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完結記念小話⑤「別れの予感に」

《 補足 》

 ソニアは十三歳。中等部二年の始めくらいのお話になります。

 ※クロードに死亡フラグが立っているように見えますが、クロードが死ぬ予定はありません。

 いつかこんな日がくることはわかっていた。

 だが、クロードが想像していたほど悪い条件じゃない。この国は平穏そのもので、たかが小国同士の小競り合いに顔を出せば済む話。クラルティ王国の騎士団副団長が出向くことが重要なのであって、クロードの大切なものが巻き込まれる心配はないとわかっているから。


「――で、いつからだ?」


 フェリクスの言葉にしばし瞑目していたクロードがおもむろに口を開いた。


「あれ、行ってくれるんだ?」


 現在の騎士団長執務室にはクロードとフェリクスの二人しかいない。だからか、フェリクスの口調は常よりも気軽なもので、それに応えるクロードの言葉にもいつものような丁寧さはなかった。

 いくら気心が知れているとしても、他者の前では騎士団長相手に敬語を崩さない。それがクラルティ王国王立騎士団副団長であるクロード・ラージュ・ルーガルーだ。ときに彼は、元冒険者とは思えないほど規律に厳しい。


「騎士団長の命令を副団長が蹴るわけにはいかないだろうが」

「まあ、クロードならそう言うだろうと思ったけど……置いていくのは心配じゃないの?」


 誰を、なんて訊かなくてもわかる。

 心配に決まっていて、置いていくなんて、残して行くなんて考えたくもない相手。しかし、戦地に向かうのにそれを考えないわけにはいかない。たとえそれが命を懸けるような大きなものでなくとも、覚悟なしでは行けない場所だ。


 クロードのなかで、わざわざそれを問うたフェリクスに苛立ちが募る。騎士団長としてのフェリクスの言葉は決定事項でどうあっても覆せないものだから、それなのに無神経にもそれ(・・)を話に出した彼に八つ当たりめいた感情を抱いた。

 自分と少女のことを心配しているのだとわかっていながら苛立つのは、たとえ誰であっても口を出されたくないことだからかもしれない。


「この国が戦禍に巻き込まれることはないし、あの学校にいるかぎりあいつの安全は確保されてる」


 フェリクスは国に残るから、託していけば身の安全は誰より守られるだろう。本人に悟られることなく完璧に、クロードが戻るまでフェリクスに命じられたクロード以外の誰かがその身を守るだろう。それに苛立つ自分は“守りたがり”なのだろうとわかっていた。


 大切な相手に対する厄介な独占欲。

 自分だけが守りたいなんてどうかしているとしか思えないが、何年経っても自分の手で守りたいという感情は消えてくれなくて。相手が寄る辺をもたない子どもだからだろうと、成長すればマシになるかとも考えたが、むしろ年々強まるばかりだ。


 恋情にも似たこの想いは愛であっても恋ではない。

 この感情の理由が自身の過去にあるとわかる程度にはクロードは自分を知っていた。守れなかった過去があるから、今ある大切なものに執着しているだけだと――そう言い切れたら楽だったのに。

 我が子のようにも妹のようにも思っていない子どもを家族のように想っている。深く愛して慈しんでいる。それをただの執着だと切って捨ててしまうことは、いくら捻くれた男でもできなかった。


「僕が言ってるのはそういう意味じゃないってわかってるくせに」


 心配だと、そう言えば満足なのだろうかこの王子は。

 たとえその身が安全であるとわかっていても傍にいられないなんて耐えられないと、そう吐露すれば満足するのか。自身の手で守りたいのだと、身体だけでなく心も守りたいのだと……誰よりも近くでその成長を見ていたいのだと、そう告げれば。


「俺が行くことが大陸の平和に繋がるなら、何を置いても行くべきだとわかってるだけだ」

「大陸の平和って、いつからそんな平和主義者になったのさ」


 クロードが発した陳腐な言葉に思わずフェリクスが笑う。

 だが、クロードにとっては笑い話ではなかった。この大陸には、この国には、クロードが何より大切にしているものがあるから。たとえ、陳腐でも荒唐無稽でもそれでも平和を願わずにはいられない。

 それに、この大陸を守るのは魔剣を持つ者の義務だ。義務でしかなくて、守りたいなんて一度も思ったことはないけれど、ただ一人生き残ってしまった以上それからは逃れられない。


「正直、大陸の平和だろうがこの国の平和だろうが、そんなことはどうでもいい。だが、あいつの平穏が……幸せが壊されるというならそれは看過できない。この国のためじゃない、大陸なんてでかいもののためでもない。俺は俺の大切なものの幸福と未来のために剣を振るう――もうずっと前から、そう決めてる」


