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完結記念小話④「名前で呼ぶ理由は」

《 補足 》

 ソニアは十二歳。中等部の一年生です。

 中等部からは、ソニアの一つ先輩ですがロザリーも入学しています。中等部から学科が分かれるため、ソニアは法術科、ロザリーは一般教養科。

 今回の小話の内容としては、中等部に上がり寮生活が始まって最初の長期休暇初日のお話になります。


 ※世界観について。

 前の補足にも書きましたが、王立魔法学校では中等部から校舎が変わる(ファンタジーらしく異空間に学校がある)ため、中等部入学後から貴族・平民問わず生徒たちは寮生活を送ることになります。原則として長期休暇以外では学外に出られないため、校舎だけでなく売店や喫茶店などもあり、学校を中心とした小さな町のような感じになっています。過ごしやすくはありますが、生徒の安全のために外部との接触を極力少なくしていて、学生だけでなく講師などの学校関係者の出入りも厳しく制限されているので、年頃の生徒たちにとっては閉塞感が強いという面も。

 本編でもディオンあたりがチラッと言っていましたが、学科は中等部から選べるようになります。法力持ちの生徒は法術科一択ですが、魔力が多ければ魔術科の講義を取ることはできます。王立魔法学校(正式名称はクラルティ王国コルネイユ王立総合魔法学問所。通称アカデミー)は魔術師・法術師の育成を主とする学校ですが、一般教養科や剣術科、薬学科、医術科などもあり、およそこの世で学問と呼ばれるものはすべて学べると言われるほど多様な学科があるのが特徴です。

 なにせクラルティ王国は叡智と探求の国なので、国一番の学校は大陸でも一番と言われています……という設定ですが、第二部では変更するところもあるかもしれません。


 待ちに待った長期休暇。

 学校が、寮生活が楽しくないわけではない。学ぶのも遊ぶのも大好きだ。けれど、ソニアが一番好きで大切なものは王立魔法学校(あそこ)にはないから――指折り数えてこの日を待ち望むほどに、帰るのが楽しみだった。


 懐かしい。

 たった数か月離れていただけだったのに、邸の門の前に立ったときに感じたのはそれで。

 久しぶりの王都を見て回りたいからと、どうせ会いたいひとは夜まで帰って来ないだろうからと馬車で送ってくれるというロザリーの申し出を断ったことを少しだけ後悔する。もっと早く帰ってきて、ロラやナタリーたちとのおしゃべりを楽しんでいた方が良かったかもしれない。


 でも、“おかえり”って言ってほしかったし。


 クロードはもう帰っているだろうか。

 騎士団の副団長という重職にある身だ。もう外は薄暗いけれど、もしかしたらまだ帰ってないかもしれない。

 だからといって、あまり遅くに帰ったのでは使用人たちを心配させるだろう。モルガンとナタリーのお説教も怖い。

 ソニアの脳裏に、怖い顔で延々と説教をするナタリーの姿が浮かんだ。思い出は美化されるものというが、こればかりは美化されようもない。


「……よしっ」


 ソニアは自分を勇気づけるためにぐっと拳を握り、邸の方へと一歩踏み出す。


「何が“よし”なんだ?」


 その勢いを挫くように、後ろから声がかかった。

 聞き覚えのある……ありすぎる声が。懐かしい声が。慕わしい声が。ここ数か月間、ソニアが一番聞きたかった声が、聞こえた。

 久しぶりだから使用人たちにも会いたかったけれど、ソニアが一番に会いたいひとは他にいて。相手が忙しいことはわかっているのに、我儘すぎると自分でも苦笑してしまうくらい。

 それでも、どれだけ我儘でも――帰ったら一番最初に声が聞きたかったから。一番最初に会いたかったから。一番最初に“ただいま”と告げたかったから、ソニアらしくもなくこんな時間まで外をぶらついていた。


「おおかみさん!」


 振り向いた先にいるひとは、ソニアの我儘なんて知りようもないのにどうしてか叶えてしまう。


「おう。――おかえり、ソニア」

「っ、ただいま!」


 クロードに頭を撫でてもらうのも久しぶりだ。子どもっぽいと思いつつ、頬が緩むのをおさえられない。


 話したいことがたくさんある。

 先輩なのに仲良くしてくれるロザリーのこと。初等部からの友達と新しくできた友達のこと。初等部より難しくなった勉強のこと。不安だった寮生活のこと。


 聞きたいことがたくさんある。

 ソニアがいない間のことを。邸のことも、仕事のことも。クロードがどう思っていたのか、ソニアが寂しさを堪えていたように、クロードも少しは寂しく思ってくれていたのか。


「学校はどうだった? 寮には慣れたか? ……って、こんなとこでする話でもないな。飯でも食いながら話すか」


 差し出された手をとった。


「今日は夜更かししても怒らねえから、お前の話を聞かせてくれ」


 柔らかく笑うクロードに、胸が小さくとくりと高鳴った。

 繋いだ手が熱くて、なんだか恥ずかしくて、走り出して逃げたいような――でも、離れがたいような、そんな気分。

 心臓が早鐘を打つ。早く気づけと言わんばかりに。けれど、このときのソニアにはまだ何もわからない。それは淡く曖昧な感情で、育てるには彼女は幼すぎ、まだ蕾をつけてすらいなかったから。


