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Sky Runners  作者: SKY
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第1章 第3話「チーム結成」 仲間たちの本気


工場の朝は、いつものシャッターが上がる音から始まる。 だが今日は少し違った。シャッターが半分上がったところで、既に迅の自転車の前輪が見えていた。


「また来てたのか」


じいちゃんが苦笑いを浮かべると、迅が慌てて自転車を降りた。リュックがずり落ちそうになっている。中には工具セットと、昨夜徹夜で書き込んだ設計図の束。


「すみません、早すぎました?」


「別に構わんがお前、昨夜何時に寝た?」


迅の目の下にはうっすらとクマができている。でも目だけは妙に輝いていた。


「2時半です。でも眠くないです。Rusty Hawkのエンジン配置を考えてたら、どうしても気になることがあって」


じいちゃんは首を振りながらシャッターを完全に開けた。


「機械いじりも大概にしろよ。体壊したら元も子もない」


「はい!でも、あと少しで分かりそうなんです」


迅は工具箱を抱えてRusty Hawkに向かった。昨夜、教科書と設計図を見比べていて気づいたことがある。この機体の燃料供給システムは、明らかに20年前の技術レベルを超えている。

工具を手に取り、エンジンカバーを開く。金属が触れ合う音が、静かな工場に響いた。迅にとってこの音は、朝のコーヒーよりも目を覚ましてくれる。


「おはよう!」


遼の元気な声が響くと、迅は顔を上げた。


「あ、遼。おはよう」


「また機体の中覗いてるの?ずっとそうしてるよね」


「気になることがあるんだ。この燃料噴射のタイミング、理論値と実際の動作が0.03秒ずれてる」


「0.03秒って?」


遼は首をかしげた。そんな細かい違い、全然分からない。


「すごく重要なんだ。この誤差があるから、エンジン効率が2.7%向上してる。でも、なんでこんな設定になってるか分からない」


迅は眉間にしわを寄せながら配線を確認した。彼の手つきは、もう完全に職人のそれだった。13歳とは思えない集中力で、一本一本の配線を丁寧に調べていく。

じいちゃんは黙ってその様子を見ている。この少年の情熱は本物だ。


「遼の操縦パターンに合わせて調整してあるんじゃないか?」


「え?」


「お前が加速したいと思う瞬間の、0.03秒前にエンジンが反応するように」


迅は目を丸くした。


「そんなこと、できるんですか?」


「できるかできないかは、やってみなきゃ分からん」


じいちゃんの曖昧な答えに、迅はますます混乱した。でも、何となく分かる。この機体には、まだ知らない秘密がたくさん隠されている。


「おはよう、みんな!」


結衣の明るい声が工場に響いた。両手には今日も荷物がいっぱい。お弁当箱、水筒、それに小さなノートパソコン。


「結衣、おはよう。今日のお弁当は何?」


遼が期待を込めて聞くと、結衣は少し照れくさそうに笑った。


「今日は特別。遼のリクエストに応えて、からあげ弁当」


「やったー!」


遼が飛び跳ねると、迅も興味深そうに振り向いた。


「結衣さんの料理、本当においしいよね。栄養バランスも完璧だし」


「ありがとう。昨夜、スポーツ栄養学の本を読んでたの。パイロットには炭水化物とタンパク質のバランスが重要だって」


結衣はノートパソコンを開きながら続けた。画面には色とりどりの栄養管理表が表示されている。


「それで、遼の練習スケジュールと食事メニューを合わせて考えてみたの」


月曜日から日曜日まで、細かく食事内容が計画されている。からあげの下味に使う調味料まで、栄養価を考えて選んでいるのだ。


「すげぇ、本当にマネージャーだ」


遼が感心すると、結衣は嬉しそうに胸を張った。


「パイロットの体調管理は、マネージャーの一番大事な仕事だから」


昨夜は図書館で借りてきた本を3冊も読んだ。『スポーツ栄養学基礎』『アスリートの食事管理』『疲労回復と栄養補給』。どれも分厚い専門書だったが、遼のためならどんなに難しくても読み切る。

