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001_序章(前編):神の不在証明

結論から言おう。


 この世に幽霊なんてものは存在しないし、神様もいない。


 ついでに言うなら、超能力も、生まれ変わりも、運命の赤い糸も存在しない。


 あるのは物理法則フィジックスと、確率統計と、脳の電気信号のエラー(バグ)。


 そして——それらを利用して小銭を稼ぐ、詐欺師と馬鹿だけだ。


 ……なんてことを、地下室に放置された段ボールのような——湿って発酵しかけた埃の臭いが充満する廃墟の真ん中で独りごちるのは、我ながらどうかと思うけれど。



「——というわけで。聞こえてるかな、画面の向こうの共犯者諸君」


 僕は手元のスマートフォンに向かって、作り笑顔を向けた。


 画面の右端を、滝のような勢いで文字列が流れていく。



『聞こえてるぞー』


『レンきゅん、後ろ! 後ろ!』


『今の物音マジでヤバくね?』


『画質良すぎて廃墟のシミが顔に見えるわ』


『草』



 同時接続者数、三万二千人。


 金曜日の深夜二時だというのに、日本にはこれだけの数の暇人がいるわけだ。


 素晴らしいね。


 彼らは「恐怖」を見に来ているんじゃない。


 僕が恐怖を「殺す」ところを見に来ている。


 場所は都内某所、通称『Kビル』。


 過去にオーナーが謎の失踪を遂げ、それ以来「夜な夜なオーナーの霊が徘徊する」と噂される、一等地の心霊スポットだ。


 もっとも、そのオーナーは単に借金取りから逃げてフィリピンで悠々自適に暮らしていることが先週の週刊誌ですっぱ抜かれているわけだけれど。


 人間というのは、真実よりも「面白い嘘」を好む生き物らしい。



「さて、本日のゲストを紹介しよう。このKビルに巣食う悪霊を退治するために呼ばれた、霊能力者の——ええと、誰だっけ」


「……貴様、無礼だぞ! 私は『天眼通てんげんつう』の能力を持つ、道明寺どうみょうじだ!」


 懐中電灯の先で、白装束を着たおっさんが顔を真っ赤にして怒鳴った。


 道明寺センセイ(自称)。


 SNSで「遠隔除霊」と称してAmazonギフト券を巻き上げている、最近流行りの霊感商法おじさんだ。


 今日の企画はシンプル。


 このおっさんが「霊がいる」と主張する現象を、僕がその場で科学的に論破ロンパし、警察に通報するまでのRTAリアルタイムアタック



「ああ、そうでした。道明寺先生。それで? 霊はどこに?」


「感じる……! この部屋だ! 空気が重いだろう? これは霊圧によるものだ!」


 センセイが大仰に手を広げる。


 コメント欄が『出たwww霊圧www』『BLEACHかな?』と盛り上がる。


 僕はため息を噛み殺し、手元の測定器をカメラに向けた。



「残念ですがセンセイ。空気が重いのは霊圧じゃなくて、二酸化炭素濃度のせいです。この部屋、換気が悪すぎて濃度が三〇〇〇ppmを超えてるんですよ。頭痛や吐き気がするのはそのせい。あと、さっきから聞こえる『ラップ音』の正体はこれ」


 僕は廃材の山を蹴り飛ばした。


 ガサガサ、と黒い影が走る。



「熱膨張で軋む鉄骨と、あと巨大なドブネズミですね。さっきサーモグラフィで体温ヒートサインを確認しました。結構カワイイ顔してましたよ」


「な、なにを……! 貴様ごときに何がわかる! 私には見えるのだ、オーナーの無念の顔が!」


「フィリピンでゴルフ焼けした笑顔が見えるんですか? それはすごい」



 僕は一歩踏み出す。


 センセイがたじろぐ。


 怪異というのものは、正体を暴かれると死ぬ。


 正体不明アンノウンであることにしか価値がないからだ。


 だから、僕はただ事実ファクトという名のライトを当てるだけでいい。



「あんたがやっているのは除霊じゃない。ただのコールド・リーディングと、物理現象への無知を利用した詐欺だ。——Q.E.D.(証明終了)。証明終わり。閉廷。帰ってハロワに行け」



 その時だった。


 センセイが逆上し、懐からサバイバルナイフを取り出したのは。



『え』


『ナイフ!?』


『逃げろレン!』


『警察呼べ警察!』



 コメント欄が悲鳴で埋まる。


 センセイは泡を吹かんばかりの形相で、僕に突進してくる。



「き、貴様ァァァ! 営業妨害で訴えてやる! いや死ね! 祟り殺してやる!」



 やれやれ。


 幽霊よりも、生活に困窮した人間の方がよっぽど殺意が高いというのは、笑えないジョークだ。


 僕は冷静に、スマホのカメラアングルを固定した。


 ナイフが振り下ろされる。


 僕はそれを——


 半歩、左に避けた。


 それだけ。


 勢い余ったセンセイは、そのまま腐りかけた床板に足を取られ、派手な音を立てて転倒した。


 自分の体重で顔面を強打し、気絶する。


 コントかよ。



「……はい、確保。警察には通報済みですのでご安心を」


 僕は気絶したセンセイと、その横に転がったナイフを映し、Vサインを作る。



『強すぎワロタ』


『回避行動に迷いがない』


『神回』


『ナイフ持った相手に煽りすぎだろ』



「ご心配どうも。まあ、物理法則フィジックスはいつだって僕の味方だからね」


 サイレンの音が近づいてくる。


 いつもの「お仕事」の終わりだ。


 高揚感はない。


 あるのは、炭酸が抜けたコーラみたいな、生ぬるい倦怠感だけ。


 結局、今日もいなかった。


 僕の理屈を跳ね返すような、理解不能な「本物」は。


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