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IFバッドエンド①「手を伸ばした先に幸せの花はなく」

 活動報告に掲載していたエイプリルフール企画小話です。

 企画名は「嘘吐きな終わりたち」で、おおかみさんのIFバッドエンド。メリバっぽい記憶喪失ネタとかも好きなんですが、相方のリクエストで死にネタです。苦手な方は退避推奨。

 ソニアを拾ってからこんなに長く家を空けたのは初めてではないだろうか。


 そんなことを思いながらクロードは雲に覆われてどんよりとした空を見上げた。ここ数日、ふとした瞬間に空を見上げている気がする。いや、ソニアのことを考えているときと言うべきか。

 知人の冒険者によく空を見ている男がいたが、彼もそうだったのかもしれない。遠く離れた地にいても空は繋がっている。家族か恋人か――残してきたものを想って空を見上げていたのだろう。今のクロードのように。


 ――ちゃんとかえってきてね。


 出掛けに聞いた言葉がまだ耳の奥に残っている。ひどく言い辛そうに告げられたそれを思ってクロードはわずかに微笑んだ。

 気持ちを口にすることに罪悪感を覚える少女が、どれだけ約束を交わしても心のどこかでクロードが帰って来ない可能性を考えているソニアが、仕事で家を出るクロードに初めて言った言葉。嬉しく思わないわけがない。


「なーにニヤニヤしてんだよ、“おおかみさん”」


 鬱陶しく絡んでくる相棒に冷たく返す。


「ニヤニヤしてるのはお前だ」

「いやいや、クロードの方がニヤニヤしてたって。どうせソニアちゃんのことでも考えてたんだろ? 早く帰ってやらないとーって」

「そうだな。お前を始末してさっさと帰りたいところだ」


 いつものように軽口を叩き合っていると、唐突にマルセルが真剣な表情を作る。彼がこういう顔をしているときはたいていがクロードにとって嬉しくないニュースを持って来るときだ。付き合いの長い相棒の様子に、クロードはさっさと帰りたいという自分の希望が叶わないことを悟った。


「なあ、クロード」


 その後に続く言葉にだいたいの察しはついている。

 そして、それは外れない。


「増援を要請しに街に戻るのとここで魔物の大群を足止めするの、どっちがいい?」


 クロードの答えなんて訊かれる前から決まっていた。マルセルの方もわかっているはずで、なのに訊いてくるのはひとが好いのか悪いのか。


「貧弱な魔導師に魔物を押しつけるわけにもいかねえからな」

「貧弱って……これでも鍛えてるんですけどー」


 マルセルは口を尖らせて抗議の声を上げた。

 実際、彼は本職の剣士や戦士には敵わないにしても他の魔導師や魔術師の連中に比べれば体力も腕力もある。貧弱呼ばわりされるのは不本意だろう。まあ、クロードはわかっていて言っているのだが。


「それで、俺が足止めに回ったとしてお前が増援を連れてくるまでにもつ確率は?」

「………………」


 沈黙は時として何よりも雄弁な答えとなる。


「そこはさあ、クロード……“有能な相棒が増援を連れてくるまで絶対もたせてみせる!”とか言うところじゃない?」

「有能な相棒が増援を連れてくるまで絶対もたせてみせる」

「……素直だね。逆に怖くなってくるよ」


 話している間にも地響きのような足音が近づき、空が黒く染まっていく。翼のある魔物もいるらしい。クロードの得手ではないが、得手不得手を言っていられる状況ではなさそうだ。


 事前の情報より遥かに多い魔物の群れ。こんなことが今までにもなかったわけじゃない。けれど、今回は本当に危ないと本能が告げていた。

 黒い剣が妖しい光を放ち、それが間違いではないことを伝える。死神はすぐそこまで来ていて、それを退けられるかどうかはもはや運だ。そしてクロードは――あまり運が良くない。


