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第四話

 いつも移動に使っているトラックが、勝手に自走している。

 ハーツはそれを観ながら、静かに瓦礫に身を隠す。


『これ、注意を引くくらいにしかならないからねハーツ』

「大丈夫」


 ロードの通信を聞きながら、ハーツはトラックの振動を体全体で感じる。


 ハーツは先行して、敵の潜んでいる廃都市に踏み入れた。敵に見つからないように、風の音に従って侵入する。

 おかげでこちらに注目している人間はいない。


 逆にロードが無線で操るトラックには多数の人間が注目していた。息を潜めているが、風に歪みを作っている。明らかな不純物に、動揺しているのが分かる。


『それで、どう見る?』


 フラッグの無線に少し考える。


「休んでる。多分、警らとの戦いで一定以上の打撃を受けた」

『見込み通りか。やはり、練度は訓練された兵士並み。練度よりも数で押してきた』

「それで合ってると思う」


 二脚で固定し、トラックの振動を意識しながら周囲を観察する。

 風が隙間を通るような音が響き渡る。それに乗って呼吸音も聞こえてくる。


『だったら、突撃したほうが早くねぇか?』

『馬鹿。何聞いてたのよ。あんたでさえ、数で押されたら手も足も出ないでしょ。阿呆』

『その、罵声で言葉を挟むのやめてくれませんかね?』


 二人の緊張感のないやり取りはいつも通りだ。しかし、それはどこか緊張を和らげようとする裏返しにもハーツは聞こえた。


 トラックの振動はそのまま進んでいく。

 曲がり角に達しようとしたときだ。風向きが変わった。

 爆発、炎上。誰かが我慢できずに、攻撃を仕掛けた。


『トラックの信号ロスト。そっちはどう?』


 ロードの言葉に、目を凝らす。酷使して薄くなった右目が、異様な光を帯びた。


「数人の黒い戦闘服の人間が出てきた。だけど、全員じゃない」

『指揮系統は、別地点か。彼らの呼吸を見出せるか?』

「できる」


 フラッグの応答を待たずして、引き金に指をかけた。

 照準器で拡大された視界の先に、トラックのことを確認している兵士たちがいる。


 呼吸を整える。頬で風を感じる。耳元に届くのは、自分の鼓動の音。


 発砲。人間一人の急所へ確実に命中した。

 トラックに集まっていた兵士たちは、慌てて身を隠す。


 ふと、風の流れが変わる。危険と感じた時には、身を翻していた。


「……っ!」


 ハーツの肩に銃弾がかする。遅れて発砲音が聞こえる。


『どうした?』


 フラッグの問いに、ハーツは持っていたガーゼで肩を抑えながら応えた。


「一人だけ、高練度の狙撃手。多分、本丸」

『そいつの相手は任せる。他の敵は俺たち三人で引きつける』

「分かった」


 移動を開始するとき、『やってやるぜぇ!』というブリッジの大きな声が聞こえた。



※※※※※※※※※※



 遠くから聞こえるのは、銃撃音。今回はブリッジだけでなく、残りの二人も応戦している。だからかいつもよりも音の重なりが大きい。

 なのに、ハーツの周りだけは妙な静けさがあった。怪物の喉元に入り込んでしまったかのような緊張感。それがつむじ風となってハーツを取り囲んでいる。


 肩の痛みが鼓動に合わせて脈を打っている。ハーツにとって、銃弾を躱し損ねるなんて初めての出来事だ。

 いつもは頼もしい相棒に感じた狙撃銃がどこか心許なく感じる。


 廃ビルの中は異様に静かで、冷えた空気が辺りを包む。敵の気配は感じるのに、どこに潜んでいるかも分からない。

 ハーツの呼吸は自然と大きくなる。つばを飲み込んで、やっと冷静さを戻した。


 身を隠し、目を閉じる。音の反響と人間が動いたときの空気の動きを感じる。外の戦いに気を取られる人間が少なくとも二人いる。


「違う」


 敵の存在を確認しつつも、ハーツは静かに否定した。

 相手は確実にこちらを見つけていた。つまり、ハーツの姿が分かっているはずだ。だからこそ、“外の戦いに気を取られる”なんてことは起こるはずがない。


