アリサと赤いドラゴン
アリサは魔法使いの町フレイの魔界学校に通っていた。
魔法使いの町フレイに初めて来た時、アリサは何もかもがトンチンカンなこの町に酷く驚いたのだった。
素朴な人間の町ヘイムダルの更に奥地である、ヘイムダルの森のほとりに住んでいたアリサにとって、魔法使いの町は驚くほど都会であった。
空から地面に伸びる高層ビルの真ん中を魔法のトレインが走り、箒が走りかう高速道路は風の影響がないように魔法のガラスカプセルで覆われていてその中をいくつもの箒が流れ星のように走っている。
交通安全のために、箒には反射版をつけなくてはいけないのだ。
アリサはフレイとヘイムダルの境にあるヘイムダルの森の木の幹から、フレイの魔界学校に通っていた。
どうしても、ローレルと住み慣れたヘイムダルの森から離れ、空中に浮く都市フレイに住む気にはなれなかったのだ。
そんなアリサを、デモンはいつもバカにした。
「出来損ないの魔女」と。
デモンはその日、Bクラスの使い魔ヘアリージャック種のレディを使いこなし、その日の課題であるドワーフの髭を手に入れた。
レディーは黒く美しい姿態で大きなドラゴンの羽を持つ最も美しい使い魔と呼ばれる種族の純血種だ。
もちろん、アリサも課題のためにティンクと健闘したが、
ドワーフの小槌に叩かれ動けなくなったティンクをレディーが助ける形でデモンは課題を達成した。
ティンクに小槌で立ち向かったドワーフもレディーの牙にはひとたまりもなかったのだ。
先生はデモンのことをクラスで一番優秀だとほめたたえていた。アリサは授業が終わっても黙って下を向くよりほかなかった。
「ごめんね、アリサ。」
薬湯をちびちびと舐めながらティンクはアリサに謝る。
自分がもっと強い使い魔だったら、アリサがバカにされることはなかったのに。
「うんん、たとえティンクがドワーフを捕まえても私はきっとドワーフの髭を切ることはできなかったわ。」
アリサは校庭の裏にある魔法の畑のそばにウサギが掘るような小さな穴を掘る。
しっかりと土が軟らかくなるまで、掘っていく。
アリサの大きな目には、また涙の湖ができているが、
今度はそれがこぼれることはなかった。
「私も薬湯を作るのに、ドワーフの髭も、トカゲのしっぽも、ピクシーの羽も使っているわ。」
動かなくなったドワーフをフレイの雑貨屋さんで買ったお気に入りのハンカチで優しく包むと、穴にそっと横たえる。
「でもね、自分でドワーフの髭を切ることはできないわ。
私はとっても弱虫の、出来損ないの魔女なのよ。」
小さな穴に土を戻しながらアリサはそういった。
ティンクはアリサの薬湯でほとんど痛みがなくなった傷を早く治るようにペロペロと舐めた。
「本当に出来損ないの魔女だな。」
誰もいないと思っていたのに、後ろから突然デモンに話しかけられて、アリサはびっくりした。
「髭を切られたドワーフの為に、いちいち墓を作るなんて。だから、人間って奴は土地を有効活用できないのさ。」
魔法の世界では墓なんて、存在しない。
そもそも、魔法使いは死なないのだ。
永遠の命を手に入れてこそ一人前の魔法使いになれる。
卒業までに永遠の魔法の命を作り上げるために魔界学校はあるのだ。
「おまえみたいな雑種の使い魔しか操れないような出来損ないが、畑に変なもの埋めるなよ。」
アリサが優しく盛った土を踏みしめながらデモンは笑う。
アリサは悔しくて下唇をぎゅっと噛みしめた。
レディーはデモンの方を見るでもなく念入りに毛つくろいをしている。
ティンクは情けないやら悔しいやらで自分のしっぽが大きく膨らんでいくのを感じた。
すっかり暗くなったヘイムダルの森を突き進みながら、
アリサは怒っていた。
「酷いわ。本当にデモンなんて最低。絶対に見返してやるんだから。」
ティンクはコウモリのような小さな羽をパタパタさせながら、アリサのそばを飛ぶ。
「どうやって?実際アリサには僕みたいな雑種の使い魔しかいないじゃないか。」
アリサは立ち止まると、ティンクに向きなおる。
ティンクの鼻もとに指をビシッと突き出すと、
「ティンクは立派な使い魔よ!」と高らかに宣言する。
だから、ティンクはアリサが好きなのだと思う。
「そうだわ!Aランクの使い魔を召還して従わせればいいんだわ。そうしたら、ティンクはAランクの使い魔より上のランクになるじゃない!!」
アリサが突拍子もない思いつきをしなければもっと好きになるのに、とティンクは思った。