chapter1, 召喚騎士
chapter1,召喚騎士
「さー!よったよったぁっ!今日は素材が全品5割引きだよー!今日買っておいて損はねぇ商品を取り扱い中だぁー!」
「回復薬はいらないか〜!薬剤ギルド・ナルフェスタが調合した特効薬も取り扱ってるぞー!一つ50ギルだぁー!どうだ?運営ショップよりも安いだろ〜?」
ゲーム、クレイグランドの世界の中心都市、『幻想都市・ミルトレイン』
街の中心には広場があり、巨大なドラゴンの銅像の周りを噴水のように水が流れ落ちている。
その広場へと続く道の途中に一般冒険者やギルドが運営する市場がずらりと並ぶ。
剣士風の冒険者たちが回復薬を購入していたり、ネズミの獣人で魔術師風のプレイヤーが杖を手に取り店主と相談している風景など、商品の売り買いなどがそこかしこで見られた。
その、ざわざわと様々な姿形をするプレイヤーの人並みをかき分け歩く一人の女性がいた。
そんな女性に気づいた一人のスキンヘッドで筋肉隆々の男性がニヤリと笑いながら声をかけた。
「おー!アマナー!元気してっか〜?」
「人をケモナーみたいに呼ぶなっ!シンっ!私の名前はシンだって言ってるでしょーがハゲテール!」
「ハゲテールじゃねぇっ!俺の名はバゲッテェルっつってんだろが!それにこれはハゲじゃねくてスキンヘッドという高尚なヘアスタイルでだな…」
スキンヘッドで筋肉隆々の男性、名をバゲッテェルというらしい。
シンと名乗った女性はバゲッテェルに噛み付くように言葉を発したが、その言葉を受けたバゲッテェルは懇々とスキンヘッドについて高説する。
そして、その高説を嫌そうな顔で睨みつけ耳を手でふさいでいたシンは、バゲッテェルの後ろでオロオロと二人の様子を見ている人族・僧侶風の女性プレイヤーに気がついた。
その装備や不安そうな様子から、初心者プレイヤーだと感じたシンは、溜息を吐きながらバゲッテェルに進言した。
「ちょっと…、そこの筋肉ダルマさんや…あんたの後ろの娘、困ってるわよ。」
「であるからして、ハゲとは違…ん?っと、おぉ、すまんレイネール!っというか、シン、てめぇいま筋肉ダルマっつたか?」
「ははは~気のせい気のせい!」
「そーか?聞き間違えか?っかし~な?ヘッドセット修理に出したほうがいいのか?」
「あっぶなー…ダルマがバカでよかった…」
シンの忠告にバゲッテェルが耳を貸し、いったんスキンヘッド高説が止まるかと感じた瞬間、ついでに少し含んだ毒言にも耳を貸したせいで話が再び振り出しに戻りそうになったのをシンが作り笑いでごまかしたので、何とか高説が止まった。
そして、レイネールと呼ばれた女性も、二人の様子が落ち着いたのを見て落ち着いたのか、バゲッテルの後ろからそろっと前に出てきて、自己紹介を始めた。
「あ、あの、私、昨日からこのクレイグランドを始めました。プレイヤーネームはレイネールと申します。あの、よろしくお願いします!」
「初めまして。私はシンです。バゲッテェルとは、以前パーティに参加させてもらっていた仲です。ところでバゲッテェルと一緒なのはどうして?リアルの知り合いとか?」
「いえ!あの、私は昨日冒険者ギルドで初心者クエストを終えて困ってた時にバゲッテェルさんのパーティに誘われました!」
「俺らは初心者のための教師パーティって別名がついてっからよー。リーダーがいつも通り初心者見るとほっとけねーってな!」
「あー、なるほどね。あそこのリーダーはリアル教師だしねー。」
「そういうこと。リーダーの決定は絶対だからよー。あの鬼先生に逆らえる奴っていえば、お前とグレトぐらいだろーな。」
「いやいや、もっといるでしょ?あとグレトは完全にツッパリ系だけど、私はそんなんじゃないからね!?あのパーティでの私の印象大いに歪んでない?!」
