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音楽室にて

生徒会のメンバーは,麻里を除いて六人いる.

だが特にイベントのないこの時期,生徒会室にいるのは孝成,雄一,大輔,太陽の四人だけだ.

彼らはとても仲がよく,孝成と雄一は幼なじみらしい.

残りの二人,――絵本の中の王子様のような金髪碧眼へきがんの留学生と,変人レベルの化学オタクだが学校一の秀才は顔を見せない.

生徒会のメンバーは,何かと派手な有名人が多い.

そしてそんな生徒会において,麻里に与えられる仕事は簡単なものばかりだった.

PCにデータを打ちこんだり,本棚の整理をしたり,イベントで使う衣装や旗を繕ったり.

だから一ヵ月も経てば,すっかり慣れた.

誰もがあこがれる,学校の人気者たちに囲まれることにも.

孝成たちは,麻里が家でマドレーヌを焼いて持っていけば喜んで食べてくれた.

また数学が苦手だと告白すれば,みんなでわいわいと楽しく教えてくれた.

麻里の学校生活は今までになく充実して,月曜日の朝がちっとも憂鬱ゆううつではない.

そして麻里は,自分が生徒会室に出入りしていることを,周囲の女友だちに隠した.

嫉妬しっとされて嫌がらせを受けることが怖かったからだ.

もしくは,生徒会室に連れて行ってほしいだの,孝成たちを紹介してほしいだの,頼まれても困る.

ナンパな大輔はともかく,まじめな孝成たちに迷惑がかかってしまう.

生徒会のメンバーになり,雄一とは多少話すようになった.

だが,相変わらずクラスの中では,ほとんどしゃべらない.

麻里は,彼が何を考えているのか分からなかった.

もの静かな瞳の奥は意外に深くて,単純ではない.

観察されているような気にもなる.

けれど孝成は,麻里が雄一と付き合うことを望んでいる.

生徒会室で二人きりになると,彼は必ず雄一の話をする.

「あいつ,いい奴だろ?」とか「あいつは昔から,ものすごく頭がいい.」とか.

しまいには,

「僕は便宜上,会長をやっているけれど,生徒会の本当のリーダーは雄一さ.」

と持ち上げたりした.

麻里は切なくなる.

麻里は,孝成のことが好きだった.

この高校に入学して,彼の存在を知ったときから.

そして生徒会のメンバーになって,もっと好きになった.

完璧かんぺきに見えて抜けているところがあったり,自分は面白みのない人間だと悩んでいたり.

そんな彼を慰めたいのに,彼の口から出るのは雄一の話ばかりだ.

つらかった.

孝成のそばにいるのは,つらい.

けれど離れられない.

彼が好きだから.

麻里は我慢して,我慢して,とうとう一人で自分の想いを抱えられなくなった.

「俺に相談したいことって何?」

放課後の音楽室で,麻里は机を挟んで,大輔と向き合った.

彼はアコースティックギターの弦を一本ずつ鳴らして,チューニングをしている.

頭を下げると,茶色の髪からにおいがした.

「また吸ったの?」

麻里は,少しだけとがめる調子でたずねる.

「孝成と太陽には内緒にしてな.」

大輔は,ごまかすように笑った.

「どうしても口寂しくなるんだよねぇ.」

つぶやいてから,音さを机でコンと鳴らして,耳のそばまで持っていく.

麻里はそれ以上は何も言わずに,両手で腕をさすった.

今日も冷える.

音楽室は広いから,なおさらだ.

麻里は大輔に,孝成への想いをぽつぽつと話した.

彼に雄一との交際を勧められて,悲しいことも.

「なるほどねぇ.」

大輔はギターを机の上に置いて,立ち上がった.

ゆっくりと歩いて,麻里の背後に回る.

麻里はなんとなく振り返られなかった.

彼は怒っているように感じられたからだ.

「麻里ちゃん,俺の気持ちに気づいている?」

低い声に,びくりと震える.

「孝成と俺,どちらを選ぶ?」

答えられなかった.

孝成は,麻里がどれだけ口説いても落とせないだろう.

彼は,麻里のことなんか見ていない.

それに麻里は,生徒会長である孝成とつりあうほどの女性ではない.

ならば不毛な想いは捨てて,大輔の気持ちに応えるべきではないだろうか.

彼はきっと,麻里を大切にしてくれる.

けれど大輔の手を取れば,孝成と恋人になることはない.

孝成をあきらめきれない.

でも…….

「考えさせて.」

麻里は答えた.

「分かった.」

大輔は短く返事した.

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