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葉山高校の日常  作者: s.s.t
第一話
5/10

四人目 ― 清水鈴佳は属性持ち

四人目の清水鈴佳さんです。初の女生徒ですよ!

またしても残念な人間に思われてしまうかもしれませんが、彼女は前回の河津君ぐらいには重要人物ですので、どうかよろしくお願いします。

 世の中には「属性」という言葉があるだろう? 漫画やアニメ、ライトノベルが好きな者にとっては少し特別な意味を持つ言葉だ。

 例えばヒロインの性格を表す属性だけでも既にいくつかの属性が確立されている。 「ツンデレ」はかなり有名な言葉になったし、他にも「ヤンデレ」「クーデレ」「素直クール」などは某少年が跳躍する週刊雑誌の生徒会漫画でも使われたことがある。

 他にも体系化されているものでは「ロリータ」や「巨乳・貧乳」、「メガネ」「獣耳」「八重歯」「ツインテール」「ポニーテール」「ロールヘア」などの人物の身体的特徴、「ゴスロリ」「白衣」「コスプレ」「ニーソックス」「リボン」などの服装的特徴、また「教師」「メイド」「秘書」「委員長」「○○委員」「姉・妹」「シスター」「いとこ」「先輩・後輩」「幼馴染み」など役職や立場に準ずる特徴なども属性として(一部に)広く認知されている。……というかよくここまで色々と属性を作り出したな。


 それはそうとこれらの属性は一人の人間の特徴を特出させる、あるいは法則化することで(一部の間で)誰にでも分かる属性として確立している訳だが、そのせいで現実の人間とは一線を隔てているのも事実だ。

 言わばそれは二次元と三次元の線引きであり、二次元に傾倒する者が二次元を愛する理由であり、二次元に魅かれない者が二次元を嫌う所以である。

 まあ現実味のある人間が好きなら三次元、現実にいなくても良いから理想だけを追求した人間が良いというなら二次元ということだ。



 それでは始めよう。ごきげんよう諸君、鷹田英理子だ。

 突然属性の話をしたのは他でもない、今回紹介する女生徒について説明するためだ。

 私は人間なら誰でも多面性のある生き物だと思っているが、その多面性を「弱い属性の集合」だと論じる生徒がかつていた。そいつの言葉を受けて考えてみると、確かにこれから話す女生徒は「弱い属性の集合」という言葉がぴったりかもしれないと思った訳だ。


 彼女の名前は清水鈴佳しみずれいか。りんか、ではなく「れいか」だ。

 葉山高校二年生、A型。

 スリーサイズは知らん。私は保険医ではないし私の魔眼は女生徒の体の詳細を見抜くために備わっている物ではないからな。男女差別せず、プロフィールは名前と学年、血液型のみだ。



 さてこの清水鈴佳という生徒、どうにもその人となりを言葉にするのが難しい。

 定まった行動理念がある様には見えず、どこかつかみづらい生徒だった。

 正義の名の下に悪を罰する優等生のようにも見えるし、自分の利益のためなら友でさえ見捨て犯罪も厭わない卑劣漢(女だが)のようにも見える。

 普段生徒の一面しか見ることがない教師の私としては、あの出来事で清水が見せた常とは異なる一面に最初は驚かざるを得なかった。それを人間の多面性だと断じて、理解できないのは仕方ないと片付けていたのも今では恥ずかしい思い出だ。

 で、まあその思い違いは別の生徒によって幸いにも正された訳だが、それを踏まえて見た清水鈴佳の人物像はなるほど属性と呼ぶには少々弱い要素の集まりだろう。


 分かりやすく清水について説明しよう。

 彼女は

「天才とは言えないが勉強のできる優等生で」

「人気者と言うほどではないにしろ彼女に好意的な生徒が多く」

「腹黒とは言わないまでも計算高くさかしい女で」

「守銭奴だと言い過ぎだが人より金銭に対する執着が強い」

「美人には届かないがそれなりに容姿の整った人間」

 である。


 まあ言葉通りの人物だ。

 地道に勉強して上位をキープしていたし、漫画みたいにファンクラブができたりはしないが清水を嫌う人間は滅多にいなかった。この辺りは清水の「良い一面」だと言える。


 そして良い一面に対する「悪い一面」だが、清水は成績以上に頭が切れるという意味で「頭の良い」人間だ。賢いより賢しいという言葉が似合う、白よりも黒寄りの思考回路の持ち主だった。

