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季節ネタ①「バレンタイン小話~クロードとソニアの場合~」

 活動報告に載せていたバレンタイン小話。

 これはパロではなく、本編のどこかにあったかもしれない日常のヒトコマってやつです。……まあ、世界観的にバレンタインはないんですが。

 現在、クロードは森から一番近い街に来ている。

 必要な物を買い揃え、相変わらず森から出ようとしないソニアに土産でも買って帰ろうかとちょうどいい店を物色していたとき、街の様子がいつもと異なっていることに気づいた。


 ……ん? やけに騒がしいな。


 街が賑わっている理由を考えつつ、訝しげに辺りの店を見回す。店の軒先は飾りつけられ、店に出入りする客たちは浮足立っている……ように見えた。


 祭り……って時期でもねえし、何かあったのか?


 祭りごとでもあれば、ソニアを連れて来てやりたい――家から連れ出す理由にもなる――と思っているため、クロードはこの街の行事を把握している。突発的に祭りを開くことなどまずないので、今日の街の賑わいは祭りのものではない。


「…………?」


 歩きながら街の様子を観察していると、嫌な匂いが鼻に付いた。クロードの嫌いな――甘ったるい匂いだ。匂いだけで胸焼けしそうな気がして、クロードは顔を顰める。


 ……面倒だし、もう帰るか。


 甘い匂いに負けて踵を返し帰ろうとしたクロードの耳に、ある青年たちの会話が聞こえてきた。


「……オレ、一個も貰えなかった」

「落ち込むなよ、俺だってそうだ」

「嘘吐け! お前、昨日持ってただろ!!」

「…………それ、母ちゃんからのだ」

「………………」

「俺、もういい。自分で買って食う」

「や、止めろよ、それしちゃお終いだって! 早まるなっ!!!」


 二人組の青年の片方が止めようとしたものの、もう一人は近くの店に入って行く。仕方なさそうに止めようとしていた青年も店内へと消えた。

 その様子を見ていたクロードは、顔には出さなかったが内心首を捻る。


 何の話だ? 今日の騒ぎと何か関係あるのか?


 よく見ると、店に出入りする客は圧倒的に女が多い。先程の青年たちのような客はかなり稀で、他の男はソワソワしていても店に入ろうとはしていなかった。また、年齢に多少のバラつきはあるものの、どちらかと言えば若い世代の方が盛り上がっているように見える。


 ……はぁ、聞いてみるか。


「ちょっと良いか?」


 一度は帰ろうとしたものの、どうしても気になったクロードは近くに立っていた自分と同年代くらいの男に話しかけた。






 その店に入った瞬間、クロードは帰りたい衝動に駆られた。

 店内は店員・客共に女ばかり。そんな中にいきなり飛び込んだクロードはかなり浮いているのか、周りの視線を一身に集めている。


「………………」


 ……うぜぇ。


 職業柄、視線や気配には敏感だ。少し離れたところでひそひそ話されていても、ある程度なら聞き取れる。

 正直言って舌打ちでもしたい気分だったが、これ以上目立ちたくないので自重した。


「……いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 表面上は周りの反応を無視してショーケースを覗き込んでいたクロードに店員が声をかけてくる。愛想良く微笑んでいるが、若干口元が引き攣っていた。

 店内に充満する甘い匂いと他の周りの反応にかなり苛立っていたため、クロードは声をかけてきた店員を軽く睨む。……クロードは、買い物中に話しかけられるのを嫌うタイプだ。


「……っ、な、何か御座いましたら、お気軽にどうぞ」


 睨まれた店員は怯えたように息を呑み、動揺も露わにそれだけ言ってカウンターへと引っ込んだ。クロード本人は軽く睨んだだけのつもりだったが、予想以上に怯えさせてしまったらしい。


