第三話
「一体全体どういうことだよ!」
戦術テント内に響き渡るのはブリッジの声。彼は自分の感情を出すように机を叩きつける。
「落ち着きなさい。ブリッジ」
一方のロードの呼吸はいつも通り。緑色のキャップ帽を被り直し、呼吸を整えていた。
「落ち着けるか! 服毒自殺って、それはもう倫理どころの話じゃねぇだろ!」
「でも、理に適ってはいるわ。情報をこちらに渡さない一手としては、最良。それだけ、今までとは相手の格が違うってことよ」
二人の呼吸のぶつかり合いを、ハーツは端っこで聞き流していた。壊れたヘッドホンを首にかけて、大きく息を吐く。
戦術で人が死ぬことは常である。そのことに関しては、ハーツ自身は何も思わない。しかし、仲間のためにというところは少し思うところはある。
「状況だけ言う」
二人の言い争いに終止符を打ったのは、フラッグの冷静な言葉だった。
腕を組み、顎に指を当てて立つ彼に視線が集まる。
「服毒した敵のことを差し引いて、さらにまずいことになった」
いつもなら要点を先にいうフラッグにしては、煮え切らない始め方だ。
「何だよ? 何が起きたってんだ!?」
ブリッジもそれを感じ取ったのか、言葉の端々に焦りが見える。
「五小隊の警らのうち、四小隊が全滅。一小隊の中の二人がギリギリ生還。相手を押し返すことはできたが、またすぐにでもやってくるだそうだ……」
「何でそれを早く言わなかった……?」
「やめなさい、ブリッジ」
「いいや、やめないね!」
ロードの制止を振り切って、ブリッジはフラッグの胸ぐらをつかむ。
彼女も本気で止めないあたり、どこか思うところがあったのだろう。
テントは険悪のムードが満ちる。その中でも、ハーツは淡々と装備を整える。
後ろ腰につけているポーチの中のフラッシュバンの整備。両太ももにつけているナイフを取り出して確認。切り抜ける用の拳銃を取り出して、最低限の確認。
三人の温度とは反対に、淡々とこなす。
「これを皆に報せたところで、どうなった? ブリッジ、お前でさえ感情的になっているんだぞ?」
そうなれば、集落中がパニックになることは見て取れた。
その光景が浮かんだからこそ、ブリッジはフラッグの胸ぐらから手を離した。
舌打ちをして、パイプ椅子に勢いよく腰掛ける。腕を組んで貧乏ゆすりをするさまは、消化しきれない怒りが見える。
フラッグは掴まれた場所を整える。いつものマスクで表情は見えないが、呼吸の微々たる揺らぎに彼の焦りが見えた。
ロードは大きくため息をついた。俯き、机の上に周辺地図を見ながらそれでと続きを促す。
「結論から言おう。相手は今までよりも明らかに格が違う。しかし、正規軍ほどの練度はない」
フラッグは正規軍下りだ。もう十年以上も前の話になるらしい。
そのときのハーツは幼く、別の場所で師匠から戦い方を教わっていた。だから、正規軍のことはあまり知らない。
彼女の装備メンテナンスの手が初めて止まった。静かに立つフラッグの方へ視線を向ける。
「非情さはあるが、慎重さが伺えない。何も生きてるものに吐かせるだけが、情報戦の要じゃない」
話題に上がったのは、ハーツが倒した二人の斥候のことだ。
「使い捨ての前提の突撃部隊は、明らかに支給されていた装備も最弱だった。しかし、この二人は違う。銃、身につけている装備など市場のものをさらに独自に改良したものだ。ハーツ、この狙撃銃はどう思う?」
机の上に置かれた狙撃銃を覗き見る。
「使いやすさが改良されてる。でも、これは“誰もが安易に使えるように”改良されたもの」
例えばハーツの持つ狙撃銃は照準器は八倍で固定されている。これは拡大率を可変式にすると、情報過多によって一手遅れかねない。
他にも反動は抑制されていないし、消音器などは敢えて取り付けていない。ハーツ自身の腕が狂うからだ。
このようにハーツたち四人の装備は、それぞれが使いやすく個人的にカスタムをしている。しかし、相手は使いやすさ一手を取っている。
「相手の練度はそれなりにある。だけど、それなりで止まっている」
フラッグは語る。
「そして、捕まれば死ねと命令する奴らだ。連携もそこそこで止まっている」
事実、斥候の襲撃から本隊はすぐに行動に映さなかった。せっかく集落を襲う隙があるというのにだ。
「南方の集落を壊滅させたのは、こいつらに違いない。しかし、あそこには熟練者はいてもオレたち四人のような異常者はいなかった」
ハーツの異常な察知力。ブリッジの異常な生存力。ロードの異常な冷静分析力。そして、フラッグの異常な俯瞰視点による戦略解析。
相手の誤算はまさしくこの四人がいることだろう。
静かになったテント内で、フラッグは続ける。
「ここまで分析できたのは、やはり敵が装備を残してくれたことがでかい。──ブリッジお前なら、仲間のためにどうする?」
「んあ? ロードに装備ごと爆破してもらう」
「ロードはするか?」
「もちろん、するわ」
二人の回答は、先ほどまで服毒で争っていたものの温度とはまるで違う。
敵は、情報を渡さないためだけに、兵士を使い捨てにした。
こちらは、仲間のために存在ごと消える覚悟を持っている。
その差異はきっととてつもなく大きなものだ。
「そして最も大きな過ちは、自分たちを立て直すために続けて攻めてこなかったこと」
フラッグは、電撃戦を要においている。これは、相手に考える余地を与えないためだ。
「防衛戦では、撤退も視野に入れていい。いや、入れるべきだ。長引かせるほど、攻めにくくなるからな。逆に攻撃側は早期決着が望ましい。できなければ撤退判断だ」
奴らはそこを見誤った。
巡回の兵士たちを倒しただけで、戦力の全貌を図れたと勘違いをした。
「相手は非情さを盾に取っているが、戦術面では穴がありすぎる。……そして、皆に問いたのだが」
彼が一拍を置いた。
三人の視線が、一気にフラッグへと集まる。
「迎撃戦、やるか?」
ブリッジが「もちろんだ」と勇ましく答える。ロードが「えぇ」と冷静に答えた。
ハーツは無言で頷いた。
「それじゃあ作戦は、相手の指揮系統に打撃を与えること。撤退を始めたら、追撃はしないこと」
そして、一段階低い声でフラッグは続けた。
「──俺たちが要だ。脅威が去るまでは撤退はできん」




