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季節ネタ②「クリスマス小話~おおかみさん家の聖夜事情・後編~」

 深夜とも早朝とも言えない時間。暗い森がさらに暗さを増す、最も闇の濃い時間帯。

 そんな時間に、クロードはやっとの思いで帰宅を果たした。一向にクロードを離そうとしない酔っ払いたちを千切っては投げ、千切っては投げ……なぜか、ギルドメンバー全員がクロードが子どもを拾ったことを知っていたため、今回はいつにも増して絡まれる羽目になったのだ。

 やっとの思いで帰路につく頃には、クロードは一滴も飲んでいない酒の匂いを纏い、心なしかくたびれた状態だった。


「ただいま」


 しんと静まり返った室内にクロードの声が響く。

 以前は――独り暮らしだったせいもあるが――帰って来て何かを言う、なんて考えたこともなかった。ソニアを拾ってから必ず言うようにしている帰宅の言葉に、今となっては言わないと落ち着かなくなるほど慣れてしまっている。


 ソニアは……寝てるな、よし。


 ソニアが寝台で寝息を立てていることを確認し、クロードは一人頷く。

 そして“例の場所”に目をやった。 


「………………」


 音を立てないように、不必要なほど慎重になりながら、クロードは棚の上に置いてある箱を取った。ソニアの目が届かない背の高い棚の上にあった箱は、クロードがそれを買った店の店員によって綺麗に包装されている。


 サンタじゃなくて悪いな。


 きっと、ソニアはまだサンタクロースを信じているのだろう。

 マルセルが面白がって渡してきた“サンタクロースの服”などすぐに捨ててしまったが、寝ているときに来ることになっているのだから服装は関係ないはずだ。ソニアが目を覚ましてしまえば、どんな服装だろうとバレるに決まっている。だから、あの赤い服を着るなんてクロードの選択肢にないわけで。

 そんなことを考えながら、クロードはそっとソニアの枕元に箱を置いた。


「メリークリスマス」


 そう囁き、すやすやと眠っているソニアの頭を撫でる。


「…………ん」

「……っ」


 寝言なのか、何事か呟いたソニアに、クロードの動きが一瞬止まった。しばらく注視するが、起き上がる気配はなく安堵する。


 寝てる、よな。


 ほっと胸を撫で下ろしながら、ソニアの寝台を離れようとしたクロードの耳に、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 ソニアは眠っている。おそらく気のせいだろう。


「……おやすみ、ソニア」


 ただ、それだけを呟くように言って、クロードはもう一度ソニアの頭を撫でる。サラリと顔に掛かってしまっていた髪を上げてやり、今度こそ寝台から離れた。



   ◇◇◇



 翌朝。

 いつもより少し遅い時間に目覚めたソニアは、枕元に置かれたそれを見て、一気に眠気が覚めるのを感じた。おそるおそる手に取り、色んな角度から眺めてみる。


「……サンタさんだ」


 ソニアの枕元に置かれていた箱は、まさしくサンタクロースが置いて行ったプレゼントに他ならなかった。

 呆然と呟いてから、慌ててキョロキョロと周りを見渡したが、窓から朝日の差し込む室内には、もちろん絵本の描かれていたような赤い姿はなく。


 おれい、いえない……。


 プレゼントをもらったのだから、当然礼を言うべきだ。そうは思うのだが、ソニアにプレゼントをくれたサンタクロースはこの場にいない。

 そのせいで、何となくプレゼントの箱を開けることを躊躇してしまった。


 これ、そにあのなのかな。


 第一、このプレゼントがソニアの物であるという確証はない。もしかしたら、サンタクロースが間違えて、ソニアの枕元に置いて行ったのかもしれない。


 きっと、そにあのじゃない。


 だって、サンタクロースは“いい子”にしか来ないのだから。


「………………」


 興奮が一気に冷めていく。

 いつの間にか、強張って箱を持つ手に力が入っていた。それに気付き、身体の力を抜いたソニアは、自分のものではないプレゼントの箱をそっと元の位置に戻す。


「開けないのか?」

「……っ」


 突然、頭上から降ってきた声に驚いて顔を上げると、やや訝しげな顔をしたクロードがソニアの方を見ていた。ソニアは気づかなかったが、少し前から見ていたらしい。


 ……あれ? おおかみさん、なんだかねむそう。


 クロードの顔には、仕事から帰って来たときのような疲れの色が見える。

 ソニアが眠ってしまった後、どこかに行ったのだろうか。


「これ、そにあのじゃないもん」


 落ち込みそうになる思考を振り切るように頭を振って、ソニアはクロードの問いに答えた。


「……は?」

「そにあ、いいこじゃないから、さんたさんこないとおもう」



 ――――真剣な、それでいてどこか寂しそうな瞳でそう言ったソニアに、クロードは“やっぱり面倒臭がらずに、店員の言う通りクリスマスカードを付けるべきだったか”と、わりと本気で後悔した。



   ☆★☆



「……それで、結局、ソニアちゃんはプレゼント開けたの?」


 当たり前のような顔をして、少し遅めの朝食の席に着いたマルセルは、ソニアから朝の一幕の話を聞き終え、そう尋ねた。

 マルセルとソニアが話している間も、クロードは朝食の用意に追われている。一人分増えたことで、予定が狂ったようだ。常ならばマルセルを追い返そうとするクロードだが、昨夜のパーティーでマルセルの助力がなければ抜け出せなかったことから、今日ばかりは黙ってマルセルを招き入れていた。


