003_第1章(1):夜籠村への到着
第1章:嘘つきの村、正直者の死体
日本の公共交通機関における到達難易度ランキングというものがあるのなら、この村は間違いなくSランクに位置するだろう。
新幹線で三時間、特急で二時間、そこから一日に二本しかないバスに揺られること一時間半。
三半規管がとろけたチーズのように平衡感覚を失い、お尻の肉が座席の振動でミンチになりかけた頃、ようやくバスのアナウンスが流れた。
『次は〜終点、夜籠〜。夜籠でございます〜』
運転手のやる気のない声と共に、バスが軋むような音を立てて停止する。
プシュー、という気の抜けた音と共にドアが開く。
僕は逃げるようにステップを降り、そして——絶句した。
「……うわあ」
第一声がこれだった。
語彙力が死滅している。
だが、弁解させてほしい。
目の前に広がる光景が、あまりにも「テンプレ通りの因習村」すぎて、逆にリアリティを欠いていたからだ。
視界を埋め尽くすのは、彩度を極端に落としたような緑と灰色。
山の斜面にへばりつくように点在する、朽ちかけた木造家屋たち。
屋根瓦は苔むし、壁は湿気で黒ずんでいる。
そして何より、臭い。
雨上がりのアスファルトの匂いじゃない。
腐った落ち葉と、滞留した水と、何か獣の脂が混ざり合ったような、鼻の粘膜にへばりつく有機的な悪臭。
僕はポケットからスマホを取り出す。
画面左上を見る。
アンテナ表示は『圏外』。
知ってた。
文明社会からの切断。
デジタル・デトックスなんてお洒落な言葉じゃ飾れない、ただの隔絶だ。
「さて、と」
感傷に浸っている暇はない。
僕はバックパックを地面に下ろすと、手際よく荷解きを始めた。
取り出したのは、折りたたみ式の三脚と、パラボラアンテナに似た形状の衛星通信ユニット『スターリンク』。
それから二〇〇〇〇mAhの大容量モバイルバッテリー二個。
配信者にとってバッテリー切れは死を意味する——比喩じゃなく、今回みたいな秘境では文字通り。
イーロン・マスクの遺産が、この秘境にネットの福音をもたらすわけだ。
電源オン。
仰角調整。
衛星捕捉完了。
スマホのアンテナが四本立つ。
文明の勝利だ。
「——テスト、テスト。聞こえるか、画面の向こうの暇人諸君」
僕はスマホをジンバル(手ブレ補正機)に装着し、配信アプリを起動した。
平日の昼間だというのに、通知を受け取ったコアなファンたちが、わらわらと集まってくる。
同接五〇〇人からスタート。
『うっす』
『どこここ?』
『背景がホラーゲームなんよ』
『レンきゅん、また変なとこ行ってる』
『後ろの家、人いる?』
「ここは四国の山奥、夜籠村。地図から消された場所だよ。今日はここから、ある『実験』をお届けする」
僕はカメラに向かってウィンクする。
その時だった。
「……何をしているのですか?」
鈴を転がしたような、という形容表現があるけれど、それは正確じゃない。
もっと湿度を含んだ、夜露に濡れた花弁のような声が、背後からした。
僕は振り返る。
そして、二度目の絶句をした。
今度は、息を呑むという意味で。




