アリサと赤いドラゴン
アリサは痺れきった足をさすりながら口を尖らす。
ティンクはそんなアリサを慰めるように右手に頭を押しつけた。
「あんなに怒ることないのに。」
それでもアリサは唇を尖らす。
「でも、神父様がいなかったら大けがだったよ?
包帯なんて巻いて学校に行ったら、絶対にデモンにバカにされるよ?」
月明かりがほこりっぽい部屋に差し込み、埃がキラキラと光っている。
おれてしまった箒が無惨にドアの脇に立てかけてあった。
「怪我だったら、私の薬湯ですぐに直せるもん。
何も箒をおることはないのに。」
アリサの大きな瞳からあふれだした涙が頬をつたう。
緑色の大きな瞳はまるでヘイムダルの森のほとりの湖のようだ。
ティンクは優しくアリサの涙に鼻を押しつける。
「んふふ、ティンク、鼻が冷たい。」
こうすれば、アリサが笑うことを知っているから。
神父様は礼拝堂で何かを削っていた。
「アリサは寝たのかい?」
礼拝堂に低く優しい神父の声が響く。
「うん。眠ったよ。アリサ、泣いていたよ。」
神父は作業をやめてティンクの方をに目を向けた。
蝋燭の優しい炎が神父の美しいブロンドを照らす。
「私が怒ったからかい?それとも箒がおられてしまったから?」
「両方だと思うよ。ヘイムダルの森で空を飛ぼうとしたアリサも悪いけど、神父様も2時間もアリサに正座をさせるなんて。しかも箒を折ってしまうなんて酷いよ。」
ティンクは毛を逆立てて、神父様に抗議をしたが神父は感心がないようにさらに作業に集中していく。
「だいたい、デモンがアリサをいつもバカにするのがいけないんだ。人間に育てられた出来損ない魔女って。学校の校庭で練習をしようとすると、いっつも仲間を引き連れてまだ空もまともに飛べないのかって、みんなで笑うんだ。
だから、アリサはヘイムダルの森でしか魔法の練習ができないんだ。」
蝋燭はゆらゆらと炎を揺らしながらあたりを照らす。
神父はなにも言わずに黙々と作業を進めていた。
ティンクは沈黙に耐えられなかった。
「神父様が心配するのもわかるよ。
アリサは魔法がへたくそだし、もしも湖に落ちていたら大変だ。それに人間にみられたらまた石を投げつけられて、
アリサはとっても傷つくだろうし。。。。」
ティンクの耳は、声と一緒に小さく丸まっていく。
「できた。」
ローレルはパチンと、糸を切ると立ち上がる。
ティンクの緑色の翡翠のような瞳が蝋燭に照らされてキラキラと輝いた。
「神父様、それってアリサの箒?」
ローレルは職人が作ったような美しい流線型の箒と、蝋燭をもって礼拝堂からでると、アリサの部屋に向かう。
「人間の作った掃除用の箒ではコントロールが難しいのは当たり前だ。前々から作ってやらなくてはと思っていたんだ。今度からは、私がいるそばで練習するようにとアリサに伝えなさい。」
ローレルはアリサの部屋におかれた無惨におれた箒の隣に、新品の箒を置くと泣きつかれて眠ってしまったアリサに毛布をそっと掛ける。
桃色の頬は涙に濡れてじっとりと熱を持っていた。
冷えた礼拝堂で作業していたため冷たくなったローレルの手が気持ちいいのか、アリサはその手に頬を押しつける。
「この甘えん坊の魔女に、神のご加護を。」
銀色の月はローレルとアリサを優しく見守っていた。
ティンクもアリサの足下に丸くなる。
明日はアリサが笑ってくれるといいなと思いながら。