その1 ― 小心者の前口上
本編を始めるのに半年かかったことに自分でも驚きですが、それ以上にお気に入りが二件あったことに驚きました。
登録してくださった方ありがとうございます。
初めに自己紹介をしておこう。
私の名は鷹田英理子。某県の県立葉山高校で教師をしている。
教師と言えば聖職者だと言われるが、私はそんな大それた人間ではない。
最近の教職に就く人間達はやたらと不祥事を取り沙汰され、聖なるイメージなど元々無かったかのようにすっかり汚されてしまったが、そんなこととは関係無しに私は自分をなんら聖性を持ち合わせないどころか真っ当な人間にも劣る小さな人間だと思っている。
大した取り柄もなく同僚の教師達の中ではまだまだ若輩者で、世界史の教員を務め生活指導の責任者を押しつけられている一介の教師に過ぎない存在だ。
その上生徒に対しては、偉そうな物言いを板になすり付けようと懲りずに遣い続け、失敗して揚げ足を取られても不遜な態度は取りやめようとしない。その一方で私と違い優しく彼らに慕われる後輩教師を見下しつつも嫉妬している。聞いての通り人格が破綻しかけている底辺に近い人間だと自負している。
そんな本来なら諸君に語ることなど一つとして有ろうはずもない人種であるところの私ではあるが、あえて諸君に対して口を開くのはひとえに私のエゴ、私の勝手に過ぎない。
一番近い言葉で示すならば、独白。そう、おそらくこれは独白だろう。
語ってはいけないこと。もし何かの事実、秘密、あるいは事の真相、内情。諸君がそんな物を知っていたとして、それを人に喋りたくはならないだろうか?
私は喋りたい。暴露してしまいたい。語り聞かせたい。強制されて口を噤んでいるのが我慢ならないし、私の秘め事を聞いた者の反応が見てみたい。
そんなことをすれば口封じをされている私はもちろんのこと、私の大事な者達、それほど大事でもない者達、全く知りもしない者達にまで被害が及ぶ。一連の出来事に関わったあらゆる者が不利益を被る。
強制されているからだけでなく、沈黙する必要もあるから語ってはいけないのだ。
……とは言え、重苦しく如何にも秘中の秘であるかの様な表現を遣ってみたものの、実際の事件はそれほど深刻ではない。私が諸君の気を引きたくてそんな言い回しをしただけだ。
だって、そうしないと誰も聞いてくれないだろう?
きっとこれから私が話すのは、どこにでも有る様な話だ。
誰でも一生に一度か二度は耳にする、もしくは体験するであろう話。
しかしそれは話の内容がどこにでも有るということではなく、つまるところ結末がどこにでも有るということ。
私の話に触れて感じるものや得るもの。私の話の詰まる所、すなわち終結までを聞いて諸君に残るもの。
それらが私の話に由来するものである必要は全く無く、生きていればその内手に入るものであるということ。そういうことを予め理解して置いて欲しい。
だから私の話はさして珍しくもないし、諸君にとって有益であるとも言い難い。
あくまで私のエゴなのだ。だから聞くかどうかは諸君に決めて欲しい。
私がこの話を終えたとして、その時になって難癖を付けられたり後ろ指を指されたくないから今の内に諸君に断りを入れようとしている小心者であることも吐露しておこう。
あまり期待はしないで欲しい。私はただ私の知る事の内幕を話したいだけなのだから。
私が言いたいのはそれだけだ。まあ、それだけと言っても随分と好き勝手に喋ってしまったが。
まだその気があると言うのなら、引き続き私の話を聞いて欲しい。
本作品にはパロディが含まれることがあります。完全に筆者の趣味です。
「その1」も某百%趣味で書かれた小説の語り口に影響を受けている面があります。