日々のこぼれ話①「オウムの王子様?」
以前、拍手に掲載していた小話です。加筆等はありません。
《 補足 》
第三章終幕の前でソニアは七歳くらい。まだ二人が森にいる頃です。
ノックとともに家に入ってきたのはソニアの知らない男性だった。
がっしりとした体格はクロードよりも大きい。威風堂々とした立ち姿もあって、小さな少女の目にはまるで森の大木のように大きく映った。燃えるような赤い髪は全体的に短く切り揃えられているが、それに付け足したような一束だけ長い後ろの髪は青色と黄色の斑だ。壮年の男性にしては髪の色も髪型も派手だが、目の前の彼には似合っていた。……何かに似ているからかもしれない。
そう、鳥の尾羽。
青と黄色の混じった赤い鳥。
そこまで考えてやっとソニアは突然の訪問者の正体に気づく。
「……ヴィヴィアンさん?」
自信のなさそうな声に反して、ソニアのなかには確信があった。
使い魔という存在についてよくはわかっていなかったし、動物が人間の姿をとることを当たり前だと思う感性もなかったが、それでもソニアは彼の正体が赤いオウムだと疑っていなかった。それだけ、ソニアにとって目の前の男性は赤いオウム――ヴィヴィアンのままだったから。
「ようわかったな、嬢ちゃん! 正解や!」
ヴィヴィアンは少し驚いたように目を見張った後、嬉しそうに破顔した。
「なんで……どうして、鳥さんじゃないの?」
「んん? なんや、クロードの坊から聞いとったわけやないんか」
ちらりと視線をもらったクロードは肩をすくめてみせる。
ヴィヴィアンが人型をとることは稀だ。それはギルド内では有名な話で、ギルドメンバーのなかには所属してから十年経っても見たことがないという者がいるほど。
ソニアが人型のヴィヴィアンに会う可能性は低く、わざわざ告げる必要のあることでもないため、クロードはソニアにそういった説明はしていなかった。ソニアと関わりの深いシュテファンなら話は別だが、あの使い魔はまだ人化できない。……まあ、クロードの中に使い魔だの人化だのの説明が面倒臭いという気持ちがなかったと言えば嘘になるが。
「ヴィヴィアンさん……王子様だったの?」
ソニアのその言葉に、クロードは彼女が先程まで読んでいた絵本のタイトルを思い出した。そうして、堪え切れなかったように噴き出す。
ヴィヴィアンの人型は歴戦の戦士を思わせる姿で、彼の出身のせいか人型の見た目も褐色の肌に赤髪と南国風だ。使い魔の人化した姿だから実際の年齢通りの容姿ではないが、それでもだいぶ歳がいっていることは事実だし、“王子様”という言葉からはあまりにかけ離れている。ここがギルドだったら、おそらく今頃爆笑の嵐に見舞われていることだろう。
「んんん? わてが王子みたいにカッコええちゅーことか? 嬢ちゃんはわかってるなー」
「ううん、違う」
あっさりと否定したソニアにヴィヴィアンはわかりやすく落ち込んで見せる。
自身の人型については“もっとイケメンが良かった”といつもぼやいているくらいだ。格好いいと言われる容姿ではないという自覚はあるため、そう落ち込むことでもない。ヴィヴィアンにも可愛い女の子に格好いいとキャーキャー言われたいという願望はあったが、人化できるようになってもうずいぶん経つ。そんなことは諦めていた。ただし、ちょっとだけ期待する気持ちがなかったとは言わない。
「だって、お姫様のキスで人間に戻ったんでしょう?」
思いもしなかったソニアの台詞に、こっそり黄昏ていたヴィヴィアンが固まる。
そして、数瞬後にその体格に見合う大きな笑い声を家中に響かせてクロードに“うるさい”と叩かれた。
◇◇◇
「そこで、美人でボンキュッボンなねえちゃん……やなかった、お姫様が鳥になってもたわてに口づけを――」
「ぼんきゅ、ぼん?」
「あ~、嬢ちゃんは知らんかったか。それはな――」
「ソニアに変なこと教えてんじゃねえ、この色ボケ鳥!」
――――こうして、カエルの王子様ならぬオウムの王子様は善良な青年に尻を蹴飛ばされて帰っていきました。めでたし、めでたし。
ヴィヴィアン「全然めでたくあらへんっ!!」