Sky Drift誕生!
煙突群の狭いセクションを抜けた先、工業地帯の空気はさらに荒々しく変貌した。鉄骨の影が斜めに伸び、複雑な配管の隙間を縫うように設置されたゲートが待ち構えている。多くの機体は減速を余儀なくされ、慎重にラインを取る。
だが、ただ一機、Rusty Hawkだけは加速していた。
「行ける!!もっと速く!」
遼の瞳が輝きを増す。操縦桿を握る両手には迷いがない。むしろ子どもが遊具で遊ぶときのような自然さで、Rusty Hawkを自在に操っていた。
観客席のざわめきが変わっていく。嘲笑は驚愕に、驚愕はやがて熱狂に。
「おっと! Rusty Hawk、あの狭い区間を……抜けた! しかも減速せず、加速したまま通過だ!」
実況アナウンサーの声が震えていた。誰もが予想しなかった走り。それは無謀ではなく、計算されているかのように正確で、美しかった。
煙突の影を縫うたびに、Rusty Hawkの赤錆びた外装が一瞬だけ光を反射する。まるで夜空を翔ける流星のように。観客席からは歓声が飛び交った。
「すげえぞ、あの子!」
「ポンコツじゃなかったのか!?」
「いや、あれは……天才だ!」
遼は無意識に息を合わせていた。Rusty Hawkの機体が、まるで自分の体の延長であるかのように感じられる。左へ傾ければ、自分の心臓も左に振られる。右へ切り込めば、視界の全てが吸い込まれるように傾く。
空と一体になったような感覚──その境地に、彼はすでに立っていた。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
目の前に迫るのは工業地帯最大の難所。煙突群を抜けた直後に現れる直角の急カーブ。多くの機体は速度を落とし、慎重に旋回していく。
だが遼は減速しなかった。
「もっと速く!」
Rusty Hawkがカーブに突入する。観客が息を呑む。実況が叫ぶ。
「止まれ! あの速度じゃ曲がれない!」
その瞬間、遼の体が自然に動いた。操縦桿を切り込み、同時にスラスターを逆噴射。機体は横滑りするように、まるで地面にタイヤがあるかのように空中で弧を描いた。
煙突の影が流れ、視界が一瞬、光の軌跡で塗りつぶされる。
「ん?ドリフト?」
誰かの呟きが観客席に広がった。次の瞬間、実況が絶叫する。
「空でドリフトだと!? 信じられない! これはSky Drift!!」
命名の瞬間だった。
空を滑るように加速する美しい旋回。Rusty Hawkは急カーブを抜けたどころか、逆に速度を上げて次のゲートへと飛び込んでいく。
観客席が爆発した。
「すげええええ!」
「見たか今の!」
「Sky Driftだ! Rusty HawkのSky Driftだ!」
迅は興奮で拳を突き上げていた。
「やったー! お前、やりやがった!」
技術者として、あの瞬間の操縦技術の素晴らしさが分かった。単なる偶然ではない。遼の感覚と技術、そしてRusty Hawkの機動性が完璧に調和した結果だった。
結衣は涙を浮かべながら叫んでいた。
「遼! すごいよ、遼!」
幼馴染として、彼の可能性を信じ続けてきた。その信念が報われた瞬間だった。
SNSにも同時に火がついた。#SkyDrift、#RustyHawkが瞬時にトレンド入りする。観客が撮影した映像が拡散され、会場だけでなくネットの向こうの人々までもが熱狂した。
Sky Driftをきっかけに、Rusty Hawkは一気に順位を上げ始めた。慎重に進む他機を次々と追い抜く。煙突群を抜け、急カーブを突破した後も遼の勢いは止まらなかった。
観客席は総立ち。まるで古びた機体が、空を舞う鷹そのものに変貌したように見えた。
「Rusty Hawk! Rusty Hawk!」
コールが観客席を揺らす。
実況も興奮を隠せない。
「驚異的です! 誰も予想しなかった旧式機Rusty Hawkが、Sky Driftを武器に順位を上げている! これは新星の誕生か!?」
遼の胸は高鳴っていた。
「やっぱり……楽しい! 空を走るのって、最高だ!」
その言葉が、その走りそのものが、観客の心を鷲掴みにしていた。
迅は整備ノートを握りしめながら呟いた。
「お前の飛び方、データじゃ説明できない。でも、最高だ!」
結衣は手作りの旗を振りながら叫び続けていた。
「頑張れ、遼! みんなが見てる!」
ゴールラインが迫る。最後の直線、Rusty Hawkは信じられない勢いで先行機を抜き去った。会場全体が熱狂に包まれる。ゴール直前、まさかの一位浮上。
Rusty Hawkがトップでゴールを駆け抜けた瞬間、観客席は割れるような歓声に包まれた。
「Rusty Hawk! Rusty Hawk!」
コールは鳴り止まない。SNSも爆発的に盛り上がっていた。
表彰台に立った遼は、頬を赤らめてマイクを向けられた。
「どうだった?」
と問われ、彼は少し照れながら答えた。
「楽しかった!」
その一言が、再び観客を沸かせた。勝利よりも楽しさを優先する純粋さに、人々は心を打たれた。
迅は涙を拭いながらつぶやいた。
「お前は本当に、空を飛ぶために生まれてきたんだな」
結衣は手を叩きながら笑っていた。
「やっぱり遼はすごい! 私たちの遼よ!」
工場で静かに見守っていたじいちゃんは、テレビ画面の遼を見つめながら涙を拭った。
「あの子は、やっぱり空を駆ける鷹だ」
誰もが確信した。新たな伝説が始まったのだと。
そして、この日を境に、遼の人生は大きく変わっていく。空への憧れが現実となり、仲間たちとの絆がさらに深まり、新たな挑戦が待ち受けている。
Rusty Hawkのエンジン音が夕焼けの空に響く中、少年の心には次なる冒険への期待が宿っていた。
「もっと空を駆けたい」
その純粋な想いが、物語の始まりを告げていた。