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日々のこぼれ話⑥「たぶん変わらないものなんてなくて」

 マルセル視点。前に言っていた墓参り編の裏話(?)です。

 時の流れは早いもので、マルセルの年下の相棒が騎士になって二年が経つ。

 相棒だった期間は六年足らず。今思えばそう長くない。けれど、マルセルは自分が冒険者を辞めることはあってもクロードが冒険者を辞めることはないだろうと思っていた。だから、相棒を解消するならマルセルの方からだろうと。そう考えていたのはおそらくマルセルだけではない。彼らと親しい者はみな――クロード本人ですらそう思っていただろう。

 それくらい、クロード・ラージュ・ルーガルーという青年は頑なだった。


 マルセルが出会った頃はまだ少年と言っていい年齢だったが、初めて会ったときから彼は何一つ変わらない。

 二人が組むようになったのはマルセルが十九歳、クロードが十四歳のときだ。そのときから子どもとは思えない強さを誇っていたが、依頼をこなす毎にその剣技に磨きがかかっていった。年齢をごまかしてギルドに加入した少年(クロード)はどこの僻地の出身だというくらい世事に疎く、冒険者として必要な知識も乏しかったが、生来の真面目な性格もあって教えたことはすぐに吸収していった。

 だから、成長はしていたのだろう。でも、彼は変わらなかった。どんなに強くなって凶悪な魔物を打ち倒せるようになっても、Sランクという地位に相応しい知識を身に付けても、クロードの心は何一つ変わっていなくて。


 きっと、彼の時間はあの日(・・・)に止まってしまった。

 マルセルはそう思っていた。思い込んでいた。凄惨な過去を持つクロードを気にかけながら、彼の時間が再び動き出すことはこの先ないだろうと諦めてすらいた。


 訳ありの冒険者なんて掃いて捨てるほどいる。導の塔(そしき)の派閥争いに嫌気がさして塔を辞めたマルセルとてそのうちの一人と言えるだろう。

 そんななかでもクロードの経歴は異色で、一介の魔導師がどうこうするには重すぎる過去だった。


 だから、あれは……陳腐な言い回しかもしれないが、運命だったんだと思う。

 魔の森に立ち入った人間が、しかも幼い子どもがすぐに命を落とさずに森をねぐらにする冒険者と出会うなんて、他者を寄せ付けない男がそのときにかぎって気まぐれを起こすなんて――運命と言わずになんと言うのか。

 運命という言葉を嫌う元相棒が聞けば眉間の皺を深くしそうだ。本人に言うつもりはないけれど、彼を取り巻く人々に言えば同意を得られるだろう。


 少女を拾うまで変わらなかった男は少女と暮らすようになって変わっていった。

 ソニアを傍に置くようになって、クロードの時間は動き出した。

 それがこの先どう転ぶかなんて神様でもないマルセルにはわからないが、ソニアがいて良かったと素直にそう思う。止まったままのものは何も生まない。良くも悪くもならない。動き出さなければ何事も始まらないのだから。


「変わらないものなんてこの世にないのかもね」


 たぶん変わらないものなんてなくて。

 無情にも優しく時間は過ぎていく。すべてのひとに平等に。


「それは黒狼のことか? それともお前のことか、青雷(あおいかづち)


 マルセルの呟きを拾ったギルドマスターのオルガがからかうように問いかけた。

 クロードの話をしていたのに後半の言葉が出てくる辺り彼女もひとが悪い。だが、それに動揺してやるほどマルセルは青くないし、可愛げもなかった。そういうのは捻くれているくせに真っ直ぐな元相棒に任せるとしよう。


「もちろん、クロードのことですよ」

「お前も変わったと思うがな。あの頑固な偏屈坊主が塔に戻るとは」


 クロードの変化に比べればマルセルの変化などほんの細やかなものだ。本業と副業を入れ替えただけ。あのくそったれな塔には戻ったが、冒険者の仕事だって辞めてはいない。


「そろそろ魔導師としての本分に戻ろうかなと思っただけです」

「ふうん」


 自分から動かなければ何も変わらない。ソニアのことで四苦八苦するクロードを見てそう思った。

 (かび)の生えた古臭い組織も動き出せば変わるだろうと、昔から何一つ変わらない場所でも何か一つくらい変えることができるだろうと、若い頃に挫折したくせに今になってそう思えるようになったのは幸せいっぱいな顔をしたあの元相棒のせいだ。本当に年下かと思うくらい辛気臭かった男が変われば変わるもので、大切な少女といるときは満ち足りた顔をしている。


