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完結記念小話⑥「今は遠いひとへ」

《 補足 》

 ソニアは十四歳で、中等部三年生。季節は秋くらいです。

 クロードは他国の戦争の手伝いに行っているので、手紙でのやり取りになります。


 早いもので、この国の騎士たちが戦時下にある同盟国の救援に向かってからもう一年が経った。

 戦争自体はもう終わったらしい。

 もともとよくある小国の小競り合いで、他の国が介入してきたり、魔物の大量発生が重なったりと色々あっていつもより長引いていたようだが、クラルティ王国や帝国が軍をやったことで当事者たちにしてみれば終わらないように思えた戦もあっという間に終息した――というのは、クロードから聞いた話でソニア自身が見聞きしたわけではないが。


「あっ、ソニア! 何して……って、またその手紙?」


 寮の談話室でクロードからの手紙を読んでいたところを目敏い友人に見つかる。

 部屋に戻ってから読めば良かったといつも後悔するのに、談話室で読んでしまうのは一刻も早く読みたいと思ってしまうからだろう。


「そんなに警戒しなくても取ったりしないわよ」


 慌てて手紙を胸に抱くソニアをからかうように、少し苦笑しつつ友人が言った。

 だが、その呆れ顔に油断してはいけないとソニアは知っている。


「……前、そんなこと言っておいて勝手に読んだくせに」

「だって気になったんだもの」


 悪びれもなく言う彼女に脱力してしまう。


「読んじゃ駄目だからね?」


 そう念を押すと、友人は降参したとでもいうように両手を挙げた。その様子に、本当に手紙に興味をなくしているのだとわかって安心する。……自分の大切なものを貶されたような、ちょっとだけ面白くない気分には蓋をした。


「はいはい、もう読みません。……あんまり面白くなかったしね」

「もうっ!」

「だって、戦地からの男の手紙よ? どんな愛の言葉が綴られてるのかと思いきや……現状報告かっての」


 クロードからの手紙は簡素の一言で、あまり手紙らしくないものであるのは確かだ。それもクロードらしいと喜んでしまうソニアの方がおかしいらしい。

 向こうで起こったことはよく書かれているが、クロード自身の思ったことや考えたことが書かれていることは少ない。それを少しだけ残念には思うが、忙しいだろうクロードが頻繁に手紙をくれているというだけでソニアは満足だった。


 それに。たまに、ごくたまに書かれている“海まで行ってきた。昔、絵本を見てお前が海に行きたいと言ったことを思い出す”という言葉や“もうそっちは冬だろう。風邪引くなよ”という言葉だったり、“赤い(ソニア)に似た花を見かけたから贈る”と手紙に添えられた押し花だったり――そんなちょっとしたものが、ソニアにとってはこれ以上なく嬉しいのだ。

 離れていても、気にかけてもらえているとわかるから。今は遠くにいても、心は遠くにあるわけじゃないとわかるから。


 クロードさんは、わたしの扱いが上手い。


 最近になってそう思うようになった。

 子どもの扱いが上手いわけじゃないのに、ソニアの扱いは上手い。そう思うとなぜだか頬が緩む。


「なーに、笑ってるのよ」

「いひゃい!」


 独りでニヤニヤしていると友人に頬を引っ張られた。


「原因は……それね? ちょっと見せてみなさい!」

「あ、駄目! もうっ、さっきもう読まないって言ったじゃない!」

「いーから、渡しなさい!」


 友人の手を掻い潜り、手紙を死守する。

 隙を見て法術で結界を張ってしまえば友人に為す術はなく、そこまでしなくてもとむくれる友人を置いてソニアは自室に戻った。……今度からは自分の部屋で読もう。


 誰にも邪魔されずにゆっくりクロードの手紙に目を通すのは至福の時間で。

 でも、今日はそれ以上だった。


「……やっぱり、おおかみさんはわたしの扱いが上手い」


 つい、昔の呼び方が戻ってしまうくらい。


 ――事後処理はあらかた片付いた。もうすぐ帰れるだろう。

 ――やっと帰れると思うと現金なもので、早くソニアに会いたいとそう思う。


「わたしも会いたいよ、おおかみさん」


 ――今だから言うが……昔、お前に“おおかみさん、おかえりなさい”って言われるの、結構好きだった。


 いつ帰ってくるのだろうか。

 明日? 明後日? ……それはないか。

 冬には戻って来れるのだろうか。今年のソニアとクロードの誕生日には間に合うだろうか。

 それとも春まで待たないといけないだろうか。


「帰ってくるんだ…………えへへ」


 クロードが帰ってくるという実感が一気に押し寄せてくる。

 やっとクロードが帰ってくることも、会いたいと手紙に書いてくれたことも嬉しくてソニアの頬は緩みっぱなしだ。

 クロードは面と向かってなら言ってくれないようなことを手紙には書いてくれる。それが、ちょっと捻くれたところのある彼の本音を聞けたようで嬉しい。なんだか得をした気になる。

 手紙だけのやり取りは寂しいけれど、そればかりじゃない。――でも、やっぱり会いたいから。


 帰ってきたら、いつかのように“おかえり”と言おう。

 手紙を大事に大事に胸に抱いて、寝台に転がった。目を閉じれば、昔の自分とクロードの姿が瞼の裏に浮かぶ。


「おかえりなさい、おおかみさん」


 その少し気の早い呟きは、誰の耳に届くこともなく夕闇に溶けて散っていった。





 手紙って萌える! ……と、そう思うのは私だけでしょうか。

 届いてるかどうかで一喜一憂したり、何を書こうかで悩んだり、もらった手紙を全部大切に保管していたり、そういうのに萌えます。手紙ネタはわりとよく見かけますが、なんか手紙って可愛いですよね。男が紙切れ一枚にもだもだしているのも面白いですが、やっぱりヒロインの一喜一憂が一番可愛いとここで全力で主張しておきます。


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