序、蟹の食べ方 贅沢のしすぎはいけません[1]
よろしくお願いします。
青緑色の海。その上を走る船、シルヴァーウェーブ。その上には四人ほどの人影が見える。実際いるのは“五人”なのだが、目に見えるのは四人である。そんな彼らはなにやら議論中のようでして。
数分前
「ねぇ、蟹って美味しいよね?」
船の床に直接腰をおろし、暇そうに爪をいじりながら、一人の娘が唐突に口を開く。彼女の美しい金髪が太陽の光にあたり、キラキラと光っている。
「なんだよいきなり。蟹?」
娘の問いに一人の童顔青年が答える。というか聞き返す。けだるげに。
「だから、蟹って美味しいよねって言ってるの!大体、もう太陽はこんなに上に登ってるのにあんたはいつまで寝てんの」
たしかに、青年――鳴海の先だけが茶色の黒い髪には寝ぐせらしき跳ねがあった。
「ちょっとうたた寝してただけじゃん」
こんなやり取りがいつまで続くかと思われた時、明るく元気な声が飛び込んできた。
「ね、何話てんの?みらもいれてー」
その声の主は、鳴海と同じ青緑色の瞳を輝かせ、腰まである長い黒髪を風になびかせながら駆け寄ってきた。歳にして十程の小柄な少女、未来は、兄である鳴海の近くに行くと、膝の上に座った。
「ねね、なんの話してるの?」
それに対して、金髪の娘、モルフィは先ほどまで鳴海に向けていたのとはまた別の笑顔を浮かべ、優しく答える。
「ん?あぁ、蟹って美味しいよねって鳴海に言ってるところだったの」
“蟹”という単語を聞くや、未来の瞳はいままで以上に輝いた。
「うん!美味しいよねッ!!」
「フフフ、みらはお兄ちゃんと違っていい子ね、鳴海なんか、まともに答えてくれないんだから」
「はぁ!?」
と、突然男の声が響いた。
「蟹か・・・わたしも長い年月を生きたきたが、蟹は美味いよな」
「うんうんそうよねッ!」
「そうだよねッ」
モルフィと未来が首をしきりに縦に振る中、鳴海だけは冷静な意見を投げかける。
「いや、長く生きたのと蟹が美味いのは関係なくね?」
・・・しばしの静寂。
「そんなことないわ」
「ないよ!」
「蟹が美味いことに年月の壁など関係無いさ」
ちなみにこれらの言葉はすべて鳴海に向けられたことばである。
・・・再びの静寂。
「……なんかずれてるぞ船長」
そう、三人の会話にさっきから口をはさんでいる男、の声。その主はこの船、シルヴァーウェーブの船長であり、“船自身でもある”のだ。
詳しい話はまた後ほど。
「わたしが言いたかったのはね、蟹が美味しいって事と、蟹は身が美味しいよねって事」
「美味いってことしか伝えたくないんだな」
「別にいいじゃないそんなこと!!」
ふと、モルフィは船の端の方に立っていた青年に目を向ける。
「ね、ジオルもそう思うよね?」
「は、はいッ!?」
濃い緑色の髪を慌てたように揺らし、ジオルと呼ばれた青年はこちらを向く。
「美味しいと思いますけどおれは――」
「ほら美味しいと思ってるって!」
ジオルの言いかけた言葉を思い切り遮って、モルフィはかみつくように鳴海に言う。
モルフィが勝ち誇った顔をしていたのは一瞬で、すぐに無邪気な顔に戻ると、顔をさらに――唇がつきそうなくらい――鳴海にちかずけた。
「ちょ、ちょっと!!」
鳴海は顔を紅潮させて後ろに飛びずさる。
モルフィは『ちぇーーーー』というような感じの顔をして言葉をつづけた。
「じゃあ鳴海はどこが好き?食べれるところだよ。……わたしでもいいけど?」
「後半の方どういう意味だ。んー、やっぱ味噌?」
「みらは?」
「えぇ~~~っと、身?」
「わたしは――甲羅だな」
すかさず口をはさむ船長こと、船。
「だれも貴方にきいてないわ」
冷たいモルフィ。と、いきなり鳴海に抱きつき――――
「あッ、ちょっ、何すん――」
――――“唇に”キスをした。
モルフィ、大満足。
それに対して鳴海は――――放心状態である。
船長の一言。
「相変わらず、アツアツだな。」
「。じゃねーしッ!熱くもねーしッ!」
「あらそううれしいわ❤」
またまた反応の違う“熱い”お二人。
そんなこんなで、意見はまとまらないまま、この日の昼は過ぎていった。
ありがとうございました。
紅蓮龍