他人(ひと)に言ったことって意外と自分に返ってきますよね」


 なんとなく思ったことを口にする。

 マルセルの唐突な言葉にも驚くことなく、オルガは鷹揚に頷いた。


「まあな。相手に本気で向き合ってりゃそうもなるだろうよ」


 いかにも自由人といったオルガはおちゃらけた性格のように見えるが、これでもギルド・ヴァナディースのマスターであり数少ないSランク到達者だ。それだけの人間であるわけがない。

 マルセルが知るかぎり……いや、マルセルが知る以上に彼女は経験豊富なひとだ。戦場も、それ以外も、数えきれないほどの修羅場を乗り越えて今の彼女がある。


「なーるほど。本気で向き合ってたってことかあ……」


 あのときに元相棒――まだ相棒だった頃のクロードに言った言葉を思い出す。


 ――何拗ねてんだよ、このガキ。黙って出て行かれてショックだった? 勝手に決め付けてんじゃねえ!

 ――始めっから諦めてるやつに、ひと一人幸せにするなんてできるわけないだろうが!!


「勝手に決め付けてるのも、始めっから諦めてるのも……俺のことで。あいつにとやかく言う資格なんてなかったって今になって思います」

「なんだ人生相談か? あたしに依頼すると高くつくぞ」

「ギルドマスターに相談するほど人生捨ててないんで」

「どういう意味だ」


 オルガにギロリとひと睨みされたマルセルはへらっと笑ってみせる。


「まあ、お前もまだまだ若いってことだ。黒狼のやつには大人ぶってるみたいだけどな」

「大人ぶってって……実際にクロードより年上ですからねえ」

「五歳なんてたいした差じゃねえよ。もっと生きあがけ、若人」


 今度は“若人”ときたか。マルセルももう二十七になる、わりといい歳なのだが。

 ギルドにはマルセルより歳のいった冒険者も多い。幸い魔術は得意だからAランクなんて地位にいるが、経験だけなら中堅だ。冒険者の最高位で実力も経験もあるギルドマスターからすればマルセルはまだまだヒヨッコなのだろう。さすがに尻に殻をつけているとは思われたくないが。


「ちなみに、ギルドマスターの歳って……?」

「女に年齢を訊くとはいい度胸だな、青雷。魔術使用禁止のルールであたしと遊びたいのか?」

「いくら俺でも軽く死にますって」


 軽口を叩きあっていると、ギルドの玄関口(エントランス)からガヤガヤと騒がしい集団が入ってきた。

 戻ってきた顔ぶれを見て、今年のお勤め(・・・)も終わったらしいと察する。


「おかえりー」

「よう、どうだった?」


 二人がテーブルを囲んでいたロビーにぞろぞろと連れ立ってやってきた連中をマルセルは片手を上げて出迎えた。

 早速といったように話を振るオルガは、さすがギルド一の自由人である。気になるのはわかるが、行って帰ってきたばかりのギルドメンバーを少しくらい気遣ってやっても罰は当たらないと思うのだが。


「いやー、今年はたいへんでしたよ」

「いつも通り尾行してたら小っちゃい子にバレちゃって」

「こいつが雑な尾行するから」

「えっ、オレのせいなの?」

「お前のせいじゃなかったら誰のせいだっつーんだ」

「君が悪い」

「あなたのせいです」


 どうやらソニアに尾行がバレたらしい。というか、毎年恒例のこれ(・・)にはクロードも気づいているだろう。若手はともかく熟練のギルドメンバーは気づかれているのもわかっているだろうに……まあ、古参のメンバーは過去にクロードに言われたことを気にしているのだろうけれど。


