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006_第1章(4):村人との対峙

「おい、待て! 何をしている!」



 怒号が飛んだ。


 声の主は、三十代半ばくらいの男だ。


 日に焼けた肌に、筋肉質の体躯。


 村の自警団といったところか。


 手にはくわではなく、先端の尖った鳶口とびぐちを持っているあたりが殺る気満々で好感が持てる。



「そこは神域だぞ! けがれた余所者が近づいていい場所じゃない!」


「穢れ? ああ、確かにこの蔵の中はバイオハザード一歩手前ですね。マスクなしで入るのは推奨しません」



 僕はハンカチで口元を覆いながら、男の威圧を柳のように受け流した。


 男は顔を真っ赤にして、僕の襟首を掴もうと手を伸ばしてくる。


 おっと、暴力はいけない。



「触らないほうがいいですよ。僕は今、全世界に向けて生配信中です。あなたのその鳶口も、人権を無視した恫喝も、すべてデジタルタトゥーとしてクラウドに刻まれる。……ほら、カメラに向かってピースくらいしたらどうです?」



 僕はスマホのレンズを男の鼻先に突きつけた。


 画面には『通報しました』『野蛮すぎ』『肖像権侵害で訴えるぞ(適当)』というコメントの弾幕。


 男は「な、なんだこれは!?」と狼狽し、後ずさる。


 文明の利器を知らない人間にとって、カメラのレンズは銃口よりも恐ろしい「未知の眼」だ。



「下がっていてください、富田とみたさん」



 凛とした声が場を制した。


 紗夜だ。


 彼女は一歩前に出ると、その華奢な体で僕と村人たちの間に割って入った。



「紗夜様……しかし、こやつは源次郎様の御遺体を!」


「この方は、私が招いた客人です。神罰の真偽を見極めるために」


「し、真偽などと! 見ればわかるでしょう! この痣、この密室! 源次郎様は嘘をつき、神の怒りに触れたのです!」



 富田と呼ばれた男が叫ぶ。


 周囲の村人たちも、「そうだ」「神罰だ」と同調する。


 集団心理。


 思考停止の同調圧力。


 やれやれ、これだから田舎(閉鎖コミュニティ)は嫌いだ。



「あのねえ、皆さん」



 僕はため息交じりに、遺体の腕を指差した。



「神様っていうのは、随分とセコい殺し方をするんですね。もっとこう、雷を落とすとか心臓を握り潰すとかできないんですか? わざわざ『ハチ毒』に似た成分を使って、アレルギー反応を起こさせるなんて」


「……あれるぎい?」



 紗夜が首を傾げる。


 可愛い。



「そう。医学用語で言うところの『アナフィラキシーショック』だ」



 僕はスマホの画面を操作し、検索結果の画像を紗夜に見せる。


 スズメバチに刺された患部や、重度のうるしかぶれの症例写真。


 源次郎の腕にある黒い痣と、酷似していた。



「人間の体はね、特定の異物——アレルゲンが体内に入ると、過剰な防衛反応を起こすことがある。呼吸困難、血圧低下、意識障害。そして、皮膚の壊死。……源次郎さんは何らかの方法で、このアレルゲンを摂取させられたんだ。おそらくは、食事か飲み物に混ぜてね」



「馬鹿な!」


 富田が吠える。


「源次郎様は昨晩、一人で晩酌をしておられた! 誰も部屋には入っていない! それに、蔵は内側から鍵がかかっていたのだぞ! 毒を盛る以前に、犯人はどうやって中に入り、どうやって出たというのだ!」



 密室のパラドックス。


 確かに、物理的に考えれば不可能だ。


 分厚い土壁。


 窓はない。


 唯一の扉は内側からかんぬきと南京錠で固められていた。


 犯人が透明人間か、あるいは壁抜けができる幽霊でない限り、この状況は作れない。



 ——普通なら、そこで思考停止する。


 だが、あいにく僕はミステリ読み(マニア)で、性格がねじ曲がっている。



「『不可能だから神の仕業』? 論理の飛躍もいいところだ。Q.E.D.が早すぎる」



 僕は地面に散らばった南京錠の破片を拾い上げた。


 古びた真鍮製の錠前。


 斧で叩き壊された断面は新しいが、シリンダー部分は錆びついている。



「密室トリックなんてものは、種を明かせば大抵がくだらないものさ。糸一本、氷のかけら一つで成立する。……あるいは」



 僕は意味深に言葉を切り、視線を村人たち全員に巡らせた。


 挑発するように、口角を上げる。



「——あるいは、『最初から密室なんてなかった』か、だ」



 空気が凍りついた。


 富田の顔色が土気色に変わる。



「き、貴様……我々が嘘をついていると言うのか!? この『嘘をつくと死ぬ村』で!?」


「さあね? でも、人間は神様じゃない。嘘くらいつくでしょう」


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