迅は作業の手を止めて、結衣の画面を覗き込んだ。


「すごく詳しいですね。この栄養素の組み合わせ、理想的です」


「本当?ありがとう」


結衣は嬉しそうに微笑んだ。専門書を読んだ甲斐があった。


「でも、栄養ばっかり考えてたら、美味しくなくなっちゃうかも」


「大丈夫」


結衣は自信を持って答えた。


「美味しくなければ意味がない。遼が楽しく食べられるのが一番大切」


実際、昨夜は何度も試作を重ねた。からあげの衣に使う小麦粉の割合、下味に使う醤油の分量。栄養価を保ちながら、遼が一番好きな味になるまで調整したのだ。

遼は温かい気持ちになった。結衣は本当に自分のことを考えてくれている。


「ありがとう、結衣。でも無理しなくていいからね」


「無理じゃない。楽しいから」


結衣の笑顔を見て、遼は安心した。みんなそれぞれ、自分のやりたいことをやっている。それが一番いい。

午前中の整備時間。迅はじいちゃんから工具の使い方を教わっていた。


「スパナはこう持つ。力任せに回すんじゃない」


じいちゃんの手つきは慣れたもので、金属の感触を確かめるように丁寧だった。40年以上機械と向き合ってきた職人の手は、まるで機械の心を読み取るかのように動く。


「機械の声を聞け」


「機械の声?」


迅は首をかしげた。


「ボルトがどこまで締まりたがってるか、音で分かるようになる」


じいちゃんがゆっくりとボルトを締めると、金属同士が接触する微かな音が変化していく。最初は軽い音だったのが、だんだん重く、深い音に変わっていく。


「ほら、今の音分かったか?」


迅は耳を澄ませた。確かに、音の高さが少し変わった気がする。


「もう少し?」


「そうだ。まだ余裕がある」


さらに少し回すと、今度ははっきりと音が変わった。金属の疲労を訴えるような、わずかな軋み。


「あ、今度は違う音がした」


「それが限界だ。これ以上回したら、ネジが痛む」


迅は感動した。機械には本当に声があるんだ。それも、じいちゃんには聞こえている。


「むずかしいですね」


「慣れだ。俺も最初はさっぱりだった」


じいちゃんは次の工具を手に取った。古いマイナスドライバーだが、グリップの部分が手の形に馴染んで、使いやすそうに見える。


「だが、お前は飲み込みが早い。素質がある」


「本当ですか?」


「ああ。機械を愛する心があるからな」


迅は嬉しくなった。じいちゃんに認めてもらえることが、何より嬉しい。この13歳の少年にとって、じいちゃんは憧れの職人なのだ。


「機械は正直だ。愛情をかけて接すれば、必ず応えてくれる」


じいちゃんがRusty Hawkの外装を撫でながら言った。


「でも、雑に扱えば、すぐに機嫌を損ねる」


その手つきは、まるで愛しい家族に触れるかのように優しい。迅は、いつか自分もこんな風に機械と向き合えるようになりたいと思った。

その横で、遼はRusty Hawkのコックピットに座っていた。エンジンは動かさずに、計器の配置を覚えている。


「この赤いスイッチが緊急停止で、こっちの青いのが姿勢制御」


昨日覚えたことを一つずつ確認していく。じいちゃんに教わった内容を忘れないように。

メインディスプレイの右上にある小さなランプ。これがエンジン温度の警告灯。左下の針は燃料残量。中央の大きな計器は高度と速度を表示する複合メーター。


「覚えたか?」


じいちゃんが声をかけると、遼は振り返った。


「まだ半分くらいです。でも、座ってるだけで楽しい」


「そうか。それが一番大切だ」


じいちゃんは満足そうに頷いた。技術も大切だが、楽しむ心がなければ意味がない。遼のこの純粋な気持ちこそが、最高のパイロットになるための第一条件なのだ。

結衣は工場の隅で、手作りの事務スペースを整理していた。折りたたみ式の小さなテーブルに、ノートパソコンとファイル類を並べただけの簡素なオフィス。でも、彼女にとっては大切な指令本部だった。

レースの規則書、安全マニュアル、大会情報を色分けしてファイリングしていく。赤いファイルは緊急時対応、青いファイルは規則関係、緑のファイルは栄養管理資料。


「次の大会まで、あと二週間と三日…」


カレンダーに赤いマーカーで印をつけた。郊外サーキット・第2戦の日程だ。


「今度はどんなコースなんだろう」


パソコンでコース情報を検索すると、工業地帯とは全く違う風景が現れた。緑豊かな山間部に設置された、自然と調和したサーキット。


「きれいなところだね」


写真を見ながら呟いた。遼もきっと気に入る。工業地帯の煙突群とは違って、今度は森や川がコースの一部になっている。自然の美しさの中を飛ぶレースは、きっと気持ちいいだろう。