バゲッテェルの捕捉にシンが納得する。そしてそのあとに続いた言葉にシンが異議を申し立てるが、バゲッテェルはガハハと大笑いしている。二人の話している内容がわからないレイネールは頭の上に疑問符を乗せながら首をかしげていた。
バゲッテェルが所属する冒険者パーティ“グレートティーチャー”はそのパーティリーダーが現実の世界でも教師をしており、このゲーム内においても初心者を見るとパーティに誘い、いろいろと指導してくれることから、初心者のための教師パーティと呼ばれていた。
パーティリーダーは鬼先生と呼ばれているが、実際はキャラメイク時に種族を鬼族に設定しているだけの心は優しい赤鬼である。リーダーだけあってレベルは上級。古参プレーヤーの一人である。
そしてバゲッテェルやそのほか中級メンバーがそれぞれ新人を指導し、徐々に強くなってきたパーティであった。
バゲッテェルの周りでシンがガミガミと説教をしていた時、どうしても気になったのかレイネールが質問を繰り出した。
「あ、あの、バゲッテェルさん。先ほどシンさんをアマナーって呼んでましたよね?それはあだ名か何かなのですか?あと、グレトさんって誰ですか?」
「あー、あれな。実はこいつ、鎧マニアなんだよ!だから獣マニアをケモナーって呼ぶように、鎧マニアのこいつをアマナーって呼ぼうぜって俺が広めてんだ!」
「おいこらっ!いい笑顔で何言ってんのハゲ!誤解だって言ってんでしょうが!ってか最近いろんなパーティでアマナーって呼ばれてたのはやっぱりハゲのせいかーっ!」
「おまっ!ハゲって二回も言いやがったな!!親父にも…」
「言わせねーよ!?」
バゲッテェルが有名なセリフをまねて発言しそうになるのをシンが発言をかぶせて消す。
二人がまた言い合いになる前にレイネールが追加で質問を続けた。
「えっと、誤解とはどういうことでしょうかシンさん?」
「ハゲ、覚えてろよ…っと、えっと、レイネールさんは初心者なんですね?プロフィールの確認の仕方とかってわかりますか?」
「えっと、たしかステータスを確認するときやアイテムを使用する時の様に頭の中でイメージすればいいんでしたっけ?」
「そうです。それで私のプロフィールで職業を確認してください。」
「あ、はい!……えっと、PCネーム・シン、職業・召喚騎士?」
「その通り!私の職業は召喚士の上級職、召喚騎士です。召喚士の上級職は他に召喚戦士、召喚魔術師等があります。下級職の召喚士では低級魔術がほんの少しと召喚魔術が使用できます。下級職の召喚士は主に一般モンスターをバトルによって屈服させ契約の呪文によりパートナーとして使役させます。通常時には召喚士にのみ使用できる異次元にそのモンスターを待機させ、必要時に呪文を唱えることで召喚させます。また、モンスターに限らず、武器、武具、アイテム、素材、ゲーム内のお金などを召喚士は異次元に保管および呼び出しすることができます。召喚士以外の職業の方はアイテムボックスや財布がいっぱいになると、それ以上アイテムや武器武具、お金の所持はできなくなりますし、ギルド保管庫に預けに行ったり取りに行ったりしなきゃならなかったりする手間がありますが、召喚士はそのようなこととは無縁なのですよ。」
レイネールがシンのプロフィールを確認し、シンが召喚騎士ということが判明した後、シンによる召喚士講座が始まった。
そして、シンの言葉を聞いたレイネールは召喚士の利便性に感心した。
「へー!!召喚士っていい職業なんですね!!転職しようかな?…あれ?でもバゲッテェルさん、昨日初心者は召喚士だけはやめておけって言ってませんでしたか?だから私、僧侶を選んだんですけど…」
「んー、まあ、シンが言うことは確かなんだが、続きがあんだよな、シンよ?」
