第五話 終話
ハーツは走る。できる限り、敵からの射線を意識して。
「本丸が動いた。こっちを狙ってる」
『どうやらハーツが要だと気づいたようだ。いけるか?』
「やる。勝つ」
観測は戻った。もう震えていない。
課せられた責任の重さが、逆にハーツを押し上げた。
やられたほうが負け。お互い部隊の命を握っている。それが、ハーツの観測者として出した答えだった。
『了解、幸運を』
フラッグの激励は珍しいことだった。それほど重要な盤面であることを示唆していた。
その期待がハーツを動かす。
瓦礫を乗り越える。その後を追撃するように銃弾が跳ねた。
粉砕した瓦礫を見ると、一撃の威力が高いのがわかる。
相手の追撃には間があった。これは、ボルトアクションを使う者の一呼吸だ。セミオートだけならば、もう少し詰めて撃ってくる。
つまり相手は、ハーツと同じ銃を好む。系統は完全に同一だった。
少なくとも彼女と同じ領域に立つ“化け物”だ。
恐ろしくはあった。だが──それ以上に胸の奥が熱くなる。
自分を兵士まで落とす相手だと思うと、自然と笑みもこぼれてくる。
「敵の狙撃手だ!」
「止めろ!」
敵影が取り囲むようにして現れた。明らかに、ハーツを脅威とみなして統率している流れが見える。
右太腿のナイフを引き抜く。そのまま先頭に向かって投げつける。
「うぐっ!」
喉元に深く刺さり、前のめりになって倒れた。直後、風の動きが変わる。
一斉射。殺意のこもった弾丸たちは、ハーツ目掛けて放たれた。
身を隠した瓦礫が、弾丸によって削られていく。
小さく息を吐いた。狙撃銃を両腕に抱え、息を整える。
いつまでもここに隠れてはいられない。不穏な気配が続いている。
きっと相手の狙撃手は、こちらを見ている。隙を少しでも晒したら、急所を撃たれる。
ここは少し無理矢理でも通るしかない。
フラッシュバンで敵たちの視界を遮り、その間に通るプランだ。
その際はきっと相手は銃を乱射する。致命傷を負わなくても、何発か受けるかもしれない。
大丈夫と覚悟を決めた。その時だった──
「オラオラ! 邪魔だてめぇら!」
表通りで戦っていたはずのブリッジの声が響く。彼の登場によって、敵側が浮足立った。
「フラッグからの指示だ! 突っ走れ、ハーツ!」
頷き、胸の奥が一瞬だけ軽くなる。
ブリッジの声に押されるように、瓦礫の影から飛び出した。
「ブリッジ、しゃがんで!」
「おうよ!」
ハーツらしからぬ大声に、ブリッジは即座に反応した。
しゃがむブリッジと、走るハーツの間を銃弾が飛ぶ。甲高い音が空間を引き裂き、瓦礫を破砕させた。
きっとこの一撃でハーツかブリッジを仕留めるつもりだったのだろう。
明らかに相手の狙撃手から吹いてくる風が焦っていた。
そのことが今まさに、ハーツが上回りつつあることの証明だった。
「必ず仕留める。援護は任せる」
「もちろんだ!」
ブリッジの返事を待たずに、ハーツは狙撃銃を抱えて走っていた。いつも以上に体が軽い。
仲間たちの信頼が背中を押してくれていると、直感で分かった。
──十時方向。二百メートル。黒いベレー帽。
──観測手はいない。周囲には味方はいない。
──手持ちはボルトアクションの狙撃銃。正確に狙って撃つタイプ。
──通信ヘッドセットでやり取り。指示系統も兼任。
──この隊の頭。兵士たちは、彼の指示で隊列を組んでいる。
──同時に敵勢力の最高戦力。きっと規格外の腕。
──だから、私を仕留められなかったことに焦りを抱いている。
──相手は射撃の腕には絶対の自信があった。対狙撃兵では、負けたことがない。
──つまり、最初から一撃離脱を想定していなかった。
──結果、逃げるのが三手遅れた。
ハーツは動きを止める。照準器を覗き込み、相手を捉えた。
「あなたは──自分が勝つための狙撃手」
引き金に指をかける。呼吸を整える。
「私は────」
引いた。戦場の音をすべてかき消す銃声が響き渡った。
風を裂き、流れを止める。揺れていた銀色の髪は、静止する。
「──皆を勝たせる狙撃手」
すべての音が消えた。まるで平穏を取り戻したかのように、風が凪いだ。
※※※※※※※※※※
穏やかな朝がまたやってくる。布団の温もりを、爽やかな風が取り払う。
ハーツは体を起こして伸びをした。大きく欠伸をする。
今日も生きてる、いつも通り。
外から聞こえてくるのは、活気が満ちつつある集落の音。
ベッドから這い出て、洗面台に向かう。鏡に映る自身の目は、やはり片方は薄くなっていた。
変わらない身長にちょっとムッとしつつも、歯を磨く。
「おはよう……ハーツ」
欠伸をしながらロードが起きてきた。いつものようにボサボサの頭に、だらしなくお腹をかいている。
ハーツの持っていない体型美に目がいきそうになったところを、頭を振って堪えた。
「どした?」
「何でもない。おはよう」
短く答えて、薄い笑みを作る。
もう一度言う。ハーツは今日も生きている。
読んでくださってありがとうございました。
次の作品は、2週間後の金曜日22時に投稿予定です。
今度は “臆病な吸血鬼の少女” のお話になります。
またふらりと覗きに来てもらえたら嬉しいです。




