屋台街での束の間の休息
コースの下見を終えた三人は、会場近くに設けられた屋台街へ足を向けた。
大通りの一角に軒を連ねる屋台には色とりどりの提灯が灯り、香ばしい匂いが夜風に乗って漂ってくる。焼き鳥、ラーメン、たこ焼き、焼きそば、観客やスタッフで賑わうその光景は、まさにお祭りそのものだった。
「すごい人だね」
結衣が目を丸くして周りを見回す。
Rusty Hawkのチームジャージを着た三人を見つけた観客たちが、
「あ、遼くんだ!」
「がんばって!」
と声をかけてくる。
遼は照れながら手を振って応じていた。
「ありがとうございます!」
迅は苦笑いを浮かべながら呟いた。
「油と機械油の匂いしかしない工場に比べりゃ、ここは天国だな」
三人が選んだのは、屋台街の端にある昔ながらのラーメン屋だった。
赤提灯の下、寸胴鍋から立ち上る湯気が白く舞い、醤油スープの香ばしい匂いが食欲をそそる。
木製のカウンターに腰を下ろすと、汗を拭いていた店主が振り返った。
「おお、Rusty Hawkのチームだろう? テレビで見たぞ。Sky DriftにWall Run、すげぇ技だったな」
「えへへ」
遼は照れくさそうに笑う。
「今日はナイトレースか。大変だな、夜の空は昼とは別物だからな」
店主は手慣れた様子で麺を湯がきながら続けた。
「昔、俺も空に憧れてたんだ。結局飛ぶことはできなかったが、お前たちみたいな若い子が頑張ってる姿を見ると、なんだか嬉しくなる」
「特製ラーメン三つ、すぐ出すからな」
しばらくして運ばれてきた丼からは、濃厚なスープの香りが立ち上った。
チャーシュー、メンマ、海苔、ネギが美しく盛り付けられ、湯気に包まれて三人の前に置かれる。
「いただきます!」
三人の声が揃った。
一口すすると、深いコクの醤油スープが舌に広がる。疲れた体に染み渡り、自然と笑みがこぼれた。
「うまい!」
遼が目を輝かせる。
「こういう味、工場じゃ出せないもんな」
迅も満足そうに頷く。
普段は工場で迅が作る簡単な食事が多いが、やはりプロの味は格別だった。
結衣は頬を緩め、静かに微笑んだ。
「こうやって三人で外で食べるって、初めてかも」
「そうだな」迅がレンゲを置いて振り返る。
「普段は工場の片隅で立ち食いだもんな」
「でも、あれも嫌いじゃない」
遼が即答する。
「みんなで食べるから美味しいんだ」
その言葉に、結衣と迅は顔を見合わせて笑った。
「お前ってやつは」
店主も微笑みながら餃子を追加で持ってきてくれる。
「サービスだ。明日も頑張れよ」
「ありがとうございます!」
三人の声がまた揃った。
ラーメンをすすりながら、三人は自然と将来の話を始めていた。
「なあ、結衣」
迅が箸を置いて尋ねる。
「お前はなんでチームマネージャーになろうと思ったんだ?」
結衣は少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「遼の走りを見てたらね、応援せずにはいられなかったの。子どもの頃から一緒にいるから分かるんだ。あの笑顔は、本当に心の底から空を楽しんでる笑顔だって」
遼は照れくさそうに頭を掻く。
「そんな大げさな」
「大げさじゃない」
迅が口を挟んだ。
「お前の"楽しい"は伝染するんだよ。だから俺も整備に全力で取り組める。あの古いRusty Hawkを、お前が楽しく飛ばせるように調整するよ。それが俺の楽しみになってるんだ」
「迅」
「整備士として一人前になりたいって思いもある。でもそれ以上に、お前の走りを支えたいんだ」
三人は視線を交わし、自然と笑顔になった。
「なんか、このチームでよかった」
結衣が静かに言った。
「当たり前だろ。俺たちは仲間だからな」
迅が即答し、遼も力強く頷いた。
「俺も、二人がいるから飛べるんだ。一人だったら、きっとこんなに楽しくない」
店主がその会話を聞いて、嬉しそうに笑った。
「いいチームだな。明日はきっと素晴らしいレースになるよ」
ラーメン屋を出ると、屋台街はさらに賑やかさを増していた。
通りを歩く観客たちが
「Rusty Hawk!」
と声をかけてくる。
子どもたちが駆け寄ってきて、遼に握手を求めた。
「今度はどんな技見せてくれるの?」
「夜空のWall Run、見たい!」
「ナイトレース、頑張って!」
遼は一人一人と握手を交わし、笑顔で応じる。
「ありがとう! 絶対に楽しいレースにするからね!」
その姿を見て、結衣は微笑んだ。
「本当に、小さな有名人だね」
「まあ、悪くはないだろ」
迅も肩をすくめながら、どこか誇らしそうだった。
射的の屋台で遼が景品を狙ったり、綿菓子を三人で分け合ったり。
レース前夜とは思えないほど、のんびりとした時間が過ぎていく。
「なんか、レースのことを忘れそう」
結衣が笑う。
「忘れてもいいんじゃない? 今は今で楽しもう」
遼の言葉に、迅も頷いた。
「そうだな。明日は明日だ」
三人の笑い声が、夜の屋台街に響いた。
屋台街を後にして宿泊先のホテルに向かう途中、三人は街外れの小さな橋の上に立ち止まった。
そこから見えるのは、明日飛ぶことになる光のコース。ビル群の間に架かるゲートが虹色に輝き、夜空に幻想的な道を描いている。
「明日、あの光の道を飛ぶんだね」
結衣の声には、憧れと不安が入り混じっていた。
遼はコースを見つめながら、静かに言った。
「怖いけど、やっぱり楽しみだ」
その声には、確かな決意が込められていた。
昼間感じた不安は消えていないが、それを上回る期待感が胸の中で燃えている。
迅は両手をポケットに突っ込み、静かに笑った。
「なら、俺はその楽しみを壊さないように支えるだけだ」
「私も、全力で応援する」
結衣も力強く頷いた。
三人の言葉が重なり、静かな夜に溶けていく。
遠くから聞こえる街の喧騒と、足元を流れる川のせせらぎが、彼らの決意を優しく包み込んだ。
「よし、明日も楽しいレースにしよう!」
遼の声に、迅と結衣が応える。
「おお!」
三人の絆はより一層深まり、初めての夜戦への準備が整っていた。




