日々のこぼれ話③「不憫な王子様の初デート」
以前、拍手に掲載していた小話です。加筆等はありません。
《 補足 》
中等部の頃のお話。ソニア十二歳、ディオン十四歳。
クラルティ王国の第五王子であるディオン・ヴァリエ・ロデ・クラルティは今日が人生最良の日だと確信していた。
――なぜなら。
「テオ、あれ見て! すごい……っ!!」
ディオンの隣には通りの大道芸人を見て目を輝かせる初恋の少女。
仮にも王子であるディオンの名前を街中で呼ぶわけにはいかないと“テオ”呼びだが、ディオンにとっては些細なことである。ディオンはソニアが望むなら改名してもいいとなかば本気で思っていた。……彼に、自分が初恋を拗らせているという自覚はない。
「そうだな。いったい、あれはどうやってるんだろうな?」
「わからないけど……あれが魔法じゃないなんて、やっぱりすごい!」
芸が披露される度に可愛らしく歓声を上げるソニアにディオンの頬が緩む。
今の彼の気分はここ数年の間でも最高だった。その機嫌の良さは街中で小躍りでもしそうなほどである。初恋の相手とデートとなれば、それも無理ないことかもしれない。
そう、ディオンとソニアはデート中だった。
――もう一度、言おう。
ディオンは ソ ニ ア と デ ー ト をしている。
自分に向けられる好意に鈍感でディオンのアプローチをことごとくスルーしているソニアにはこれが逢瀬だという認識はないだろうが、それでも二人きりで出掛けられるということ自体がディオンにとっては貴重だ。
なんだかんだでディオンの恋を応援してくれているジルベールはともかく、魔法学校の連中はなぜかやたらとディオンの邪魔をする。ソニアだけを遊びに誘ったはずなのに他の友人がついてくることなんてしょっちゅうで。何か恨みでもあるのかと思うが、そのわりには早く告白しろとせっつかれる。
ちなみに、ディオンはある男を倒すまではソニアに告白しないという誓いを立てているため、片想い歴六年目を迎えた今でもソニアに想いを伝えられていない。彼を倒せる見込みはなく、彼女に告白できる日はこないだろう。……いい加減諦めればいいのに、と友人たちから思われていることを幸か不幸かディオンは知らなかった。
「楽しいか、ソニア?」
今目の前で行われている大道芸はお忍びと称して王都で遊び回っているディオンにとっては珍しくもないものだったが、ソニアは初めて見たらしく目を輝かせている。それは答えを聞くまでもなく彼女が楽しんでいるとわかるもので、この場に誘ったディオンは内心ホッとしていた。恥を忍んで兄やジルベールに相談した甲斐もあるというものだ。
「うん! こういう魔法を使わない芸って初めて見たけど、魔法じゃないなんて信じられない! 連れて来てくれてありがとう、テオ」
そう言って、ディオンに輝かんばかりの笑顔を見せてくれるソニアを見て思う。
神様、ありがとう……っ!!
初恋相手の笑顔にノックアウトされたディオンはこの世界のありとあらゆるものに感謝を捧げた。
たとえこれが実際にはデートと呼べるものでなくとも、想い人に恋愛対象として見られていなくても、こんな貴重な機会は滅多にない。そんなディオンがこの程度のことに幸せを噛み締めてしまうのもやむをえないことだった。
しかし、その幸せも長くは続かない。
とある少女に言わせると幸せは続かないものらしいので、ディオンのささやかな幸福がここで終わってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。きっと、今日の彼の恋愛運は最悪だったのだろう。
念願の初デートを強制的に終了させる足音がディオンに迫る。
――――この後、巡回中のあの男に遭遇してしまった王子様はせっかくの初デートだというのに、恋敵に色んな意味で全部持って行かれる羽目になるのだった。
まさかの当て馬の初デートネタ(笑)