「じゃあ、有能な相棒」

「何かな、ひねくれ者の相棒」

「もし、俺が……いや、もしものものときはソニアを頼む」

「嫌だねって言いたいけど、そういうシーンじゃないよなあ……わかったよ。後のことは心配するな。お前は今目の前のことだけに集中してくれ」


 頼りになる相棒の言葉を聞いて、わずかに心に引っ掛かっていた迷いが消えた。心が決まれば後は剣を振るうだけ。結局、クロードにはそれしかできないのだろう。


「恩に着る」


 マルセルが放った攻撃魔法とともに地を蹴り、魔物の群れへと向かう。

 一撃喰らわせて離脱、があの相棒のいつものパターンだ。直前に口にした感謝の言葉は彼に届いただろうか。


 ――ちゃんとかえってきてね。


 守りたいものを守れなかった過去がある。

 もし神とやらがいるなら、あの少女と交わした約束くらいは守らせてほしい。

 他の何を守れなくてもいいから、この身など朽ちてもかまわないから、彼女の心を守らせてほしい。


 ――絶対に帰ってくる。約束だ。


 果たされない約束はきっと少女の心を壊してしまうから。



   ☆★☆



 群れの中心にいたひときわ大きな個体に剣を振り下ろし、魔物の断末魔を聞く。

 子守唄にはなりそうにもない耳障りな音に満身創痍のクロードは思わず顔を顰めた。傷が悪化しそうだ。


 さっと周囲に目を走らせれば、先程倒れた一体を除いてあとは雑魚ばかり。いくつか取り逃したものもあるが、街に戻ったマルセルと他の冒険者たちで対処できる範囲だろう。

 足止めには十分過ぎるほどの戦果に、激戦の疲れも相まって少し肩の力が抜ける。肉体的にも精神的にもとっくに限界を超えていて、気力だけで立っているような状態だった。


 しかし、そんな状態の剣士にも戦場は優しくない。

 油断大敵とはよく言ったもので、クロードの隙を見て取ったのか、偶然が魔物の味方をしたのか、眼前の魔物の最期のあがきがクロードを襲った。すでに傷つき切った身体は簡単に宙を飛び、後方にあった大木に叩きつけられる。身体のあちこちが悲鳴を上げ、堪らずクロードの口から呻き声が漏れた。


 本当に最期のあがきだったらしく、クロードを吹っ飛ばした魔物は絶命している。そのことに安堵の息を吐き、クロードは木に叩きつけられた格好のまま身体の力を抜く。もう立ち上がることすら難しかった。


 ――ちゃんとかえってきてね。


「悪いな、ソニア。約束守れそうにない……」


 その謝罪を聞くのは魔物の死骸だけ。呟きのような小さな言葉は誰の耳にも拾われることなく虚しく地に落ちる。ただ、この場に誰かいたとしても、クロードがなんとか絞り出した声はかすれていてなんと言ったかもわからなかっただろうけれど。


 死ぬ瞬間に見えるものには諸説あって、神の使いが見えるというもの、死んだ家族や仲間が迎えに来るというもの、己の人生が遡って見えるというもの……本当に様々だ。

 神の使いが迎えに来ると言っていたのはセルジュだったか。死にかけたときに先に死んだはずの仲間が見えたと真面目くさった顔で言っていたのは酔っ払ったギルドマスターだった。他にも死線を越えた冒険者の多くは死を覚悟したとき何かを見たという者が多い。


 しかし、クロードの目には何も見えない。顔を見る前に死んだらしい父親も、あの日守れなかった母親も父と慕ったひとも村人たちも――今は遠くにあるクロードが守りたかった大切なものも。

 次第にぼやけていく視界にあるのは自分が屠った魔物たちだけだ。


「嘘ばっかりだな」


 死ぬ間際に大切なひとが見えるというやつにわずかばかりに期待していたらしい自分に笑ってしまう。

 最期に瞳に映すなら、そりゃあ血だらけの惨状より少女の笑顔の方がいいというものだ。たとえそれが幻でも、最期に一目見れたなら笑って死ねただろうに。幻だとわかっている少女に微笑みかけて、穏やかに、幸せに。


 ……ああ、そうか。


 幸せに死ぬことなど許されていなかった。家族も故郷も小さな約束すらも守れずに自分だけ幸せに死んでいくなど。


 でも、それでも。

 幸福は自分から一番遠いところにあると、そうわかっていても最期にソニアの笑顔が見たかったと思うあたりクロードは欲が深いのだろう。


「…………?」


 ふと、視界に赤いものがちらついた。むせ返るほど溢れた血の赤でも、魔物の色褪せた毛皮の赤でもなく、かすかにきれいに輝く赤い色。


「なん、で……」


 一輪だけ咲いたソニアの花がクロードの目の前で風に揺れている。

 この地に咲いているわけがないのに、どうして。


「なんでこんなところに……?」


 見知らぬ白い花に囲まれたよく知る赤い花。なんで、どうしてと思いつつも手を伸ばさずにはいられなかった。神なんて信じていないけれど、これがクロードへの手向けだというなら趣味がいい。


「……ソニア」


 呟いた言葉は、花の名前か少女の名か。

 目を閉じて初めて待ち望んでいた幻を見る。


「なんだ、そこにいたのか――ただいま」


 魂だけは帰ったのかもしれない。守りたかった大切なものが在る場所へと。



 ――――マルセルが増援とともに駆けつけたときには、彼の相棒は自らの血で染まった赤い花を手に息絶えていた。





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