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不器用な理子先輩の御話。

作者: 一木 樹

 おそらく初めてまともな短編を書いたのではと。

 内容は衝動的な感情を文にしただけですのであしからず。

 恋。愛。幸せ。 


「ねぇ平幹ひらみきくん。どうして人はこんなにも簡単に生殖しているの?」

「ぶふぉっっ!!?」

 口に含んでいた紅茶家伝を思いっきり吹き出した。

「汚いわ」

「誰のせいですか……」

 理子さとこ先輩は、常備しているハンカチでしっかり家伝をガードしていた。

 部室に置いてあるティッシュで床を拭く。

「……で、なんですかまた唐突に」

「不思議に思ったのよ」

 理子先輩は優雅に紅茶を口に含む。僕の紅茶家伝みたいに甘いのじゃなくて、本場の紅茶。確か”キャンディ”とか言う種類らしい。僕には家伝がぴったりです。

「私は必要とされてきたわ」

「あれー、脈絡どこいったー」

「みんなから好かれていた」

「完全に話変わってるよもう」

「明確な愛の告白を受けたことは無いけれど、『好き』っていう言葉は、何度も私に向けられたわ」

「(家伝うまー)」

「私は可憐で純情な乙女だから」「えっ」

 しまった……ビックリして家伝が鼻に……!

「……私は可憐で純情な乙女だから」

「え、それツッコミ待ちですか?」

「…………」

「無言で僕の家伝にキャンディを入れ続けないで理子先輩!!」

「話を続けるわ」

「僕の家伝……」

「相手が本気じゃないってことは、私にも判っていたわ。一種のスキンシップや社交辞令のようなものだと。でもね、彼らは私にとっても大切な人に変わりは無かったの。だから、乙女な私は彼らと本当に交際を始めたらどうなるのだろうと考えたわ」

「ホントに乙女だったこの人!」

「誰ともうまくいかなかったわ」

「でしょうね!」

 僕くらいのものだ。理子先輩とうまくいくのなんて。

 奇人。変人。ストレンジャー。眉目秀麗なその外見と裏腹に、好奇心と思考力だけで生きている人なんだから。

 一度興味をそそられると、満足するまで探求を止めない。相手が許すと、思考を垂れ流すように延々と一人語りを止められない。……今みたいに。

「……本当に相手を愛し、大切に想っていたら、私はその人と付き合うことはできないのよ」

 疑問を感じた。

「……どうしてですか」

「愛しているからよ」

 わけがわからない僕は、家伝を口に含んで理子先輩の言葉を待つ。……にがい。

「その人の幸せを、心の底から望んでいるからよ」

 伏せた顔に遅れて、理子先輩の髪が、その悲哀の表情を隠してゆく。

「私と一緒にいて、その人が逃がしてしまう幸せがあるんじゃないか。私じゃない、この広い世界のどこかにいる誰かの方が、その人を幸せにできるんじゃないか」

 目を伏せて話を続ける理子先輩を、僕は見つめていた。

「その人が大好きだから、愛しているから、幸せになって欲しい。でもね、私は貴方の幸せの邪魔になるんじゃないかな。私は貴方の隣にいて幸せだけど、貴方は私の隣にいても幸せじゃないかもしれない」

 その言葉が、まるで、僕に言われているようで。

「だから私の想像では、いつもこんな結末を迎えるのよ」


『今までありがとうございました。貴方と過ごした日々は幸せでした。貴方の幸せを、いつまでも願っています』


「そう言って、人生に訪れる自然な別れを受け入れる」

 紅茶を啜る音が静かな部室に染み渡る。

「どうして他の人間が、自分の愛する人の隣にいて、罪悪感に殺されないのかわからない。私の母と父が。私の祖母と祖父が。私の系譜に名を連ねる全ての祖先たちが、私には信じられない」

 あぁ、そして話がつながるのか。

「この日本に1億2000万。この地球に60億。なんで人はそんなにも軽々しく愛する人を見捨てられるのかしら」

 ……そっか。

「理子先輩」

「何? 平幹くん」

 知らないんだろうな。

「先輩は……恋をしたことがありますか?」

 この感情を、理子先輩は、味わったことが無いんだろうな。

「わからないわ。誰かを大切に想ったことは、確かにあるけど」

 この世の全てがどうでも良くなるくらい、その人のことしか考えられなくなる。

 本当の“好き”っていう感情を。

 どうしようもない恋慕の情を。

 真実の愛を。


「恋は盲目なんです」


 貴女の幸せ? 知らないよそんなもの。

 僕には、貴女しか見えてないのだから。

「いつか、理子先輩にもわかる日が来るんじゃないですか?」

「むっ……その言い方、まるで平幹くんには答えが解ってるみたいよ」

「さあ? どーでしょうね」

「平幹くんの癖に……なまいき」

「ああまた僕の家伝に苦い紅茶がっ!」

「失礼ね。キャンディは甘い方よ」

「僕の家伝……もう容量10%以下の僕の家伝……」

「角砂糖代わりに調度良いわ」

「あー、先輩、家伝を馬鹿にするのは許しませんよ」

「何よ。あんなシロップの原液みたいな液体」

 理子先輩が頬を膨らませてプイッとそっぽを向いた。

「……ふんだ。せっかく少しずつ慣らしてあげたのに」

「? 今なんて?」

「知らない。平幹くんなんて家伝に溺れればいいわ」

「あ、それたぶんこの世で一番幸せな死に方ですよ」

「じゃあ私はキャンディの風呂に溺れて死ぬわ」

 理子先輩が立ち上がる。そのままドアに向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ理子先輩!」

 慌てて先輩のティーセットを片付け、僕も部室を後にする。

 立て付けの悪い古びたドアが、ギイィィィ、と不快な音を立てた。 



 甘党の僕がキャンディを飲めるようになる日は、そう遠くない。

 理子先輩が、甘い家伝に少しずつ、少しずつ混ぜてくれるから。

 変に器用で、恋に不器用な、僕の大好きな人が大好きなモノ。



 部屋を出たところで、指先に薄い紅色の液体を見つけた。

 足早に歩く理子先輩を廊下の先に見ながら、僕はちょっとだけ無理をして、それを舐める。

「……にがい」

 家伝おいしいですよね! 権利とか色々怖いから「家」にしてるけど誤字じゃないよ!


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