バゲッテェルの助言を受けて職業を選んだレイネールがふと疑問に思ったことをバゲッテェルのに伝えると、バゲッテェルは頭をかきながらシンへと説明を促す。
「その通り。先ほどの説明には続きがあります。たしかに先ほどの説明だけだと召喚士っていい職業だな~って思いますよね…」
「はい。まあ…」
「しかしながら、初心者に召喚士の職業を勧める人はあまりいいプレイヤーとは言えません。その点、レイネールさんはラッキーでしたよ。バゲッテェルって助言者がいたんですから。」
「どうして、初心者は召喚士には向いていないのですか?」
「実は召喚士はこのゲーム内で最弱の職業なんです。」
「え、ええっ!?ど、どういうことですか?」
「召喚士の初期ステータスはゲーム内最弱。その上、覚えられる魔術も低級魔術のみで、本来初心者が一人でも達成できるような冒険者ギルドの最低ランククエストですら、低級モンスターにやられて一発ゲームオーバーなんてざらです。僧侶の職業も最初は弱いですが、最低ランククエストでしたら楽に達成できますけど、召喚士はお話になりません。」
「そ、そうなんですか…」
「さらに言えば、召喚士特有の召喚術は高位パーティのギルドクエストではのどから手が出るほど欲しいスキルです。なぜなら、召喚士が歩くアイテムボックスとなってくれるのですからね。おかげで初心者で召喚士を選択した人が高位ギルドに入ったものならさあ大変。高位ギルドクエストでさんざんアイテムを保管した後、クエストにおけるモンスターにやられてゲームオーバー。経験値がたまらずレベルも上がらず、おまけに保管したアイテムやゲーム内のお金“ギル”を出せと言われる日々。つらくて召喚士やめる人が続出ですよ。」
「初心者召喚士の方…かわいそう。」
シンは説明している間、幻影魔術を発動し、目の前にミニチュアの初心者召喚士やガラの悪そうな高位パーティの幻影を見せ、視覚からも説明する。
そして、ミニチュア初心者召喚士が泣きながらアイテムを差し出す様子を見て、レイネールが涙ぐむ。
「これだけではありません。先ほども言った通り、召喚士の本業は召喚術を駆使し、モンスターを召喚してバトルを行うのですが、初心者召喚士のステータスではモンスターをバトルで屈服、さらに契約の呪文でパートナーにすることが非常に困難です。仮にモンスターを屈服させることができたとしても、契約の呪文が効かなければモンスターは逃走します。ただでさえ一撃食らえば即退場なのに、やっと屈服させたモンスターが契約できなかったなんてなった日には、もうやってらんないってなりますよ。そして、武器や武具なども召喚魔術で召喚できるといいましたが、召喚士に装備できるものでないのなら、それらはただのアイテムとして召喚されるので、攻撃に使用することもできません。本当にただの歩くアイテムボックスといえるでしょうね~。」
「そんな…」
幻影のミニチュア召喚士が武器や武具を召喚し、それらがボトボトと地面に落ちた様子が映し出された後、説明の終了とともに幻影ミニチュア召喚士が消えた。
レイネールはその様子をみてガックリと肩をおとした。そして、バゲッテェルにぼそりと質問する。
「それじゃ、召喚士なんて職業やる人、いないんじゃないですか?」
「いやいや、そんなことねぇぜ?現に目の前に召喚士の上級職してるやつがいるだろうが?」
「あっ!そういえば、たしかに!!シンさんの職業は召喚士の上級職・召喚騎士でしたもんね!?…あれ、じゃあシンさんにもさっきの初心者召喚士だったころがあったってことですよね?」
