007_第1章(5):村長の登場
一触即発。
富田が再び鳶口を構え、今度こそ僕の頭蓋骨を物理的にアップデートしようとした、その時だ。
「——控えなさい」
低く、地を這うようなしゃがれ声が響いた。
その場の全員が、電流が走ったように直立不動になる。
富田が慌てて頭を下げる。
人垣が割れる。
現れたのは、杖をついた小柄な老人だった。
白髪に白髭。
顔の皺は深いが、眼光だけは猛禽類のように鋭い。
着ている羽織は古いが、仕立ては源次郎よりも上等だ。
「お爺様……」
紗夜が小さな声で呼ぶ。
彼が、この村の支配者。
村長の、巌。
巌は僕を一瞥もしなかった。
ただ、孫娘である紗夜だけを見て、厳かに告げた。
「紗夜。その男を『客人』として認めるわけにはいかん。だが……神罰を疑う不届き者が現れた以上、白黒つけねば村の示しがつかんのも事実」
「では」
「好きにさせろ。どうせ、余所者に真実は見えん。……村の掟の重さを知るだけだ」
巌はそれだけ言うと、踵を返しかけた。
だが、その前に。
老人は孫娘の方へ歩み寄り、皺だらけの手で紗夜の頬にそっと触れた。
「顔色が悪いな。……無理をするでないぞ」
その声は、先ほどまでの威圧的な村長のものではなかった。
ただの、孫を心配する老人の声だった。
紗夜が小さく頷く。
巌は満足そうに目を細め、それから僕の方を一瞥した。
その目は言っていた。
『余計なことをすれば、お前も消すぞ』と。
典型的なラスボスの風格だ。
ゾクゾクするね。
——だが、さっきの紗夜への仕草は何だったんだ?
あれは演技じゃない。
本物の、愛情だった。
敵か味方か、まだ判断がつかない。
厄介なタイプだ。
村人たちが散っていく。
遺体は「清める」という名目で運び出されていった。
証拠隠滅に近いが、まあ画像データは確保したからいいだろう。
残されたのは、僕と紗夜だけ。
「……レン様」
紗夜が申し訳なさそうに眉を寄せる。
「ごめんなさい。村の人たちは、悪人ではないのです。ただ、恐れているだけで」
「知ってるよ。恐怖は知性を麻痺させる最強の麻酔だからね」
僕は三脚を畳み、バックパックを背負い直した。
さて、第一ラウンドは終了。
敵(村人)の敵意はMAX。
村長の監視付き。
味方はゼロ。
最高のクソゲー環境だ。
「紗夜ちゃん。君に頼みがある」
「はい? 私にできることでしたら」
「君、暇でしょ?」
「ひ、暇……? まあ、神垣の務め以外は、基本的にはお社に籠もっておりますが」
「よし、採用」
僕は予備のスマホ(配信用サブ端末)を取り出し、彼女に放り投げた。
紗夜は慌ててそれを両手で受け止める。
壊れ物を扱うように、おっかなびっくり持っているのが微笑ましい。
「今日から君は、僕の助手だ」
「じょ、助手?」
「そう。カメラ持ち兼、現地ガイド。僕一人じゃトイレの場所もわからないからね」
というのは建前だ。
本音は、彼女を「監視下」に置くため。
彼女の体には、いつ「嘘の痣」が出るかわからない。
村長の言う通りなら、彼女が次に狙われる可能性が高い。
だったら、僕の視界の中に置いておくのが一番安全だ。
「嫌なら断ってもいいけど?」
「や、やります!」
紗夜は食い気味に答えた。
その瞳が、キラキラと輝いている。
「私、やってみたいです! その……カガク捜査? というのを! レン様のお役に立ちたいです!」
チョロい。
いや、純粋すぎる。
こんな無防備な神様が、よく今まで生きてこられたものだ。
「よし。じゃあ契約成立だ。……まずは、この村で『毒』になりそうな植物を探そうか」
「植物、ですか?」
「ああ。源次郎を殺したアレルゲン。おそらく、この村特有のものだ。心当たりは?」
紗夜は少し考え込み、そして北の山を指差した。
「……『鬼灯』なら。村では不吉な花とされていますが」
「鬼灯?」
「はい。『嘘吐き鬼灯』と呼ばれる、黒い実をつける花が自生しています。……触れると、皮膚が爛れると言われていますが」
ビンゴ。
嘘吐き鬼灯。
なんて素敵なネーミングだ。
いかにもミステリの小道具って感じがする。
「案内してくれ。——さあ、神殺しの第二幕(Aパート)といこうか」




