練習試合 vs 咲夜高校 ③
2回表、咲夜高校の攻撃ー
「(さて…この回は4番から…。)」
キャッチャーである澤田はこの4番の
実力を昨年の夏の大会で十分に知っていた。
「(咲夜高校4番、3年生、田崎 和史。こいつには
去年の夏大の準決勝でホームランを打たれている…。
実力ある当時の3年生でも苦戦したバッターだ。
ここは最悪、歩かせても構わないな。)」
ボール球でストライクを稼げれたなら
ラッキー。まずは様子見…。
澤田は迷わず、ストライクゾーンから
ミットを外した。
だが、鈴木田は首を振る。
ここは勝負したいという事だろう。
この反応を、澤田は少し予想していた。
何となく気持ちが分かる気がするからだ。
高校生として初の登板。
しかも1回は三者凡退に打ち取った。
逃げたくない、気持ち良く、初の登板を終えたい。
鈴木田はそう思っているのではないだろうか。
気持ちは分かる。分かるのだが、
それでも自分はキャッチャーとして、
キャプテンとして、チームの勝利を
優先したリードをしていく。
澤田がミットの位置を変えることは
無かった。渋々、鈴木田が投球モーションに
入った。良かった。どうやら分かってくれ……
「!?」
鈴木田の放った球は、間違いなくストライクゾーン、
それもど真ん中を目指してきていた。
咄嗟に捕球の為にミットを動かすが、
『キィン!』
響く快音。どうやらその必要は無かったようだ。
打球は高く、そして遠くへ飛んでいき…。
「……よぉっしゃあ!!!ホームランだぁ!!!」
「田崎!!ナイスバッティング!!」
咲夜ベンチが沸いた。
文句無しの、ホームランだ。
これでスコアは、1ー1 。
鈴木田は唖然としている。打ち取れると思った。
1回の投球が上手くいったから、
通用すると思った。
だが、それは思い上がりだった。
1回裏で作った良い雰囲気、流れは、潰された。
蓮成高校が所有するこのグラウンドは、
甲子園などに比べれば少し小さいが、
それでもホームランを打つのは容易では無い。
田崎 和史。今年の夏の大会でも要注意だ。
ここで内野陣がマウンドに集まる。
「やられちゃったねぇ、鈴木田。」
竹林が苦笑いで話しかける。
「…すみません。」
「いや、気にするな。お前の勝負したかった
気持ちはよく分かる。」
ショート、窪田が鈴木田を励ます。
「それに、お前はまだ1年だ。
ボコボコに打たれても構わねぇんだよ。
それをカバーするのが俺ら先輩なんだからな。」
サード、滝が付け加えた。
「とにかく今のを引きずるなよ。
気持ちを切り替えて、ここから
3人で仕留めてやろう。」
ファースト、佐久間も鈴木田を鼓舞する。
「……ちょっと怒ってやろうかと思ったが……。」
澤田が鈴木田のグローブにボールを押し付けて続けた。
「試合に勝った後にしておいてやるよ。
…とっとと3アウト取るぞ!!」
「…はい!すみませんでしたっ!」
鈴木田は涙を浮かべながら返事をした。
その後、5番をセンターフライ。
6番、7番からは連続三振を取り、
鈴木田は初の登板を終えた。
気分は最悪だった。
何とかあの1点だけで終えられたものの、
先輩のリードを無視して、その上ホームランを
打たれて。せっかく1回裏で取った1点を
無駄にしてしまった。俯きながら、ベンチに戻る。
「鈴木田、お疲れ!」
「よくやったじゃねぇか!」
「初登板にしては良い投球だったぞ。」
外野陣、ベンチ陣に励まされ、
また涙が出そうになる。
監督に手招きされる。チームメイト達は
優しく励ましてくれたが、
監督はそうはいかないだろう。
怒鳴られるのを覚悟で、監督の方へ近づいて行く。
「……鈴木田。」
声が低い。これは怒られる。
「……はい。」
「……結果的にホームランを打たれては
しまったが、ピッチャーがキャッチャーの
言いなりにばかりなっているのは良くない。
勝負したいと思った。だから勝負を挑んだ。
その気持ちは失ってはならないぞ。
今回は結果として負けてしまったが……。」
「……はい、申し訳ないです。」
「……次は勝てよ。」
「…っ!……はい!」
結局、誰一人として自分を責めなかった。
堪えていた涙が溢れ出た。そうだ、次は、勝つ。
絶対に次こそは。固く、決意した。
「さて、次の回から登板する
松中を楽にしてやる為にも…。」
澤田の言葉に竹林が乗っかる。
「俺達が点を取らないとな!」
2回裏、蓮成高校の攻撃ーー。