「まあ、歩くアイテムボックスだった時代はありましたねー。でも、私はこう見えて結構ゲームは得意なんですよ。なので、バトル用のモンスターを何とか一匹パートナーに使役して、それからは何とかレベルをコツコツあげることで強くなった感じかな?幸いに、さっきみたいな初心者のころに高位パーティに所属することもほとんどなかったですしね~。ただ、やっぱり最初は弱かったのでレベル上げも半端なく大変でしたけど。」
「へ~!そうなんですか…。ってあれ?プロフィールのレベル…level,999って…み、見間違えですよね?バゲッテェルさん?」
「いんや、間違ってないぞ?こいつは今このクレイグランドのゲームで最強のプレイヤーって言われてるぐらい強いプレイヤーだ。俺らにとっちゃ雲の上の存在ってやつよ!ガハハハハ!!」
「その雲の上の存在をもっと敬え!おっさん!」
「おっさん言うな!」
「あわわわわ…!!」
「旦那ーー!!嬢ちゃーん!!あとおまけにアマナー!!」
「おまけっ?!あとアマナーって言うんじゃないわよ!芝生ー!!」
「おまっ!!俺の頭は芝生じゃねー!短髪の緑ヘッドがかっこ悪く見えんだろこらー!!」
シンのレベルやバゲッテェルの発言に驚いたレイネールが困惑する後ろから、突如大きな声が響いた。
その声のもとをたどると、緑の髪を短髪にセットし、槍を持った青年エルフが戦士風の防具に身を包みながら駆けてきていた。
「グレートティーチャーのメンバーはヘアスタイルにこだわり過ぎじゃない?」
「あ、その、私も昨日入ったばかりであまり詳しくはわからないといいますか…」
「芝生、お手!」
「あ、はい!!って、お前!!俺を犬扱いすんじゃねぇ!あと芝生って言うな!…旦那!なんでこんな暴力アマナーと歓談してんっすか!!」
「暴力女みたいに言うな!お座り!」
「おう!って…はっ!?くそ!勝手に座っちまうとは不覚っ!」
「(ラットさん…大型犬みたい。)」
レイネールが大型犬みたいと思ったエルフの青年は、名をラットというらしい。
ラットはシンに犬のように扱われながら、本来の目的をバゲッテェルに伝える。
「旦那、鬼先生が今日のクエストは獣系パーティの獣のガルフレアと合同で行くって言ってたぜ?もう他のメンバーは先に待ち合わせの広場に向かってるってさ!」
「っげ!?獣のガルフレアって、今日の私の助っ人先のパーティじゃない!」
「んお?そうなのか?アマナー?んじゃ、広場まで一緒に行こーぜー!」
「アマナー言うな!!」
「まーまー、こまけぇことは気にすんなって!いくぞー!」
「ちょっ!?コート引っ張るなっ!引きずるなぁぁぁぁ!!」
ラットは槍を持ってないほうの腕でシンのコートをつかむと、そのままずるずると引きずりながら広場へと続く道を歩いて行った。
レイネールがその様子をぽかんと見ていると、バゲッテェルが言葉を発する。
「さって、リーダーが呼んでるみてぇだし、行くとすっか、レイネール?シンも今日のクエストで一緒になるみてぇだし、ちょっと話がそれて説明できなくなったが、さっきの質問のアマナーって呼び名の理由もそこでわかるだろうよ。あとグレトってぇのは、昔俺たちのパーティに所属してたメンバーの一人で、リーゼントに学ラン装備のツッパリ野郎でな。職業はモンクで肉弾戦上等のヤンキープレイヤーだ。リーダーがこれぞ青春とか言って、よく喧嘩してたなぁ…。グレトが完敗してたけど。シンが俺たちのパーティにいたころにはよく突っかかっていてな、シンにもぼろぼろにされてたけど…。今は、討伐クエスト専門に請け負うパーティ、“夜露死苦”のパーティリーダーやってるんだと…。あいつ、元気にしてんのかなぁ…」
「へー。そんな先輩がいたんですね…。シンさんがアマナーって呼ばれてる理由、早く知りたくなっちゃった!」
バゲッテェルがレイネールの質問にほんの少し答えている頃、前方の道に進んだ芝生ヘッドから大きな叫び声が響いたのだった。