 清水はその出来の良い頭の使い道を主に二つに絞っていた。一つは言うまでも無く勉強、もう一つは金を稼ぐことだ。別に躍起になって金をかき集めていた訳ではないし、 アルバイトをしていた訳でもない。ただ清水の思考は大半が金銭に繋がっていて、高校までは下積みというのが彼女の認識だった。結果として彼女は今高給取りを目指して大学で勉学に励みつつ、その傍ら小金を稼ぐために鋭意活動中である。



 清水の容姿については一つ面白い話がある。

 彼女自身にはあまり関係の無い話だが、実は彼女は葉山高校の中でも有数の「顔の良い女子」だったのだ。

 

 我が校には美人と呼べるような女生徒がいないということは前回も話したと思う。

 ぶっちゃけて言うと勉強にかまけて美容を怠ってきた連中だから、受験から解放されて高校に進学した後もそこら辺がおざなりになるらしい。自慢できることではないが私はうちの女生徒と化粧の話で盛り上がったことが一度も無い。

 それだけならまだいいんだが、不思議なことにちょっと同じ人間かどうか疑いたくなるような方々も入学してくるんだ。具体的なことを言うと失礼になるが、ちょっと顔のパーツがアレなことになっていたり、顔と身体の比率がおかしなことになっていたりと、この作品が映像無しで本当に良かったと思ってしまうような方々だ。

 まあそのような方々は今回もこれからも登場する予定は無いから安心してほしい。

 

 そんな葉山高校の女子事情の中で、昔からある「病気」の噂が密かに語り継がれている。主に男子生徒の間で冗談交じりに囁かれているその病気は、別に本物の病気という訳ではなく、ある症状が葉山高校の男子生徒にだけ一定の割合で発現することから風土病みたいだということで「葉山病」と呼ばれている。

 まあくだらないことなのだが、なんでも葉山高校に在籍していると普段『あの女子達』しか目にする機会が無いから、偶に他校の女子を見るとものすごく可愛く見えるらしい。

とは言っても新入生が入学して間もない頃にそういう経験をすることが多いだけで、その後は次第に自校と他校のギャップに慣れていくそうで、葉山病は勝手に治る病気らしい。


 清水鈴佳はそんな悲惨な状況の中で比較的まともな顔立ちをしていて、しかも優等生ということもあって中々人気があった。といっても結局男子は勉強本位な生徒ばかりだし、ファンクラブ作ったりラブレターを渡したりするようなノリの良い連中でも無かったのでその人気を清水が自覚することはしばらく無かった訳だが。



 この清水があの馬鹿とどう関わったかと言うと、「金を稼ぐ」と言う目的だけで馬鹿に協力し、「優等生」という立場を存分に利用し、まんまと大金とは言わないが協力した元を取れるだけの金を手にした。

 その経験があってかどうかは知らないが大学でも勉学以外のことで一稼ぎしてやろうと何かの活動をしているらしい。さっき言った「鋭意活動中」はこの活動のことだ。



 ……ここまで話してきたが、おそらく諸君は清水鈴佳が金に汚い人間と言うイメージぐらいしか浮かばなかったと思う。

 それは仕方ない。仕方ないんだ。正直私が話した内容だと金云々の部分しか目立たなかっただろう。だがしかし、清水の金にうるさいという一面はあくまでほんの一面、しかも弱々しい一面なんだ。

 普段の彼女はカネカネ言わないし、それこそ勉強のできる優等生で、わたしもそう思っていた。物語中では清水の金への強い思いが目立ってしまうかもしれないが、彼女が意地汚い守銭奴ではないことを忘れないで欲しい。





 

 さてさて、一通り清水の紹介も終わったところで今まで通りつまらない過去話に行くと思った諸君、甘い! 甘いなあ!

 

 『だが、その甘さ嫌いじゃあないぜ』

 とか、某生徒会漫画の副会長の真似をしたくなるぐらい甘いなあ!


 いつまでも変化の無いパターン化したものなど、お笑い芸人だろうと一話完結式漫画だろうと、者だろうと物だろうと、飽きられるに決まっている。

 第一回の私の話はノーカウント、実質三回目となる今回こそテコ入れにはちょうど良いタイミングじゃないか。そこで私は、ある画期的な方法を導入しようと思う。


 実は今回、ゲストをお呼びしているんだよ。

 そのゲストと言うのが他でもない、清水鈴佳本人だ!