結衣はメモ帳に気候データを書き込んだ。山間部は平地より気温が低い。風向きも複雑になりがち。遼の体調管理に気をつけなければ。

昼休み。四人は工場の外のベンチに座って、結衣特製のからあげ弁当を囲んだ。


「うまい!」


遼が一口食べて目を輝かせた。衣はサクサク、中の鶏肉はジューシー。絶妙な味つけだ。


「ちょうどいい味加減ですね」


迅も満足そうに頷く。がっつり食べたい年頃だが、結衣のからあげは量も十分だった。


「今日のからあげ、衣がいつもと違いませんか?」


さすがは13歳の食べ盛り。微妙な違いにも気づいてしまう。


「よく分かったね」


結衣は嬉しそうに答えた。


「パン粉に米粉を少し混ぜてみたの。消化がよくなるって本に書いてあったから」


昨夜の試作では、小麦粉だけ、パン粉だけ、そして米粉を混ぜたものと、3パターンを作って食べ比べた。栄養価と美味しさを両立させるために、何度も配合を調整したのだ。


「すげぇ、そんなことまで考えてくれてるんだ」


遼は感動した。結衣のこういう細かい気遣いが、本当にありがたい。

じいちゃんも満足そうに箸を動かしている。


「結衣ちゃんの料理は、毎日食べても飽きんな」


「ありがとうございます。でも、毎日違うメニューを考えるの、けっこう大変なんです」


結衣は少し困ったような顔をした。


「遼の好みも考えなきゃいけないし、栄養バランスも。それに、飽きないように味を変えるのも」


実際、結衣の頭の中には「遼用メニューデータベース」ができている。好きな食材、嫌いな食材、体調に合わせた味つけ、練習強度に応じた栄養配分。まるで小さな栄養士のような知識を、12歳の少女が蓄積しているのだ。