「つーか、なんで隠れて行くんッスか? 別に墓参りくらい一緒に行かせてもらえばいいじゃないッスか」


 まだ少年の域を出ない顔立ちの彼はギルドに入って来たばかりで、今日のギルドの恒例行事も初参加だったはず。

 行く前に誰も教えてやらなかったのかと、マルセルは他のメンバーの顔を呆れた眼で見回した。


「お前……そんなことクロードさんに言ってみろ。殺されるぞ」

「ええっ!?」

「いや、さすがに殺されることはないと思うけど」


 マルセルが口を挟む。元相棒もそこまで気が短くはない。一緒に墓参りに行きたいなんて言われていい気はしないだろうが。


「いいか、黒狼にとってあそこはなあ――」


 怪訝そうにしている新人を相手に、親切なギルドメンバーが難しげな顔で説明してやっている。

 昔あったことを話すようだ。確か、あの場に彼もいたのだったか。あまりいい記憶ではないだろうに、本当に親切な男である。


 魔の森の奥の奥のそのまた奥、明るく開けた広場に石が立ち並ぶところ――あそこは立ち入ってはいけない場所だ。

 ヴァナディースの関係者なら誰もが知っている。


 そこは“黒狼のクロード”の故郷で、彼のためだけにある墓地。

 今でこそクロードに憧れて冒険者になった者もいるほどだが、当時のギルドではクロードは年齢詐称してギルド入りしたヤンチャ坊主のような扱いだった。

 捻くれていて、ひとを寄せ付けない雰囲気を漂わせる放っておけない少年。だが、突っかかってくる人間を軒並み返り討ちにした子どもは、悪意だけでなく好意も受け付けなかった。

 それに当時のギルドの面々が気づいたのはある事件があってからで、それが現在も尾を引いている。


 墓参りに行くクロードの様子をギルドメンバーがこっそりうかがうようになった原因となる出来事。

 それは十年ほど前のことだ。


 十二、三歳の頃のクロードは今より頻繁にそこ(・・)に通っていて、ややお節介の気がある年上の男(ギルドメンバー)たちを心配させていた。少年の故郷とはいっても、そこが魔物に滅ぼされた村であることはみんな知っていて、過去の傷を抉るようにそこに通う子どもを大人たちは痛ましく思っていたのだ。

 誰が言い出したのかはわからない。けれど、故郷を失った少年に同情した一人が墓参りに行こうと言い出した。

 一緒に行ってやろうと。名前に村の名を入れるくらいだ、人々の記憶から消えていくのが嫌なんだろうと。一緒に墓に行ってやれば安心するんじゃないかと。

 魔剣の守り手だった村人たちに対する畏敬の念もあって、墓を参ることには多くが賛同した。――それが間違いだった。


 一緒に行こうと声をかけたものの少年に断られ、素直じゃないななんて言いつつ彼らはこっそり墓までついて行こうとした。だが、尾行を警戒していたらしい少年に見事に撒かれてしまい、何度か決行するも上手くはいかなかった。

 魔の森にあることは知っていても村の正確な場所がわからず、諦めるしかないと誰もが思ったそのとき。古い地図を持ち寄った者がいた。秘された村であるはずのラージュ村の名が載った地図を。どうやら王族に伝わるような貴重な一品だったようだが、古いということもあり他国の王族からの依頼を解決したことで偶然にも手に入ったらしい。

 正直、当時のマルセルはそこまでしなくても……と思っていたが、口には出さなかった。お節介な一部のギルドメンバーたちにしてみれば、意地になっていた面もあるのだろう。クロードについては噂にしか聞いておらず、そこまで興味がなかったためマルセルもそんな彼らを諌める気はなかった。