 現在大学二年生、まだ話してもいない物語中から三年後のご本人が登場だ。

 

 ふっふっふ……「葉山高校の日常」と銘打っておきながら高校卒業しちゃった奴が出てくるなんて、これは新しい! 画期的だ! 新時代を築けるぞ、この作品は!


「新時代築いてもすぐ滅びますよ、そんな時代」

 おっと、清水。まだ呼んでもいないのに出てくるんじゃない。今は私が時代を切り開くかもしれない小説の新しい形態について独自の理論を組み立てようとだな、

「誰にも受け入れられないだろうから、早く諦めた方が良いですよ」

 そんなことは言ってくれるな。新しいものとは何時の時代も受け入れられないものさ。今でこそ偉人と呼ばれる数々の先達は当初は民に理解されず、その大半が死後になってようやく功績を認められたものだ。私も生きている内に認められるなどと楽観的な思考は持ち合わせていない。

「いつか認められると思っている時点で楽観的です。あと、いい加減話しにくいので地文で喋らないでください」

『おっとそうか、それじゃここからは括弧つけて話そう』

「副会長の真似はもういいので普通に話して下さい」

「つれないなあ、清水。昔はもうちょっとノリが良かったんじゃないか?」

「鷹田先生には昔から冷たいですよ?」

「そ、そうか……」


 諸君には改めて紹介しよう。目の前にいる彼女が清水だ。まあ見えないだろうが。

 大学生になって少しは着飾ることを覚えたようで、薄く化粧もしている。葉山高校にいたおかげでちょっと堅い人間になったためか、流行に流され尽くした末の逆に無個性な女性達とは違い、自分のスタイルで個性を出している。

「なかなか良い女になったじゃないか、清水」

「はい、あと十年ぐらいしたら鷹田先生にも化粧を教わりたいですね」

「そう言ってくれるのは嬉しいがなぜ十年後なんだ? ん? 返答次第では殴るぞ」

「……その年でも美人に見える若作りの秘訣を教えてもらいたくて。今は私自身若いですから」

 ぴきっ。あれ、額の辺りから変な音が聞こえたな。ラップ音かな?

 まあいいか。それよりも清水だ。

「今のは殴れという合図だよな? 清水。よーしじゃあいくぞ」

「具体的に今何歳の鷹田先生に教えてもらいたいかと言うと、さ……んんっもごっ」

「よーし清水、三百円あげるからその続きを言わないでくれ。言わないでくださいお願いします」

「……色付けてくれたらサービスします」

「じゃあ五百円あげよう」

 ちゃりーん。

 ん? またラップ音か。まるで私の手から清水の手に百円硬貨五枚が落とされたようなラップ音だったな。

 おっといけない、清水との話中だった。

「なんだかんだいって優秀で実年齢も若い鷹田先生なら十年後でもその美貌を保っているんだろうなと思って。その時は私も化粧のコツとかを教えて欲しいということです」

「そうかそうか。いやー清水は本当に良くできた奴だな」


 諸君も見てくれたかな? 

 この純真で卒業した後も素直に教師を慕ってくれる可愛い元生徒を。 

 そういえば私が若いというのは嘘だと疑っている者がいた気がするが、今の清水の発言で思い直してくれただろう。これでけしからん疑いも消えるというものだ。


「確信に変わることで疑いは消えますね」

「うん? 何か言ったか清水?」

「いえ、用事があるとのことでしたが今日は何のために呼ばれたのかとお聞きしました」

「ああそのことか」

 私はまたてっきり、実は清水が腹の内では黒いことを考えていて、わざと私を怒らせた上に金をせびって、しかも私の年齢に関する疑惑を読者に悪い方向で確信させたのかと思ったよ。私の可愛い元教え子がそんなひどいことするわけないよな。

「ええそうですね」

「地文で話すなと言っておいてお前もあんまり地文に反応するんじゃないぞ? 清水」

「すみません。気をつけます」

 