 しかし、角度的に仲間たちの死角に陣取っていることも確かだ。ハーツ的には放っておくことはできない。


「こちらハーツ。西側、建物内で敵二名を対処する」

『分かった。気をつけろ』


 銃撃戦に混じったフラッグの声を聞いて息をついた。


 “気をつけろ”。彼の口からその言葉を聞いたのは初めてだ。それが、今の時点の異常さを示している。

 手が震える。俯瞰して見ていた場所から、引きずり降ろされたような錯覚を覚えた。


 崩れかけた階段を登る。足音は、できる限り立てないように心がけた。


 ハーツの予想通り、二人の敵がそこにはいた。崩れかけた壁から覗き込み、射撃のタイミングを伺っている。


 呼吸を整える。静かに狙撃銃を構えて、頭に銃口を向ける。

 敵との距離の近さにより、照準器は覗き込まない。


 引金に指をかけた。銃口が、ハーツの呼吸よりも揺れていた。そこで自分がいつも以上に緊張しているのだと気がついた。

 照準器越しと肉眼の違いがここまであるとは思わなかった。ブリッジはいつもこんな緊張感の中で戦っていたのだろうか。


 落ち着けと、言い聞かせる。風はハーツを裏切ってはいない。


 引き金を引いた。反動が肩を突き抜ける。

 冷えた空気を破り、弾丸が跳ぶ。


 寸分狂うことなく、後頭部に当たる。血が飛び散り、兵士は倒れた。その光景に、ハーツの鼓動は早くなる。


 風向きが変わった。もう一人の敵がこちらの存在に気がついた。彼は振り向きざまに突撃銃を撃つ。

 いくつもの弾丸が壁に穴を開けていた。


 ハーツは咄嗟に身を屈めながら、後ろ腰のポーチからフラッシュバンを取り出す。

 ピンを抜いて、投げた。


 強烈な光が辺りを包む。目を逸らし場所を移動していたハーツでさえ白むほどに。

 ましてや直接目に受けた相手は一溜まりもないだろう。現に、短い悲鳴のようなものが聞こえた。晴れた視界の先では、目を覆っている。


 角度を変えた場所から狙撃銃を構える。

 瞬間、風の観測が少しズレた。


 敵がこちらを見ている。その目は酷く汚れて、それでいて何か意志を感じさせる。


 銃口を少しズレた位置に向ける。同時に引き金を引いた。

 発砲音とともに、相手は動く。その動きの先に置くように、ハーツの銃弾は跳んだ。


 敵の肩部分に当たる。血が弾け、体が吹っ飛んだ。


「……っ!」


 ハーツの観測がズレていた。そのことに、彼女は歯噛みする。

 相手を一撃で仕留める覚悟だった。しかし、命までは奪えなかった。そのことが、自分は戦いの場に引きずり降ろされたことを意味していた。


 血溜まりの中に沈む敵を目にする。彼の呼吸は浅く、切れ切れだ。それでも瞳はこっちを向いている。

 濁った瞳が、「ほら殺せよ」と告げているような気がした。


 震える手で、拳銃を取り出した。彼に近づき、頭を狙う。

 軽い銃声が響く。濁った瞳から光が消えたのを確認して、大きく息を吐いた。

 力が抜けるように、その場で座る。


『ハーツ、無事か?』


 無線で聞こえるフラッグの声が、ハーツを現実に引き戻した。銃撃音の中にも混じった心配そうな声音が胸の奥に刺さる。

 

「無事」


 いつものように淡々と答えたつもりだった。しかし、声が震えている。

 この戦いで観測者として優秀な自分が、兵士としては半人前だと知らされたのだから。


『……無事なら良い』


 フラッグの言葉の間は、何を考えていたのだろうか。撤退させるのも検討したのだろうか。

 仲間に心配させてはダメだと、足に力を入れて立ち上がる。


 瞬間、風が止まった。

 

 呼吸ができないほどの圧迫感に、思わず体を転がす。


 銃弾が光線のように過った。あと数コンマ行動が遅かったらハーツは死んでいた。


 ハーツを兵士に落とした相手に観測された。その事実が、彼女の熱を戻す。

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