「うん。おおかみさんが、そにあにだって。さんたさんからきいたって」

「……ぷっ」


 ソニアの言葉を聞いたマルセルは、堪え切れなかったというように噴き出す。

 そして、つまるところ目の前の少女にとっての“サンタクロース”である青年に視線を向けた。


「………………」


 聞こえているだろうに、クロードはいつもと変わらぬ仏頂面のまま朝食の用意を続けている。“クロードがねぇ”と内心愉快な気持ちになったマルセルは、やや唐突にクロードに話しかけた。


「ねえ、クロード」

「……何だ」

「サンタさんに会ったってホント? サンタクロースと知り合いなら言ってくれたら良かったのに。今度サンタクロースに会ったら言っておいてよ、いい子な俺にもプレゼントあげろって」

「………………」


 クロードはニヤニヤと笑うマルセルに“誰がやるか”と返したかったが、ソニアの手前、言葉を呑み込む。


「そういう台詞は、一回人生やり直してから言え。お前のどこが“いい子”だ」

「えー、真面目に仕事してるし、育児始めた友達の相談にも乗ってやってるし……俺、すごくいい子じゃない?」


 同意を求めてマルセルはソニアに向き直った。突然話を振られたソニアはきょとんとした顔で返す。


「まるせるさん、こどもなの?」

「……あー、うーん。子どもではないかなー」


 純粋に答えを返す視線に負けたのか、マルセルは言葉を濁しつつもそう言った。“やっぱり、本当のいい子には勝てないね”とこぼしつつ話題を戻す。


「で、サンタさんにもらったプレゼントは何だったの?」


 “箱は開けたんだよね?”と言葉を続けたマルセルに、尋ねられたソニアはとびきりの笑顔で答えた。


「ないしょ」


 その答えは予想外だったのか、今度はマルセルの方がきょとんとした顔になる。

 “えっ、ええ?”と戸惑うマルセルを、クロードが鼻で嗤った。その様子に何か勘付いたのか、マルセルはソニアからクロードへと視線を移す。


「クロード……お前、口止めしただろ!」

「何のことだ?」


 “ここが大事なところなのに!”と地団駄を踏みそうなマルセルの言葉など意に介さず、クロードは涼しい顔でしらばっくれた。


「まるせるさん、おおかみさんじゃないよ?」

「え?」


 珍しい、マルセルの方がクロードに遊ばれるという状況に終止符を打ったのはソニアだった。


「さんたさんが、ひみつにしてほしいって」


 “それ、クロードが言ったのと同じだから!”と言いたかったが、さすがにサンタクロースを信じているソニアの夢を壊すわけにもいかず――というか、言ったら本気でクロードに魔物の餌にされる――マルセルは何も言えない。

 折角の相棒をからかう機会を逃してしまい、若干歯噛みするような心境のままマルセルは最後に尋ねた。


「じゃあさ……ソニアちゃんは、サンタさんの姿見た?」


 “見ていたら面白いけど、さすがにそこまで下手こかないよね”というマルセルの考えは、簡単に破られる。


「うーん……みたきがする」

「えっ!?」


 途端、マルセルの顔に喜色が浮かんだ。一方、クロードは何を焦ったのか、彼にしては珍しく切ろうとしていた野菜を取り落としそうになる。

 興味津々といった様子で机に身を乗り出すマルセル。


「どんなひとだった?」


 ソニアの返答を待って、不自然なほど室内が静まり返った。

 ある意味異様ともいえる雰囲気に首を傾げつつ、ソニアは思い出すように視線を宙にやる。

 夢うつつに見たサンタクロースの姿は、確か……。


「くろ?」


 闇の中だからという理由ではない、黒色。

 そして。


「あったかくて、くろいさんたさんだった」


 絵本のサンタクロースとは違い、ソニアの元に来たサンタクロースは黒い服を着ていた気がする。そして、何だかとても温かかった。

 そう、まるで。


 ……おおかみさんみたいに。


「そにあ、ねちゃってたけど、たぶん、あたまをなでてくれたの。ぷれぜんともくれたのに、おれいいえなかった……」


 ソニアは(もや)がかかったような記憶の内容を懸命に二人に伝えようとする。


「そっかー」

「………………」


 対する二人は何やら複雑そうな顔をしていた。


「バレなくて良かったね、クロード。ていうか、これでバレてないって奇跡だよね」


 聞こえていないのか、そんなマルセルの言葉には返さず、クロードはポツリと漏らす。


「次は服装変えるか……」


 そう呟いたクロードの言葉はソニアの耳には届かなかったものの、幸か不幸かマルセルには聞こえてしまっていた。



   ☆★☆



「ぷっ……あははははっっ!!!」

「…………何笑ってんだ」

「まるせるさん、どうしたの?」

「い、いや……っ、あの格好して煙突から忍び込もうとするクロードを想像しちゃ、っ!?」

「…………」

「…………」

「あれ? ……まるせるさん、ねちゃった?」

「昨日遅くまで飲んでたからな。眠かったんだろ」

「かおがおさらに……」

「そのままにしといてやれ」

「でも……だいじょうぶかな?」

「こんなによく寝てんだ、起こす方が悪い。っと、そろそろ朝飯片付けるぞ」

「うん」



 ――――きっと両親の元に帰っても、クリスマスにはソニアは黒いサンタクロースの来訪を待ち望んでしまうだろう。





 実はハロウィンとかもやりたかったんですけどね……。 ←いつの話だ

 次に書くとしたら節分かバレンタインですが、バレンタインはもう書いたし、節分は作者的に萌えないので没。


 いつか現代パロで季節ネタを書いてみたいという野望を抱いていますが、兎にも角にも、本編を完結させねば。……相方にね、“パロばっか書いてんじゃねえよ”って言われるんですよ。ただパロが好きなだけなのに。

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