日々のこぼれ話②「小さなお手伝いの理由は」
以前、拍手に掲載していた小話です。加筆等はありません。
《 補足 》
第二章の間にあったかもしれない話。
冒険者で剣士。こう聞くと荒事以外には向かないように思えるが、冒険者で剣士のクロードは実は家事が得意だ。
だから――というよりはソニアがまだ幼いせいだが、家のことは料理も洗濯も掃除もすべてクロードが一人で行っている。しかし、それをクロード本人は負担に思っていない。子どもを抱え込んだと言ってもソニアは大人しい気質で手がかからないからだ。こまごまとした家事だけなら一人で暮らしていた頃と大差ないだろう。
「おおかみさん!」
だからといって、ソニアがまったくなにもしていないと言うわけではない。むしろ、彼女は率先してお手伝いをしていた。
「つくえのうえ、ちゃんとかたづけたよ」
「おようふくたたんだの」
「おさらならべてもいい?」
何をしたらいいか、できることはないかクロードに確認しながら、ソニアは自分にできる範囲でのお手伝いをしていく。
絵に描いたようないい子の姿だ。それは実際にソニアががいい子だからというのもあるだろう。だが、一番の理由は忙しいクロードを手伝いたいとか、世話になるだけでなく自分も何かできることをしたいとかそういった感情ではない。
「ん。――ありがとう、ソニア」
ソニアがお手伝いにこだわる理由。
それはぶっきらぼうな“ありがとう”と自分の頭を撫でてくれる手が欲しいだけ。
◇◇◇
幼い子どもと二人で暮らすなか当然と言えば当然のことだが、家事の一切を取り仕切っているのはクロードだ。そんな彼の毎日の仕事である家事において、ソニアの手伝いが役に立つかと言われれば何とも言い難い。
「おおかみさん!」
それでも、ソニアの呼ぶ声に応えて。
「つくえのうえ、ちゃんとかたづけたよ」
「おようふくたたんだの」
「おさらならべてもいい?」
ソニアの小さなお手伝いに礼を言って彼女の頭を撫でるのは、その気持ちが嬉しいから――ではない。
子どもを持つ普通の親ならそう思うのかもしれないが、少なくともクロードは自分の作業工程を乱されることが好きではなく、あまり手伝われることを好まないため、手伝いを必要だと思っていなかった。……もちろん、そんなことをソニアには言わないが。
それでも、クロードはソニアに“ありがとう”と告げる。
少々ぶっきらぼうにではあるが、彼女のお手伝いに礼を述べる。
クロードは捻くれていてソニアのように素直な性格はしていない。ソニアに“ありがとう”を連発するクロードをマルセルが見たら目を剥くことだろう。
クロードがソニアに礼を言う理由、頭を撫でる理由。
それは――。
「…………」
手伝いを終えたソニアはじっとクロードを見つめてくる。
「…………」
「…………ん、わかった」
クロードはそう答えるが、それだけでは終わらないことは知っていた。
一緒に暮らし出してもう結構な月日が過ぎた。ソニアが何を思っているかも、今何を望んでいるかもわかっているつもりだ。
「……………………」
ソニアはじぃーっとクロードを見つめる。
何か足りないと言うように、見つめる。
何かを期待するように、見つめる。
「……ありがとう、ソニア」
根負けしたようにクロードがそう告げて頭を撫でると、ソニアはぱあっと花が咲くように笑った。これを待っていたと言わんばかりだ。
……いたたまれないってのは、こういうのを言うんだろうな。
クロードは心のなかでぼやく。
家事の手伝いに“ありがとう”なんていう性格はしていないし、何より自分に似合わない。その自覚があるから、ぶっきらぼうな言い方になってしまうのかもしれない。
まあ、でも……俺の気持ちはともかく、こいつにとってはいいことか。
手伝いをしたがることも、素直に笑うことも――何かを欲しがることも。
ソニアがクロードの礼や頭を撫でられることを喜んでいるのだと思うと何やら面映ゆいが、それで笑ってくれるなら悪くない。ソニアが少しでも幸せを感じてくれるなら、クロードはそれで良かった。
だから、クロードは少し視線を彷徨わせながらポケットから取り出した物をソニアの手のひらにおいてやる。何より、彼女に喜んでほしかったから。
「やるよ」
「……きゃんでぃー?」
「手伝ってくれて、ありがとな」
そう言って、クロードは笑う。
こんな小さな少女に変えられてしまった自分が何だかおかしかった。
《 おまけ・狼と相棒とアメとムチ 》
依頼達成の報告を終え、マルセルは自分を待つ相棒のもとへと戻った。
二人で組むようになってからもう数年。どちらが報告に行くという決まりこそないものの、依頼の受注や報告といった雑事はほとんど交互に行っていた。
だから、マルセルにとっては今日の依頼達成報告は当然のことで何も特別なことなどない。それはクロードにとっても同じ……はずだった。
「お待たせ、クロード。報告終わったよー」
「ん」
マルセルが片手を上げてヒラヒラさせながら告げると、クロードが何かを差し出してくる。
何かクロードに渡されるような物あったっけ……?
そう思いながら受け取ったマルセルの手のひらには可愛らしい包み紙――小さい子どもが好みそうなキャンディーがあった。
思わぬ貰い物にマルセルの口から素っ頓狂な声が漏れる。
「へっ!? ……キャンディー?」
「……っ」
その声にクロードは失敗したというような、まさに“うっかりした”という顔をした。なかなかお目にかかれないレアな表情だ。
クロードにとっては残念なことに、そんな相棒の変化を見逃すマルセルではない。手渡された謎のキャンディーとその表情で、なぜクロードがマルセルにそれを渡したかも、いつもはそれを誰に渡しているかもわかってしまった。
クロードが可愛がっている少女・ソニアにいつも渡しているキャンディーを間違えて自分に渡してしまったのだろうとわかってしまったから――マルセルはにんまりと笑みを浮かべる。
「うわー、ありがとー、クロード。ご褒美にキャンディーなんて何歳ぶりかなあ?」
「っっっ」
マルセルに気づかれたことに、クロードも気づいた。
「甘いもの嫌いなお前がキャンディー持ち歩いてるとは、相棒の俺もさすがに思わなかったよ。ソニアちゃんには何かお手伝いしてもらったときにあげてるの?」
からかう気持ちはもちろんあった。
けれど、それ以上に年下の相棒の変化を好ましく思う気持ちが強かったから、いつも引き際を間違えないマルセルにしては珍しくやり過ぎたことに気づくのが遅れた。
「………………」
「いやー、変われば変わるもんだよねえ。ギルドの皆に言ったらびっくりだよ、あの黒狼がって――」
「マルセル」
「これが本当のアメとムチってやつ? いつもクロードはムチばっかだもんね!」
「黙れ」
「えっ……ちょ、クロードさん? あのー、そのナイフ、俺の顔に当たってるんですけど」
「安心しろ。お前曰く“男の勲章”が多少増えるだけだ」
「あ、そっかー。だったら……って、マジでやばいから! 切れてる、切れてる!!」
「…………」
「このムチは効きすぎるからやばいって! ……っは、もしかして相棒からの愛のムチってやつ?」
「死ぬのと殺されるのと消えるの、どれがいい?」
「いーやー、どれもいっしょー!!!!!」
――――今日も冒険者ギルド・ヴァナディースは賑やかだ。