 クロードの騎士としての誓いは国に捧げている。

 けれど、クロード個人の誓いを捧げた相手はたった一人。


「一年で、帰れると思うか?」

「無理だね……と、言いたいところだけど。君ならできるかもね?」


 しばらく傍を離れることを告げたら、少女は泣くだろうか。それとも、もう成長したからと笑顔で送り出してくれるだろうか。

 彼女が傷つかないことをどんなに祈っても、結局は傷つけてしまうのだろう。戦に行く相手を心配しない子ではないし、寂しがらせるだろう程度に慕われている自覚はある。


「早く帰ってきなよ」

「戦地に行くんだぞ。生きて、の間違いじゃないのか」

「昔の……それこそ、冒険者だった頃のクロードにだったらそう言ったかもしれないけど。今の君には必要ないだろ?」


 いつ死んでもいいと考えていた頃があったのは否定しない。けれど、今は自分が死んだら泣く子どもがいる。

 もう子どもとは言えないかもしれない年齢で、子どもと大人の境にいる少女。


「そうだな。俺は死なないから」


 残して逝く気は露ほどもない。

 彼女に捧げた幸せにするという誓いは、クロードにとって何より重いものだから。



   ◇◇◇



 クロードの口からそれを聞いたとき、思考が止まった。


「…………あ」


 ソニアの口からは言葉にもならない声が漏れるだけ。

 自分が何を言いたいのかもわからなくて、ただただ混乱していた。


「ソニア? 大丈夫か?」


 クロードの声はいつになく気遣わしげだ。

 そこで初めて、“ソニアが嫌なら行くのは止めよう”なんてクロードが言ってくれることを期待している自分に気づく。

 そんなこと、できるはずもないのに。


 クロードに置いていかれることが嫌で、依頼(クエスト)に行かないでと泣いていたあの頃とソニアは何も変わっていない。

 そんな成長しない自分が嫌で嫌で、たまらなく嫌で。

 でも、それよりも。クロードが戦争に行くと聞いて、クロードの身を案じるより自分の感情が先に立った自分に吐き気がした。なんて薄情で、なんて自分勝手なんだろうと。


「出征って言ってもこの国が戦争するわけじゃない。心配するな」

「なんで……なんで、この国とは関係ないのにクロードさんが行くの?」


 まるでクロードを責めるような言葉だとわかっていても、一度口に出してしまえば止まらなかった。


「なんでっ、クロードさんが行かなきゃいけないの……っ?」


 他の誰だっていいじゃないか。

 他の国のひとなんてどうだっていい。いや、この国のひとだってどうでもいい。

 誰がどうなったっていいから、クロードを連れて行かないでほしい。


 醜い、あまりに醜い本音。

 クロードは強いから他の誰よりも向いているのだとわかっている。きっと、クロードが行けば助かるひとが増えるとわかっている。国同士のやり取りがあって、クロードが行くことが最善なのだとどこかの頭のいいひとが判断したのだとわかっている。


 わかってるけど、でも……っ、わたしはっ!


 見知らぬ誰かの命より、クロードの方が大事で。

 誰かを救うだろう英雄を、この場に留めることを望んでいる――誰のためでもなく、クロードのためですらなく、自分(ソニア)のために。


「ソニア」


 声とともに頬を伝う涙を指で掬われて、ソニアは自分が泣いていることに気づいた。

 涙で揺れる視界には、辛そうな困ったような顔のクロードが映っている。……ああ、こんな顔をさせたくないのに。このひとが自分に笑ってほしいと言うのと同じくらい、ソニアもクロードが笑ってくれることを望んでいるのに。

 クロードに辛そうな顔をさせているのは自分なのだ。


「っ、ごめんなさい、ご……めんなさいっ、ごめ、なさい」


 止めようとしても涙は溢れるばかりで。

 時折わずかに漏れる嗚咽は謝罪の言葉を掻き消していく。


「謝るな。謝らなくていいから……俺こそ、ごめんな」


 どれだけ引き止めても、きっと彼は行ってしまうのだろう。

 それがわかるから、また涙がこぼれた。


 行かないで。傍にいて。


 そう、心のなかでしか言えない。

 抱き締めながら頭を撫でてくれるクロードの優しさに甘えて、ソニアはしばらくそうしていた。


 誰より大切なひと――きっとソニアの世界のすべてで、世界中の誰よりも何よりも大事なひとの腕の中で、確かな別れの予感を感じながら。





 自分で書いてて「これクロード死ぬだろー」と思った話。

 いや、死にませんけどね?


 ただ、どうでもいい設定として“クロードの遺産相続人はソニア”っていう設定があったり。クロードはソニアを引き取った時点で自分が死んだ場合にソニアを誰に託すかも全部決めています。

 たぶん、どこにも出さない設定だとは思いますが、もしバッドエンドを書く機会があったらちょっと使ってみたいと思っている設定です。

 どうせマルセルに託すんだろって? まあ、そうだけど。


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