「無理しちゃダメだよ」


遼が優しく言った。


「でも!」


結衣は首を振る。


「遼が最高の状態で飛べるように、私にできることは全部やりたいの」


その真剣な眼差しに、遼は少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう、結衣」


迅も箸を止めて言った。


「僕も頑張らないと。結衣さんが体調管理してくれるなら、僕は機体のコンディションを完璧にする」


「みんな、ありがとう」


遼は心から嬉しくなった。こんなに真剣に自分のことを考えてくれる仲間がいるなんて。


「でも、一番大切なのは楽しむことだからね」


じいちゃんが微笑みながら言った。


「そうだな。楽しくなきゃ、意味がない」


四人の笑い声が、春の青空に響いた。工場の向こうでは、Rusty Hawkが静かに佇んでいる。まるで家族の会話を聞いているかのように。

午後は座学の時間。じいちゃんが持ち出してきた古い教科書を三人で読んでいた。


「『SKYCARの基本原理』『気象と飛行』『レース戦術論』」


迅が背表紙を読み上げる。どれも分厚くて、専門用語だらけの本ばかり。


「むずかしそう」


遼がページをめくりながら呟いた。文字がぎっしり詰まったページに、複雑な図表がいくつも挿入されている。


「『上昇気流を利用した高度獲得』何これ?」


「えーっと」


迅が教科書を覗き込んで説明を始めた。


「太陽で温められた空気が上に向かう流れのことです。それを利用すれば、エンジン出力を抑えて高度を上げられる」


迅は昨夜、この部分を何度も読み返していた。理論的にはよく分かる。でも、実際にそれを感じ取って利用するなんて、本当にできるのだろうか。


「へー、そんなことできるんだ」


「理論上は、ですけど。実際にやるのは難しそうです」


結衣がノートにメモを取りながら言った。


「でも遼なら、感覚でできちゃいそう」


「感覚って。そんな適当な」


迅が苦笑したが、遼は少し考えてから答えた。


「でも、飛んでるときって、空気の流れがなんとなく分かるんだよね」


「本当?」


迅が身を乗り出した。教科書で読んだ理論を、遼は実際に感じ取ることができるのか。


「うん。ここは上がりそうとか、ここは危なそうとか」


遼の説明は曖昧だが、なぜか説得力がある。


「どんな感じなの?」


「うーん、空気が『暖かい』ところと『冷たい』ところがあるんだ。暖かいところは上向きに流れてて、冷たいところは下向きに流れてる」


迅は目を丸くした。それはまさに教科書に書いてある上昇気流と下降気流の説明そのものだった。


「天性のパイロットって、本当にいるんですね」


結衣は遼を見つめながら呟いた。


「遼ってすごいんだね」


「そんなことないよ。ただ楽しいだけ」


遼は照れくさそうに頭を掻いた。でも内心では、少し誇らしい気持ちもある。みんなが認めてくれることが嬉しい。

じいちゃんは黙って三人のやりとりを見ていた。遼の才能は確かに特別だ。だが、それを支える仲間がいることの方がもっと大切かもしれない。


「よし、今日の勉強はここまでだ」


じいちゃんが本を閉じると、三人はほっとしたような顔をした。


「明日は実際に飛んでみるか」


「本当ですか?」


遼の目が輝いた。


「次のレースまで時間がない。基本を身に着けておかないとな」


迅も興奮した。


「僕も見学していいですか?」


「もちろんだ。整備士も、機体の挙動を理解していないとな」


結衣も手を上げた。


「私も応援します」


「じゃあ、明日は四人で頑張るか」


遼は拳を握った。いよいよ本格的な練習が始まる。楽しみで仕方がない。

夕方、三人が帰り支度をしていると、じいちゃんが声をかけた。


「たまには学校の友達とも遊べ」


「えっ?」


三人が振り返った。


「毎日ここに入り浸ってちゃ、バランスが悪い。特に遼、お前たちは12歳だ」


「でも、練習が」


「練習も大事だが、普通の子どもの時間も大事だ」


じいちゃんは穏やかに続ける。


「空を飛ぶのも、機械をいじるのも、人を支えるのも、全部『楽しい』が基本だ。義務になったら、本末転倒だぞ」


三人は顔を見合わせて笑った。じいちゃんの言葉はいつも的確だ。


「分かりました」


結衣が答える。


「でも明日は学校が終わったら絶対来ますから」


迅が付け加えた。


遼は工場を振り返りながら言った。


「Rusty Hawk、また明日ね」


機体が夕日を反射して、温かく光っていた。まるで「また明日」と答えているようだった。

工場を出て商店街を歩いていると、通りすがりの人々に声をかけられた。


「遼くん、この前のレースすごかったね」


「Sky Drift、また見せてよ」


パン屋のおばさんが手を振りながら言った。


「今度のレースも頑張ってね」


「ありがとうございます」


遼が照れながら答える。

工業地帯での初勝利から一週間。地元では既に小さな有名人だった。商店街を歩くだけで、あちこちから声をかけられる。

肉屋のおじさんも手を振ってくれた。


「遼くん、今度コロッケサービスするよ」


魚屋のおばあちゃんも笑顔で言った。


「体に良い魚、たくさん食べなさい」


「えへへ」


遼は照れくさそうに手を振る。みんなが応援してくれるのが嬉しい。

結衣が嬉しそうに言った。


「遼、人気者になったね」


「でも、なんか恥ずかしい」


迅が横から口を挟んだ。


「これからもっと有名になりますよ。次のレースで勝てば、地方ニュースに出るかも」


「地方ニュース!?」


遼の目が丸くなった。想像もつかない世界だった。テレビに出るなんて、考えただけでも緊張してしまう。


「大丈夫だよ」


結衣が励ますように言う。


「遼は遼のまま。それが一番いいんだから」


「そうだね」


遼は安心した。どんなに有名になっても、今の気持ちを忘れずにいよう。楽しく飛ぶことが一番大切なんだから。

三人が別れる交差点で、結衣が振り返った。


「明日は何する?」


「うーん、久しぶりに公園でキャッチボールでもするか」


遼の提案に、迅が困った顔をした。


「僕、運動は」


「大丈夫!楽しければいいんだよ」


結衣も笑って頷いた。


「そうそう。楽しいが一番」


三人は手を振り合って、それぞれの家路についた。

夕焼けが街を染める中、工場では一人残ったじいちゃんがRusty Hawkを磨いていた。


「明日は友達と遊ぶそうだ。たまにはゆっくりしろ」


機体に語りかけるように呟く。錆びた外装が夕日を反射して、温かく光っていた。

古い布で丁寧に機体を拭いていく。この作業も、じいちゃんにとっては大切な時間だった。機体の調子を確認しながら、明日の準備を整える。

新しいチームの日常が、確実に根を張り始めていた。



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