誰もが知っている。オルガが積極的に広めておいた。
オルガはまだその少女に会っていないが、いつかこっそり訪ねて行ってやろうと思っている。クロードがどんな反応をするか見物だ。
それにしても……へぇ、父親が見つかったのか。
マルセルからある程度の少女の事情を聞いているオルガは、少女の父親が我が子を捨てた人間だと知っていた。
クロードが子どもを拾ったことについて、ギルドでも内外問わず様々な憶測が飛び交っている。事情を知っているオルガからすると爆笑ものの噂も数多くあった。
まあ、あの黒狼のクロードが子ども用の服だの絵本だのを買い込んでいれば、それは噂になるだろう。噂してくださいと言っているようなものだ。クロード自身が噂について弁明しないのも妙な噂が出回る原因の一つである。
「今は安易に噂を信じたことを本当に愚かだったと思っている」
真摯な態度で謝意を表すアベルを見て思う。
……だから、あんま強く怒れねえんだよな。
お節介で猪突猛進の気がある迷惑な男だが、最終的に許してしまうのは彼が真面目だからだろう。真面目ゆえに空回っているのだが、真っ直ぐでお人好しなアベルを嫌う者は少ない。本当に、トラブルメーカーのくせに得な性格をしている。
わりとクロードはアベルに対して怒りを表す方だが、いつもマルセルや他のギルドメンバーが取り成すため、これまで大事になったことはない。
今回もクロードが折れて終わるだろう、というオルガの予想は大きく外れることになる。
「お前が実は幼女好きで、人気のない森に住んでいるのをいいことにいたいけな少女を囲っているなどと……そんな与太話を信じるなどどうかしていた。私は……私は、お前の好敵手として自分が恥ずかしい」
――アベルの失言によって。
「………………」
「…………ぷっ」
クロードは無反応。マルセルはアベルの言葉に吹き出してしまっている。
オルガも腹筋が崩壊しそうなくらいウケたのだが、さすがにこの距離で爆笑したら気配を消した意味がなくなる。腹に力を入れ、笑いの衝動を堪えた。……あとでサブマスターに話してやろう。きっと大爆笑だ。
「………………」
クロードが無言のまま立ち上がる。
そして、訝しげな顔をしたアベルに本気で殴りかかっていった。剣ではなく拳なのはまだ理性が上回っている証拠だろう。
「なっ、クロード! 一体どうしたんだ!?」
「死ね」
「許せないのも無理はないと思うが……平和的に話し合おう!」
クロードがキレた理由をイマイチ理解していないアベルは焦りつつも攻撃を避ける。
しかし。
あ……決まったな、こりゃ。
クロードのフェイントにものの見事に引っ掛かったアベルは攻撃を避け切れず、拳の洗礼を受けることとなった。モロに決まったようで、一撃でアベルが沈む。……一応、アベルもAランクという実力者なのだが。大陸一とも言われるSランクの剣士との壁は厚いらしい。
「ワン、ツー、スリー……」
見物人の誰かが小声でカウントしているのが聞こえる。
テンカウントを超えてもアベルが起き上がる気配はなかった。




