第7話:夜戦への扉 光の街に舞い降りた少年
夕暮れのメトロシティ。高速道路を降りたトラックの荷台から、遼は思わず身を乗り出した。
「うわあああ……!」
目の前に広がるのは、昼間とはまったく違う世界だった。
普段なら車の行き交う大通りには、まばゆい光を放つゲートが浮かんでいる。
高層ビル群の間にも虹色のリングが宙に浮き、まるで光の橋のように空中に架かっていた。
「すげぇ……街全体がレース場になってる」
迅がトラックから降りながら、感嘆の声を漏らす。
結衣は目を輝かせて周りを見回していた。
ビルの外壁には巨大なスクリーンが設置され、すでに観客席となる屋上や歩道橋には人だかりができている。
街角の屋台からは甘い匂いが漂い、まるでお祭りのような賑やかさだ。
「本当に、ここを飛ぶんだ……」
遼の胸に、今までとは違う種類の興奮が湧き上がる。
工業地帯の煙突や、郊外の自然とも違う。
都市の真ん中、光に包まれた空を駆ける。
そんな体験が待っているのだ。
Rusty Hawkをトラックから降ろしながら、遼はそっと機体に話しかけた。
「相棒、今度は光の中を飛ぶよ」
機体の古いボディに映り込むネオンライトが、まるでRusty Hawkも光を纏っているかのように見えた。
運営スタッフがやってきて、手早く説明を始める。
「ナイトレースは昼間の三倍危険です。光の残像で視界が狂いやすく、判断ミスが事故に直結します。ブロンズリーグなので安全装置は作動しますが、過信は禁物です」
いつもなら「楽しそう!」と即答する遼が、珍しく真剣な表情で頷いている。
迅と結衣も、その変化に気づいて視線を交わした。
「夜の空は美しい。しかしそれは同時に、パイロットを惑わす罠でもある」
スタッフはそう付け加えると、次のチームへ向かっていった。
静寂が三人を包む。
「三倍、か」
遼が小さく呟いた。
その声には、今まで聞いたことのない緊張感が混じっていた。
日が完全に沈むと、街の変貌はさらに劇的になった。
ビルという ビル、すべての外壁がスクリーンとして光り、レーザーライトが夜空を縦横に駆け巡る。
ゲートの輪郭は虹色に発光し、そのリングを通り抜けるコースが、まるで光の川のように空中に浮かび上がった。
「きれい!」
結衣はコースの美しさに目を見張る。
遼も言葉を失って見上げていた。
工業地帯の無骨な美しさとも、郊外の自然の美しさとも違う。人工の光が作り出す、幻想的な世界がそこにあった。
「こんな空、初めて見る……」
だが同時に、胸の奥に押し寄せるのは不思議な感覚だった。
美しいが、どこか怖い。
光が目を眩ませ、方向感覚を狂わせそうな予感がある。
昼のレースとはまったく違う、夜ならではの"静かな緊張"が空気を支配していた。
迅がRusty Hawkの機体チェックを続けながら言った。
「光の乱反射で計器が読みにくくなる可能性がある。それに、光が強すぎるとゲートの境界線が見えにくくなることもある」
技術的な不安要素を口にしながらも、迅の目は輝いていた。
整備士として、新しいタイプの挑戦にワクワクしている自分がいる。
「大丈夫、迅の調整を信じてるよ」
遼がそう言うと、迅は照れくさそうに頭を掻いた。
「まあ、やれることはやったからな」
結衣がノートを取り出し、ペンを走らせ始めた。
応援グッズの確認リストだ。
ペンライト、横断幕、メガホン——夜戦用に光るものを中心に準備していた。
「私も、絶対に遼を支えるから」
三人の決意が、静かに夜空に向けられた。
遼は改めて空を見上げる。
恐怖と興奮が入り混じった複雑な気持ちだったが、その中心にあるのは変わらぬ想いだった。
「怖いけど、楽しみだ」
その言葉を聞いて、迅と結衣は安堵の笑みを浮かべた。
やはり遼は遼だった。
どんな状況でも、最終的には「楽しみ」に行き着く。
そんな彼だからこそ、二人も全力で支えたいと思える。
夜のメトロシティに、小さなチームの大きな決意が響いた。




