日々のこぼれ話④「一方的な敵愾心と恋敵への挑戦」
以前、拍手に掲載していた小話です。加筆等はありません。
《 補足 》
ディオン十四歳、クロード二十四歳。たぶん、前話の翌日くらい。
ディオンには倒さなければならない相手がいる。
彼を憎んでいるのかといえば、そういうわけではない。たとえ何年かかったとしても倒さなければならない相手だというだけだ――たった一人の初恋の少女に想いを伝えるために。
「クロード・ルーガルー! 覚悟しろ、今日こそ僕はお前を倒す!!」
王立騎士団の副団長であり、クラルティ王国最強……いや、大陸最強の名をほしいままにする男に木剣を向けたディオンはもう何度目かもわからない台詞を高らかに言い放った。
自分が仕える国の王子から名指しされたクロードは嘆息し、やや面倒臭そうに呟く。
「……またか」
もしディオンの耳に入れば彼の感情を逆撫でしたであろう呟きは周囲のざわめきに掻き消された。
ここは鍛錬場。この場にいるのはディオンとクロードだけではない。鍛練中に乱入してきた王子様を、周りにいた他の騎士たちは呆れた顔や楽しそうな顔で迎えた。王族がいきなり現れたら驚きそうなものだが、よくあることなだけに皆の反応も慣れたものである。
「ディオン殿下も懲りないなー」
「あの副団長に挑むって言うんだから根性あるよ」
「俺は頼まれても嫌だけどな」
「頑張れー、殿下ーっ!!」
「怪我だけはしないでくださいねー!」
苦笑いを見せる者、からかい半分に声援を送る者など様々だが、クロードのひと睨みで全員訓練に戻るところはさすがと言うほかない。
騎士団のツートップは鬼畜の団長・鬼の副団長として団員から恐れられている。本当に怒らせたら怖いのは騎士団長の方だが、普段から厳しいのは副団長というのが騎士団での共通認識だ。ふざけすぎて訓練のメニューを増やされるのはご免だとこの場にいる騎士全員が思っていた。
「さっさと構えろ、クロード!」
闘志を燃やすディオンには外野の声など聞こえていない。
「ディオン殿下」
それは、静かに威圧するような声だった。
クロードに呼ばれただけでディオンの闘志は冷水を掛けられたように鎮火。気を抜けば絶対的強者への恐怖で震えそうになる身体を気力で抑えつけて、ディオンはキッとクロードを睨みつける。そんな彼を称賛してか、傍から見ていた幾人かの騎士が口笛を吹いた。
実のところ、クロードも彼の根性だけは買っている。根性だけは。
「何度も言っていますが、手加減するのも手間なので鍛錬なら俺以外の騎士に頼んでください」
剣を合わせる前に、ディオンは心ない言葉にダメージを受ける。それは、事実だからこそ痛い。正直、ディオンとクロードでは実力差がありすぎる。相手をしてもらっているというのが現実だ。
似たようなことを鬼の副団長に言われて悔し涙を流したことがある数人の騎士は、心のなかで哀れな王子様に手を合わせた。……不憫すぎる。
「ぼ、僕はお前を倒したいんだ。他の騎士と剣を交えても意味がない」
「殿下が、俺を? ……せめてあと百年くらい修行してから言ってください」
大人げない、と決して口には出さないがこの場にいる騎士たちは思った。
ディオンがクロードに挑む理由は、挑まれている本人はもちろん、だいたいの騎士が把握している。年頃の娘がいる騎士は“なんとなく気持ちはわかるなあ”と思いつつ、でもやっぱり大人げないと心のなかで呟いた。
「……っ」
ディオンはこれ以上何も言えないのか、口を真一文字に引き結んでクロードを睨みつけている。それにクロードは何の感情もない瞳で応えた。ほとんど興味もなさそうだ。
しばし、相対する二人の間に沈黙が降りる。
「――はあぁ」
沈黙を破ったのはクロードだった。深い溜め息を吐き、身を翻す。
その行動が何のためのものか、何度も何度も同じようなやり取りを繰り返しているディオンは知っていた。目を輝かせ、弾んだ声を上げる。
「相手をしてくれるのか!?」
「ずっと殿下の相手をしているわけにもいきませんから」
「そうか! お前ならそう言ってくれると思っていたぞ!」
喜色を示すディオンに対し、クロードは不機嫌顔だ。間違っても王族を相手にする顔ではないが、彼の眉間の皺が深いのはいつものことである。
近くにいた部下から木剣を奪い取ったクロードは心底嫌そうな表情のまま剣を構える。
「子どもを痛めつける趣味はないので、一本取ったら終わりですよ」
ディオンは子ども扱いにムッとしつつ、クロードに応えるように剣を握り直した。
剣術指南役の教え方がいいのだろう、ディオンの構えは教本のように綺麗な構えだ。対するクロードはほぼ我流。そういう意味で、二人の相性はあまり良くない。
「クロード、約束を守れ」
「………………」
「剣を交えるときは対等、だろう?」
剣を交えるときは王子として扱わない。それが、何度となく剣を合わせているディオンとクロードがはじめに交わした約束だ。
ディオンから言い出したそれに了承したのはクロードだが、上から目線で物を言われるのは嫌いだし、ディオンの言葉に従う形になるのは腹立たしい。それでも、約束を守らないという選択肢はなかった。
生意気な子どもも無駄に偉そうな王侯貴族もやっぱり嫌いだと思いつつ、クロードは口を開く。
「――わかってる。無駄口叩いてないでさっさと来い」
その言葉を合図に、ディオンは地を蹴った。
◇◇◇
「くそっ、また負けた……っ!!」
「挑んでくるのはいいが、前と変わってないな。俺に向かって来るにしてももう少し成長してから来い」
「…………っ」
「あと、勝ちたいならせめて自分の力量くらいわかるようになれ。歳のわりには悪くないが、俺と戦えるレベルじゃない」
「………………」
「それに剣筋が素直すぎる。教本通りにやってるだけじゃ実戦では使えないぞ――ブレット、ククー!」
「はいはーい。なんか用ですかー、副団長」
「お呼びですか」
「ディオン殿下に稽古をつけてやれ」
「!? っ、待て、クロード! 僕はそんなこと頼んで――」
「強くなりたいなら黙って聞け」
「…………わかった。だが、なんでこの二人なんだ?」
「こいつらはうちの騎士団でも一・二を争うほど汚い戦い方をするからだ」
「うわー、副団長ひでー」
「最後の最後で指導って……なんだかんだで子どもに甘いですよね、副団長って」
――――ディオンがソニアに告白できる日はまだまだ遠いようだ。
当然ですが、この時点ではクロードにソニアへの恋愛感情はありません。
ディオン……不憫な子・゜・(ノД`;)・゜・