 クロードとともに邸に帰って、使用人たちの出迎えを受けたら忘れてしまうくらいのものだった。だから、ソニア自身が不思議に思う間もなく消えてしまう。


 儚いくらいに淡い想い――けれど、その感情は確かにソニアの胸に芽吹いていた。



   ◇◇◇



 夕食が終わっても話が尽きることはなかった。

 “明日もありますよ”と苦笑しながら就寝を促してきたナタリーもソニアの気持ちを汲んでか、早く寝ろとは言わない。いつもならお説教なのにと思うが、その心遣いに甘えることにする。


 おおかみさん、今日もお仕事だったんだよね。……眠くないのかな。


 仕事で疲れているだろうクロードを長話に付き合わせている自覚のあるソニアは、ちらりとクロードの顔色をうかがった。……眠そうでは、ない。


「ん? どうした?」


 ソニアの視線に気づいたクロードの問いかけには首を振って、ソニアは考える。


 むしろ、ちょっと楽しそう……? 機嫌いいのかも。


 夕食のときからソニアが話してばかりだ。それを申し訳なく思っていたので、クロードが少しでも楽しんでくれているならいいのだが。


 さっきまでは使用人も交えてソニアの学校生活について話していたのだが、邸の主の前であくびをするという失態を犯したロラを連れてナタリーは出ていってしまった。それにつられるように、モルガンもティモテもエクトル――邸の警備兼力仕事担当の使用人だ――も退出してしまったので、今はソニアとクロードの二人だけである。


「あのね、おおかみさん……っ、あ」


 そろそろ休むか直接聞こうといつものように(・・・・・・・)呼びかけて、ふとあることを思い出した。思わず、小さく声が漏れる。


「ソニア?」


 訝しげなクロードに何でもないと答えつつ、ソニアは自分の失敗について考えていた。


 今日から“クロードさん”って呼ぼうと思ってたんだった……。


 ソニアのクロードへの“おおかみさん”呼び。それは幼少期からのものだ。

 それを子どもっぽいと指摘されたのはほんの数日前のことで、指摘してきたのはロザリーだった。“久しぶりにおおかみさんに会える!”と言ったところを聞き咎められたのだ。ソニアにも自分の呼び方が子どもっぽいという自覚はあったから、他人の前では呼ばないようにしていたのだが、つい気が抜けてしまった。


 ――あなたももう中等部よ? そろそろ直しなさいよ。あっちだってずっとそんな呼ばれ方じゃさすがに恥ずかしいんじゃない?


 ロザリーの言葉は納得できるもので、ソニアは密かに決意していたのだ。この長期休暇中に呼び方を改めて“クロードさん”呼びに慣れようと。


「えっと……」

「? 本当にどうした、ソニア」

「あのね、あの……ね、眠くない? お……仕事で疲れてるし、もう眠いかもって思って」

「いや、俺は眠くはないが……ソニアは大丈夫か? 明日は仕事だから今日みたいに夜しか付き合ってやれないが、明後日は休みだからな。今日のところはもう休んでもいいんじゃないか?」


 クロードがソニアを気遣っているのがわかるが、ソニアの頭はいつクロードを名前で呼ぶかでいっぱいだった。……呼び方というのは、一度タイミングを逃すとなかなか変えにくいものだ。


「わたしもまだ眠くないから……」


 その言葉を最後に話が途絶えた。不思議そうなクロードとぐるぐる考え込んでいるソニアの間にしばらくの沈黙が降りる。


 な、何か言わなくちゃ……!


 ソニアは一度俯いてから、意を決したように顔を上げた。

 その決意に満ちた表情を見たクロードは少しだけ驚いて目を瞠る。一体どうした、と。


「クロードさん」


 言ってやったという満足感と今更すぎる気恥かしさ。しかし、ソニアは一度呼べたことで安堵していた。なんだかひと仕事やり遂げた感じだ。もう今日のところは寝台に入ってしまってもいいかもしれない。


「…………え」


 そんなソニアとは真逆に、突然のソニアからの名前呼びに混乱の渦に落とされたクロードは彼にしては珍しく動揺を露わにしていた。先程までは普通に“おおかみさん”と呼んでいたし、これまでソニアがクロードを名前で呼んだことがなかったため、驚くのも当然と言えば当然のことだ。

 クロードがソニアから初めて名前で呼ばれて、自分が何かしたかと考えたり、嫌われたのかと悩んだり、実は普段の呼び名より距離を感じていたなんて、ソニアには知り得ぬことである。


 そのすぐ後にソニアから名前呼びになるにいたった事情を聞いて一応は落ち着くのだが――その後のクロード邸では、ぎこちなくもクロードを名前で呼ぶソニアと微妙に不機嫌なクロードが見られたという。





 やっと恋愛(微)って感じが出てきた……気がします。


 ちなみに、作者は歳の差好きですが、小さい子に手を出すヒーローはアウトだと思っています。ヒーローとしてっていうより人として。ついでに小さい子にガチ惚れするのも好みから外れます。まあ、なんていうか、オンリーワンロリコンみたいなのも嫌いじゃないんですが。←なんだそれ

 将来的に恋愛するのが前提の保護者・被保護者が大好物です。恋愛にならなくてもオイシイけれども。


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