 こほん、と咳払いして私は居住まいを正す。

 ちなみに今日清水を呼び出したのは応接室。平田の時と同じ場所だ。まあ今の清水は生徒ではないし指導ではなく本来の目的で使っている。

 お茶を汲んで茶菓子も用意しているので、完全に雑談をする態勢だ。

「今日清水を呼んだのはちょっと近況を聞いておこうと思ってな」

「近況ですか? それぐらい電話やメールでも良かったと思いますけど」

「風の噂で聞いたんだよ。清水が大学で何か面白い活動をしていると」

 何度か出て来た、例の金目的で鋭意活動中らしい、その活動がなんなのか確かめようという訳だ。

「あのことを聞いたんですか」

「ああ。まあ教師としての親心みたいなものがあるんだが、それで清水がどんなことをしているか気になってな」

「ふふっ。鷹田先生も心配症ですね」

 清水が優しげな笑みを浮かべる。いやそんな良い人そうな笑顔をされても困るのだが。

 なんせ清水は……

「清水は前科があるからな。心配にもなる」

「いやですよ先生。前科だなんて。私は誓って犯罪をしていません」

「犯罪スレスレ……と言うかあれは犯罪だろう。ばれてないだけだ」

 そう、ばれてないだけ。

 高校時代清水と結託したあの馬鹿と以下数名はマジ物の犯罪を起こした。

 それがばれていないのは、ひとえに私が黙っていることが大きいだろう。

 あの出来事の詳細を知っている中で警察に報告する必要のある立場にあるのは私だけ。

 まあ教師として報告の義務はあっても義理は無い。某大魔王殺しの奇術師とは逆。

 義理が無いのに加えて実は私ある奴に弱みを握られている。そのせいでもう心情的にはもう「面倒臭いし言わなくていいや」という状態だ。だからばれていない。

 ああそうだ、諸君に今あの出来事の詳細を話すと作品が終わってしまうので省くがこれだけは言っておこう。馬鹿どもが起こした犯罪はそれほど深刻なものではない。

 子供のいたずらの延長にある軽犯罪みたいなもので、隠蔽工作は巧妙だが手口と内容は単純なもの。人から深い恨みを買う様なものでもないし、適当に時効を待っていれば問題ない。そういう意味では心配無い。だが、

「私が心配しているのは大学に入ってもっと大それたことをしていないかだ。高校時代のあれは犯罪。もし似た様な事をさらに大々的にやろうというなら今度は隠し通せないぞ」

 その私の言葉を聞いて清水はまたふふっ、と笑う。 

「大丈夫です。犯罪じゃありません」

 そう言って湯呑を手に取り、お茶を口に含んで一息。

 喉を潤してから再び話し出す。

「私が今大学でしているのは、学生向け教材製作のお手伝いです」

「教材?」

 ……確か清水が行ったのは法学部が有名な大学。で、清水も法学部だったはず。

「はいそうです。うちの法学部を卒業した何代か前の先輩方が企業を立ち上げて、学内限定の教材を販売しているんですよ」

「ふむ……それで学生からアルバイトも募集しているのか」

 雑用も必要だし、大学のためなら学生を安上がりに雇えるかもしれない。

「いえ、アルバイトじゃありません」

「んん? 違うのか」

「はい、そもそもちっちゃな会社なんでアルバイトの人を雇う余裕も無いんですよ。見切り発車で会社作っちゃったものだから経営が回らなくて、学内向けの教材だけじゃ利益が出ないから急いで新事業を始めなきゃいけないんですよね」

