第一話
世界は死んだ。それは揺るぎない事実で、何で死んだかもすでに曖昧。
戦争、災害、凶作、太陽の異常活動。理由は何でもある。だけど、その理由は今を生きる人にとっては意味のないものだ。
『ハーツ、おい、ハーツ? そっちはどうなった?』
耳のイヤホンから聞こえる男の声に、ハーツは少し息をついた。小柄な体を物陰に隠すように小さくなり、二脚で重心を固めたボルトアクション方式の狙撃銃を握っている。
銀色のショートヘアーが風に合わせて揺れる。八倍倍率の照準器を覗き、風に合わせるように呼吸を整えた。
「問題ない。進路上には、敵影なし。風も変わってない」
『コピー!』
拡大された視界の先で、都市が作り出した瓦礫の影から一人の男が飛び出した。
彼は軽装でヘルメットをつけていない。手には軽機関銃を握り、瓦礫を軽やかに進んでいく。
数秒後、四方八方から銃撃を受けていた。
『うわ、ちょ! 問題ないって言ったよな!?』
「ブリッジの実力なら、その程度の相手無問題」
『それは、信頼って言わねーぞ!』
無線の先では、連続した銃撃音が続いている。
男──ブリッジは軽口を言いながらも、応戦していた。
『それで本当に対応するあたり……異常だわお前』
今度は呆れた女性の声が割って入る。
『うっせぇロード! 支援を回せ!』
『私が出るまでもないでしょう? ハーツがいる』
くっそぉだの、やろうだのとうるさいブリッジを無視して、視線を上げた。
距離、三百メートル先、大通りの曲がり角に建ってる建物。半分崩れかけたそこには、異様な風の渦を感じる。
『ハーツ、狙撃手がいたか?』
冷静な男の声が聞こえてくる。この四人組を纏めるフラッグのものだ。
「いた。丸見え」
『対処は?』
「できる」
彼女の髪を揺らす風が、向きを変える。追い風は、銃弾を乗せて相手のもとに運ぶ。
引き金に指をかける。呼吸を止める。照準器の先の狙撃手は、ブリッジに気を取られてこちらの気配には気づいていない。
当てれる。そう思った時には、引き金を引いていた。銃弾は空気を裂いて飛ぶ。
ハーツが排出した空薬莢が、地面に当たって甲高い音を鳴らしていた。
「命中」
『よくやったハーツ』
フラッグの褒め言葉も半ばに、ハーツは立ち上がった。
「移動する」
『おい、ハーツ! 移動する前に援護してくれ!』
『何言ってんのよ? ハーツは生命線なんだから、一撃離脱が当たり前でしょ?』
呆れたロードの声と、ブリッジ側の銃声が重なった。
『こっちは一撃離脱どころか、四方八方から狙われてるんですが!?』
それでも途切れない音が、ブリッジの生存力の高さを示していた。
ハーツはブリッジが死ぬ未来など観測していない。
『ブリッジ、頑張れよ』
『フラッグまで!?』
そんな軽口を聞き流しながら、狙撃銃を抱え直す。壊れたヘッドホンを首にかけて、瓦礫から身を下ろす。
冷静に、迅速にその場から離れる。そして、一秒でも早く安全を確保する。
敵から身を晒さないように気を付けながら、次の狙撃ポイントへと向かった。
銃撃音が止んだ。一瞬の静寂が辺りを包む。
ハーツは配置につくと、その場で腹這いになる。二脚を立て、狙撃銃を固定する。
『たく、コイツらどこから湧いてくんだ? 毎日毎日』
遅れて、ブリッジの声が入った。あれだけ暴れたというのに、息一つ切らしていない。
『南の集落は全滅したって話よ』
『うげ、マジかよ。南って言ったら、精鋭がそろってただろ?』
自分の身は自分で守る世界。それでも手の届かない部分は互いに手を取り合って補っていく。
そんな世界でも、人のものを横取りする人間はいる。
ハーツはそんな人たちに対して、つまらないという評価を下す。
風の流れのように変わるから楽しいのだ。それを壊してしまったら、自分の楽しみもなくなってしまう。
『ハーツ、他に敵影はあるか?』
フラッグの声に反応して、目を閉じる。
少し集中して感覚を研ぎ澄ませてから、目を開けた。
「今のところはない。けど、不穏」
彼女の答えに、フラッグは舌打ちをする。
『完全に使い捨ての斥候だな』
『使い捨てを何日も続けて送ってくるってぇーのか?』
『人海戦術。戦争の基本ね』
ロードの言葉に、ブリッジはため息を漏らした。
『人は資本だろうがよぉ』
『資本だからこそよ』
二人のやりとりのあと一拍を置いてから、フラッグが口を開く。
『ブリッジ、戻ってこい。ハーツも安全を確保した後、離脱するように』
「了解」
頬を触る風が、向きを変えた。
思わず立ち止まって、眉毛を寄せる。
風は嫌い。いつも、嫌なものを運んで来るから。
※※※※※※※※※※
世界が死んだからこそ、人々は協力することを覚えた。役割をいくつにも細分化し、社会構造を新たに作り上げる。
トラックの荷台で、揺れに合わせてハーツの身体が動く。狙撃銃を肩にもたれかけ、倒れないように重心を固定する。
「んで、これからどーすんだ?」
口を開いたのは、ブリッジだった。黒髪短髪の快活そうな男だ。碧色の瞳には、揺るぎない光が宿っている。
斥候を担う割にヘルメットを着用しないのは、視界が削がれるのが嫌だかららしい。
「取り敢えず上と協議だな。奴らの出どころも突き止めないとならん」
応えたのは、ハーツの隣に座る少し大柄な男。こちらはフルフェイスのマスクにサングラスをしているため、表情はわからない。ブリッジ曰く、意外と優しい顔つきをしているらしい。
『南のほうから流れて来てるって見立てね』
会話の輪に通信で入ってきたのは、運転席に座るロードだった。
支援兵の彼女は、基本的に裏方に徹してくれる。
「南ってぇと、やっぱり集落壊滅と関係あるか?」
『多分ね』
二人の会話を聞いていたフラッグは、顎に手を添えた。彼が何か考えているときの癖だ。
「略奪者の一団が、本格的に流れてきたって考えたほうが良いな」
彼が大きなため息をつく。フラッグの立場からしたら、頭の痛い話どころではないだろう。
「ハーツの見立てでは敵の実力はどれくらいだ?」
「民兵程度。ブリッジがやられてないのがその証拠」
「……おい」
ブリッジがこちらを睨んでくるが、無視して狙撃銃に視線を落とす。
ボルトレバーを引き、動きに問題ないかを確認する。
「そうなると、南の集落が壊滅した理由が説明つかん」
そのフラッグの心配は最もだろう。
ハーツ自身も不穏な風を感じている。こういうときはいつも大きな衝突があるものだ。
『着いたわよ』
ロードの通信で顔を上げる。
大きな鉄扉があり、中から人の声が聞こえてくる。
徐々に開いていくと同時に、暖かな呼吸のような風を感じることができた。
不穏さを掻き消すような安堵感に、ハーツはほんの少し息を整える。
「各自、待機しておくように。俺は警らの交代申し出てくる」
フラッグの一言に、空気が一層和らいだ。