 馬鹿で気のいいギルドメンバー数人は、その地図を頼りにラージュ村があった場所まで行ったらしい。

 そこでクロードに会って、彼の怒りを買った。昔のクロードは短気で怒りっぽい少年だったが、普段の怒りが生易しく思えるほど強い憤怒の感情だったという。

 クロードは彼ら全員を容赦なく打ちのめし、森の外に放り出した。そして、彼らが持っていた地図を燃やし捨てて――“二度とここに立ち入るな”と吐き捨てたという。


 幸いなことに、というかなんというか。マルセルはその場にいなかったので、これはクロードと相棒になると宣言したときに当事者の一人から聞かされた話だ。

 その場にいたら、さすがに相棒にはなれなかっただろう。マルセルもそこまで厚顔ではない。


「そ、そんなことが……」


 古参の冒険者から聞かされた話に新人の少年は呆然としている。

 ギルドの加入試験に受かったはいいが、憧れのひとはすでにおらず。“クロードさんが辞めてるなんて!”と数か月前に叫んだ子には少々強烈なエピソードだったようだ。黒狼のクロードが騎士になった話は結構有名なのだが、彼の出身である南の片田舎にまでは伝わっていなかったらしい。


「だから、な……“魔の森に入ってもクロードの故郷の(はか)には入るな”がギルドの不文律なんだよ」

「あそこまで怒ってるのを見たのは後にも先もあのときだけだなあ」

「彼は短気ですが、意外と心は広いですからね」


 なんとなくしんみりした気分になりつつ、ギルドの面々は昔話に花を咲かせる。今日という日のせいもあって、話題のほとんどはクロードだ。


「マルセルさんなら……行っても怒られないんじゃないですか?」

「確かに! 元とはいえ相棒だし、今も仲が良いですよね」


 若手の冒険者たちに話を振られた。

 このギルドの若手のほとんどはクロードに反発するか心酔しているかの二択で、向ける感情が違っても意識していることには変わりない。ここにいるのはクロード信者の気がある者たちばかりだ。元相棒ということでマルセルもそこそこ尊敬されている。


「まあ、俺とクロードは一心同体っていっても過言じゃない相棒(パートナー)だったからね」


 調子に乗っておふざけを口にしてみるが、この面子だと誰も突っ込んでくれないのでちょっと虚しい。……わかっていて言うマルセルが悪いのかもしれないが。


「じゃあ!」

「でも、駄目だよ」

「え?」

「俺じゃあ、駄目だ」


 あの場所に入っていいのはただ一人。

 クロードが立ち入ることを許したのは、たった一人だけ。


「あいつも昔に比べればまるくなったから、行きたいって言っても怒られないとは思うけどね」


 クロードが連れて行きたいと思った相手はマルセルではない。

 彼は手を引いてやっているようで、案外、彼女に手を引かれているのかもしれない。

 ソニアを幸せにできるのがクロードだけであるように、クロードを幸せにできるのはソニアだけなのだろう。他に大切なものができれば……恋でもすれば別かもしれないが、あの様子だと二人とも恋人などできそうにない。

 依存、という言葉をマルセルはあまり好まない。


「一途っていう方が好きだなあ」


 彼らは似ていないようで、似ている。

 大切なものを入れる場所が狭いところとか。彼らの宝箱は小さいから一つのものしか入らない。大人の方は、どれだけ変わってもそこは変わらないだろう。子どもの方は……彼女の世界が広がっていけばどうなるのか、マルセルには見当もつかない。世界を知って、自分を知って、彼以外にも彼女に愛をくれるひとがいるとわかっても、昔馴染みとしては彼を捨てないでやってほしいと思う。


「え? 今なんて?」


 自分の呟きが聞こえなかったらしいギルドメンバーが訊き返してくるのを、マルセルはへらりと笑ってごまかした。

 ごまかされたと気づいて不服そうな彼にさっき漏らした呟きとは異なることを口にする。


「可愛い子の方がいいよねって言ったんだよ」

「かわいいこ?」

「両親に挨拶に行くなら、男なら可愛い子を連れて行きたいものでしょ?」


 それは、いつか囁かれていた噂を再燃させるようなもので。

 “黒狼のクロードは幼女好き(ロリコン)か否か”についての論争が始まり、ギルド内は騒がしさを増す。本人がいないからと好き勝手言っている仲間たちを横目に、マルセルは笑いを噛み殺した。



 魔の森に最も近い街――エトルタ。

 この街に本拠を構える冒険者ギルド・ヴァナディースは今日も賑やかだった。





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