 …………。ちょっと整理しよう。

 まず清水は法学部の教材製作を手伝っている。まだ二年生でしかも勉強することの多い法学部。それでも教材を作る暇と知識があるというのは余程上手くやっているのだろう。

 あとアルバイトじゃない。非公式に手伝っているのかもしくは……社員。

 ついでに会社の経営が危うい。人手が足りない中、それでも使われている。

 ……………………全然分からない。三年経っても清水はつかみづらい奴だ。

 仕方なく清水に質問する。

「ええと、清水。アルバイトじゃないというのは正式には雇ってもらっていないということか? それに経営が回っていないんじゃ学生を雇っている余裕はないのでは?」

 この清水に限って無償で手伝っているというケースは有り得ない。

 有り得るとしたら将来さらに大きく稼ぐために必要な行為という場合だけだ。

「ちゃんと社員として雇ってもらっていますよ。経営状態が悪くても使ってもらっているのは、私が優秀なことと、報酬制であることが理由です」

「社員って、清水はまだ学生だろう」

「働く量はそんなに多くないですけど、アルバイトより社員の方が肩書は上じゃないですか。就職活動でも有利に働きそうでしょう?」

「う……む、そうか」

 まあ別に企業側が認めれば学生やりながら社員やっても問題無いのだろう。

「一応最低限の賃金は貰っていますがそれに加えて私の作った教材で出た利益から報酬をもらっています。これでも結構頼りにされてますよ」

「そうか、学生の内からそこまでやっているとなると、清水は将来大物になるな」

「もう、おだてても何も出ませんよ先生。それにお金が稼げるなら大物も良いですけど責任が付きまとわない役職の方が良いですね。あくまで割に合う稼ぎじゃないと」

 ……実際清水はもう今の時点で大物の卵だ。

 他の学生より何十歩もリードしている。清水ぐらいの学生は全国でも少数だろう。

 なんせ、学生の内から企業に属し、自らの功績で報酬を受け取り、しかもそれが十分な稼ぎになっている。企業に自分を認めさせる手腕だけでなく、二年生の時点で学生向けの教材を作る知識を獲得するだけの能力もある。

 なんだこれ、完璧超人か。出る作品間違えてないか。

「なんかもうそこまで行くと超人だな、清水は」

「言い過ぎですよ先生。偶々上手く行っただけです。偶然都合のいい企業が存在して、ちょっと高校時代の経験を活かして取り入れてもらっただけです」

 高校時代の経験という言葉には少し引っかかるが清水のことだし、警察沙汰になるようなことはしていないだろう。ばれないという意味で。

「勉強は大丈夫なのか?」

「教材作りも勉強ですよ。試験対策に特化した教材もありますし、成績も万全です。勉強と両立できるのも上手く行っている理由ですから」

「そうかそうか。そういうことなら安心だ。これからも頑張ると良い」

「はい、頑張ります」

 そしてまた微笑む清水。

 

 なんだか、大物になりそうではあるが同時にとんでもない悪女になりそうでもある。

 今まで清水が見せた笑顔、あれはおそらく全て計算づくだろう。

 成長して心理を読みにくくなったが、時々瞳が黒い光を放っている。もちろん比喩的な意味だが、やはり賢しいという言葉が似合う女だ。

 しかもひるむ私を見て喜んでいるようにも見える。

 何度もニッコリ笑ったのはあの出来事について話すなという牽制だろう。私が嘘の笑顔を見抜くのも計算の内で、笑顔の裏にある牽制の意味を読み取らせている。

 正直頭が良すぎて気持ち悪い。大学生になって悪い方向に成長している。


 何よりこれだけ目を見張るような事を成し遂げているというのに、そのほとんどの行動が元は「金を稼ぐ」と言う目的から生まれていることが驚きだ。

 そしてこれほどお金にがめつい印象が強くなっても、その実態は真っ当に努力してお金を稼いでいるだけなのだから二度驚きだ。


 清水鈴佳という女生徒、否、清水鈴佳という女は少しだけその属性を強くしたようだ。

 彼女は

「大企業は無理だろうが経営難の企業に自分を取り入れさせるぐらいには能力があり」

「真っ黒には遠いが高校時代の教師を密かに脅すくらいには黒い計算を腹の内で行える」

「ミス大学に選ばれたりはしないだろうが女に磨きを掛け美人と称しても差し支えない程度には美しく」

「守銭奴と呼ぶには意地汚さが足りないが将来間違いなく大金を手にするだろうと思えるほどには金を稼ぐことに真剣な人間」

 に成長した。

 

 優等生が優秀な人間に、それなりの容姿が美人に、黒い計算高さがより黒い計算高さに、金銭への執着が金銭への真剣さに。


 ……これは酷い。社会に出たらもっと属性が強くなるんだろうか。

 楽しみでもあるがそれ以上に恐ろしい。こういう人間が本当にいるんだなという気持ちになる。清水の成長の過程を見られたのはある意味教師になったからこそできた経験だ。


 まあ今日のところは普通に清水を見送ろう。大方話も終わったし。

 もし将来清水が道を踏み外しそうになったら、それを知った時は止めてやろう。

 面倒臭いから常に目を光らせておくなんてことはしないが、教師としての義務と、顔見知りの義理でそれくらいはしてやりたいと思う。

 清水ならば心配ないだろうがな。なんせ私の自慢の教え子だ。

 

 清水には明るい未来が待っているさ。


 よし、今回の話はここまでにしよう。良い言葉も言えたし。

 え? それだけかって?

