005_第1章(3):密室の死体
僕は配信中であることを一瞬忘れ、声を低くした。
「ああ。君の依頼通り、神殺しに来てやったよ。……で、まずは何から始めればいい? いきなり本殿にカチ込むか?」
「いいえ」
紗夜は首を横に振った。
そして、村の奥——鬱蒼とした杉林の向こうを指差した。
「まずは、見ていただきたいものがあります。……ちょうど今朝、『正直者』が一人、死んだところですから」
「……は?」
死んだ?
挨拶代わりの死体発見イベント発生ってことか?
RPGの導入だってもう少し手加減するぞ。
「案内します。ついてきてください。……ただし」
紗夜は唇に人差し指を当てて、悲しげに微笑んだ。
その仕草が、脳裏に焼き付いて離れないほど、美しく、そして不気味だった。
「この村では、決して嘘をついてはいけませんよ。レン様。——嘘をつくと、神様に食べられてしまいますから」
◇
案内されたのは、村の集落から少し離れた場所にある、重厚な土蔵だった。
周囲には既に数人の村人が集まっている。
彼らは一様に口を閉ざし、陰鬱な顔で地面を見つめている。
だが、その視線の先——蔵の入口には、明らかな異常があった。
分厚い木の扉が、半開きになっている。
そして足元には、叩き壊されたばかりの南京錠と、太い閂の破片が散らばっていた。
「……内側から、施錠されていたのです」
紗夜が、震える声で補足説明を入れる。
「朝、使用人が呼びに行っても返事がないため、村の衆が斧で扉を破りました。この蔵には窓もありません。……完全な、密室でした」
「なるほど。神様は壁抜けができるわけだ」
僕は皮肉をこぼしつつ、中を覗き込む。
強烈な異臭が鼻腔を殴りつける。
腐葉土と黴の下に、生き物が朽ちる時に放つあの甘ったるい腐敗臭——そして失禁によるアンモニア。
病院の集中治療室で嗅いだことのある、死に際の人体が発する「終わりの臭い」だ。
薄暗い蔵の中央に、一人の老人が倒れていた。
上質な紬の着物を乱し、苦悶の表情で絶命している。
村の長老衆の一人、源次郎だ。
村での発言権が強い、保守派の筆頭だと聞く。
「源次郎様……!」
一人の老婆が、地面に頭を擦り付けて泣き崩れている。
「ああ、なんてことだ……! あれほど信心深かった源次郎様までもが、隠れて不義理を働いていたとは……! 神罰だ、神罰じゃ……!」
僕は老婆の嘆きをBGMに、遺体を凝視した。
露出している老人の顔、首、そして腕。
その肌のすべてに、墨汁を筆で弾き飛ばしたような、無数の黒い痣が浮かび上がっていた。
『うわっ』
『グロ』
『密室殺人?』
『祟りじゃ〜っ』
『これマジで死んでる?』
コメント欄がざわつく。
僕はスマホのカメラをズームし、その痣と、破壊された扉の破片を画面に収める。
これが、「嘘をつくと現れる死の刻印」か。
そして、神のみが成し得る「密室殺人」。
なるほど、舞台装置としては悪くない。
初見ならビビる。
だが。
「……ふうん」
僕は鼻を鳴らした。
恐怖はなかった。
代わりに、脳内でパズルのピースが組み上がる音がした。
——喉を掻きむしる動作。
——呼吸困難によるチアノーゼ。
——そして、皮膚の粘膜に現れた特異な発疹。
なんだ。
神様なんて大層なもんが出てくるかと思ったら。
教科書通りの「症例」じゃないか。
「レン様?」
紗夜が不安そうに僕を見る。
「神罰を見て、恐ろしくないのですか?」
「恐ろしいね。人間の悪意ってやつが」
僕は短く吐き捨てると、一歩前に踏み出した。
村人たちの視線が一斉に突き刺さる。
「おい、よそ者! 何をする気だ!」
「入るな! 穢れるぞ!」
怒号を無視して、僕は遺体のそばにしゃがみ込んだ。
そして、スマホのマイクに向かって、講義を始める教授のように淡々と告げた。
「よく見ろ、リスナー諸君。そしてGoogle先生で検索だ。キーワードは『アナフィラキシーショック』、そして『接触性皮膚炎』」
僕は男の腕に浮いた黒い痣を指差した。
「これは呪いじゃない。ただのアレルギー反応だ。……誰かが意図的に、この男に『毒』を盛ったんだよ。神様の手を借りてね」