 …………ちっ。


 さらに強くなった周りの視線に内心苛立ちながら、クロードはまたショーケースの中を眺める。

 色取り取りのチョコレートは、見ているだけで胸焼けしそうなくらいだった。



   ☆★☆



 留守番は寂しい、とソニアは思う。クロードは街へ出ただけなので、今回の留守番はそう長い時間ではないけれど、やっぱり誰もいない家に一人でいるのは寂しい。

 パタンと読んでいた絵本を閉じて、ソニアは壁にかかった時計を見上げた。もうすぐ正午。街へ出掛けたクロードがいつも帰って来る時間より少しだけ遅い。


「……おおかみさん、まだかな」


 もう一度同じ絵本を開いて、呟く。

 絵本に描かれている可愛らしいピンク色のカメを指で突きながら、ソニアはしばらくぼうっとしていた。……彼の帰りが遅いと、いつも不安になる。


 ……そにあも、いけばよかった。


 そう考えてから、すぐに首を振る。

 街は、森の外だ。クロードと一緒に行ったら、両親が迎えに来てくれなくなるかもしれない。

 ソニアは、もう一度絵本を閉じてごろりと寝台に倒れ込んだ。絵本を抱えて丸くなる。丸くなるのは、不安になったときのソニアの癖の一つ。


 ……はやくかえってきて。





「…………っ」


 玄関の方から聞こえてきたガタッという音に、ソニアは飛び起きた。お気に入りの絵本を寝台の上に放り出し、扉へと駆けて行く。

 ガチャリと取っ手を回して扉から現れたのは、ソニアが待ち望んでいたひとだった。


「おおかみさん!」


 “おかえりなさい!!”と言ってソニアが抱き付くと、“ただいま”と返してくれる。ぎゅっと抱き締めたクロードの身体からは、いつもと違う――何だか甘い匂いがした。クロードが“土産だ”と買って来てくれるものよりも、もっと甘い匂い。

 甘い物が好きなソニアは、くんくんとクロードの匂いを嗅いだ。


「こら、何してんだ」

「いいにおい」

「あ? ……ああ、匂いが付いちまったのか」


 ソニアの答えを聞いて苦笑気味に笑ったクロードは、彼女を自分の身体から離す。ソニアも素直にそれに従った。


「………………」


 クロードはソニアを見下ろしたまま、逡巡するように黙り込む。ジッと見つめてくるクロードに、ソニアは不思議そうな顔で小首を傾げた。

 しばらくしてから、クロードは意を決したように口を開く。


「ソニア、口開けろ」

「……?」


 突然の命令に少々面食らったものの、ソニアはこくりと頷いて大きく口を開けた。すると、クロードはソニアの口に素早く何かを放り込む。

 驚いたソニアが口を閉じると、甘い味が口一杯に広がった。口の中で溶けていくそれを存分に味わった後、思わず呟く。


「あまくて、おいしい」


 その呟きを聞いたクロードの顔に微笑みが浮かんだ。


「そうか。……なら、やる」


 “チョコレートっていう菓子だ”と一言付け加えて、クロードはソニアに小瓶を渡す。小瓶には、小さな花の形をしたお菓子が詰まっていた。

 嬉しくなって、ソニアはクロードに笑顔を向ける。


「ありがとうっ、おおかみさんっ!!」

「どういたしまして」


 弾んだ声で礼を言うと、クロードは笑ってソニアの頭を撫でた。親愛を感じさせるその仕草に、ソニアはもっと嬉しくなって笑う。

 チョコレートよりも、どんなに美味しいお菓子よりも、頭を撫でてくれるクロードの手が好きだなと思った。



   ☆★☆



「ソニア。それ、あんまり握ってると溶けるぞ」

「……!?」



 ――――数年後、甘い物嫌いのクロードにソニアがそれとは知らずチョコレートを渡したりするのだが……それはまた別の話。





 クロードにものすごく甘いチョコレートを食べさせたい。でも、これは将来的にソニアちゃんがやってくれる……はず。

 生クリームたっぷりのケーキ(手作り)を無言で食べるクロードとその様子をチラチラ窺うソニアちゃんっていうシチュも良いなぁ。嫌いなくせに「美味かった」とか言うんだよ、きっと。クロードの嘘吐き!




 ああ、ちみっこと大人っていう組み合わせの素晴らしさについて誰かと語りたい。……ていうか誰か書いてくれ。

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