 何を言っているんだ。諸君には最初から言ってある通り、「葉山高校の日常」は特に何も起きずオチが無いことが、ほとんど特徴が無い中である意味唯一の特徴じゃないか。


 ゆえに生徒の紹介をして、雑談だけで終わっても問題なし。次回の予告をしよう。

 次回はどうしようか、そうだな……

「あの、話を締めようとしているしているところすみませんが」

「ん? どうした清水。終わらせたらちゃんと相手をするから待って欲しいんだが」

「いえ、まだ話を終わらせてもらっては困ります」

「? どういうことだ」 

 清水について語るべきことは今回はもう無いと思うのだが。

「実は今日、もう一人ここに呼んでるんですよ。鷹田先生から連絡を受けたことを彼に話したら、自分も久しぶりに先生に会いたいからぜひ同行させてくれと」

「それならなぜ一緒にいない。部屋の外にいるのか? それとも遅刻か?」

 どちらにせよあまり良い態度とは言えないな。

「部屋の外にいます。理由は、その方が先生が驚いて絶対面白いからって」

 ぴくっ、と体が強張る。

 私の記憶の中に、この清水と同世代で、「彼」と言うからには男で、私をからかって面白がりそうな、且つこの場で現れたら驚きそうな元生徒が一人いる。

 清水も私を脅しながら楽しんでいた節があるから私をからかう人間に数えることはできるが、私が思い浮かべた元生徒は次元が違う。ぶっちゃけ私は奴が苦手だし、元生徒で無ければ体裁を気にせず「恐ろしい」と言ってしまいたいほどだ。

 頼むから予想が外れていて欲しいと願う。

「それじゃ部屋の中に呼び入れたいんですけど、良いですか先生?」

「あ、ああ……呼んでくれ」

 私がそう言うと清水は扉の方に向かって声を掛けた。

「黒星くーん。先生入ってきて良いって」

「っ……!」

 予想が的中した。しかも次回になっていないのに新しい生徒の名前が出た。

 別にこだわってたわけではないが、あの黒星という元生徒は色々な意味で型破りだったから、今でもそうであることを示しているみたいで嫌なんだ。

 ここだけの話、私の弱みを握ってあの出来事の口封じをしているのは黒星だ。

 だからこそ私は奴を恐ろしいとさえ思っている。


 ドアノブが回され、ゆっくりと扉が開く。

「お許しも出た様なので失礼します」

 一人の男子が応接室に足を踏み入れた。黒星だ。

 まだ男と言うには未成熟な風貌だが、私の目にはまがまがしいオーラが映っている。

 こんなこと考えるのは奴が私の弱みを握っていて、その弱みが私にとって人生を揺るがすほど大きな弱点であるからに他ならない。

 実際の黒星に特に非道というべき点は見当たらないのだが、頭では理解していても嫌なものは嫌で、感情は抑えられなかった。

「お久しぶりです、鷹田先生。相変わらず若く美しく、目を奪われる美貌ですね」

「あ、う……うむ、褒め言葉として受け取っておこう。ありがとう」


 もう嫌だ。一言交わしただけで話をする気がゼロになる。


「じゃあ私は先に帰りますね。先生はごゆっくり。黒星君と」

 清水がにやにや笑いながら扉に向かう。

 これは間違いなく故意だ。清水は私が嫌がるのを知っていて黒星を呼んだんだ。

 ほら、いま扉を閉める寸前に思いっきり黒い笑みを浮かべた!

 次に会ったら絶対殴ってやる……


「どうかしましたか先生? 具合が悪そうですけど? 美しいお顔が歪んでいます」

 目の前には黒星。部屋には黒星と私の二人きり。


 とても耐えられる気がしない。ただでさえ清水の相手をした後なのに。


 ……こ、ここまででいいだろう。ほら、私面倒臭がりだし。

 もうあの手で行くしかない。伝家の宝刀を出すしかないんだ。


 さあ行くぞ。じ……


「次回に続きます。僕の正体も明かされますので、乞うご期待!」


 言われたーー!

 どれだけ型破りな奴なんだ。だから嫌なんだよ!

 

 こうなったら意地でも締めだけは貰おう。

 黒星の言う通り次回に続く。これは逃げる訳じゃないからな!


 内容だと? こうなったら次回は黒星の話をするしかないだろう。

 本当は奴の話なんてしたくなかったが仕方ないからすることにする。

 

 そういう訳で次回は黒星という男子生徒についてだ。

 それでは諸君、次回にまた会おう!



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