次なるステージ
翌週の金曜日、工場に分厚い封筒が届いた。差出人の欄には見覚えのない名前。しかし、封筒の質感と重量感から、重要な書類であることは明らかだった。
三人で封を切ると、中から高級な紙に印刷された招待状が現れた。
「シティナイトレース」
華やかなロゴが金色で印刷され、背景には夜景のシルエットが描かれている。遼、迅、結衣の三人は、その美しさに息を呑んだ。
「夜のレース!?」
遼の瞳が輝いた。
招待状を詳しく読むと、今度のレースは大都市の中心部で開催される夜間レースだった。
高層ビル群の間に設置されたゲートを駆け抜け、ネオンサインが輝く夜空を舞台とする、これまで以上にスケールの大きなレースだった。
「すっげぇ、こんなきれいなレース場があるんだ」
パンフレットに掲載された会場の写真を見て、遼は感嘆の声を上げた。
昼間の工業地帯や自然豊かな郊外とは全く違う、都市の美しさと迫力が融合した舞台だった。
迅が技術的な観点から分析する。
「夜戦は今までと全然違う。視界の制約、気温の変化、ライトによる錯覚、考慮すべき要素が一気に増える」
結衣も興奮を隠せない。
「すごい!こんな美しい場所でレースができるなんて」
三人の反応はそれぞれ違ったが、共通していたのは次なる挑戦への期待だった。
その日の夜、じいちゃんが工場にやってきた。招待状を一瞥すると、懐かしそうな表情を浮かべた。
「夜のレースか、また面白いものを選んだな」
「じいちゃん、夜だと何が違うの?」
遼が食い入るように尋ねる。
「すべてが変わる」
じいちゃんの声は穏やかだが、経験の重みが滲んでいた。
「まず空気が変わる。夜は昼間より冷えるから、機体の性能も変化する。エンジンの出力が上がる一方で、機体の金属部分が収縮する」
迅が興味深そうに聞き入る。
「それから視界の問題だ。ライトの影で錯覚が起きやすい。距離感を掴みにくくなる」
じいちゃんは壁に飾られた古い写真を見つめながら続けた。
「だが、それ以上に美しい。街の灯りとSKYCARの光が交わる夜空は、まさに光の祭典だ」
彼の声には、かつて夜空を駆けた経験者ならではの感慨が込められていた。
「心で飛ぶことが大切だ。視覚に頼りすぎると足をすくわれる」
遼はじいちゃんの言葉を真剣に聞いていた。
今まで以上に技術的な挑戦になりそうだが、それだけにやりがいも大きい。
「楽しそう!絶対に飛んでみたい!」
遼の反応に、じいちゃんは微笑んだ。
「その気持ちを忘れるな。夜の空は美しいが、同時に危険でもある」
翌日から、チーム全体でナイトレースへの準備が始まった。
迅はノートパソコンを広げ、夜間飛行に必要な装備について詳しく調べていた。画面には技術仕様書や安全基準が表示されている。
「夜戦用に照明システムを追加する必要がある」
彼の分析は徹底的だった。
「ヘッドライトの強化、機体下部への補助照明追加、そしてセンサー類の調整。光源の多い都市部では、既存のセンサーが誤作動を起こす可能性がある」
技術的な課題は山積みだった。
しかし、迅の瞳には困難を楽しむような光が宿っていた。
「面白そうじゃないか。今まで経験したことのない技術的挑戦だ」
一方、結衣は応援グッズの準備に取りかかっていた。
「夜だから、光るものを作らなきゃ!」
彼女のアイデアは次々と湧いてくる。
「光るボード、ペンライト、そして反射材を使った横断幕。観客席からでも一目でRusty Hawkチームだって分かるように」
結衣の手作り精神は、チームにとって欠かせない要素になっていた。
技術面では迅、精神面とサポートでは結衣、そして実際の飛行では遼。三人の役割分担は完璧だった。
「私、夜景の美しい写真も撮りたい」
結衣が新しいカメラを見せる。
「チームの記録として、そしてファンの皆さんに見せるために」
遼は相変わらずマイペースだった。
「俺はとにかく飛ぶのが楽しみ!夜空のレースってどんな感じなんだろう」
その純粋な期待が、チーム全体の雰囲気を明るくしていた。
準備作業の合間、三人は工場の外で夜空を見上げた。
街の灯りが遠くに瞬き、星と混じり合って美しい光景を作り出している。
数週間後には、あの灯りの中を駆け抜けることになる。
「ほら、あの空を飛ぶんだね」
結衣が指をさした。
「きっと最高だぜ」
迅も口元を緩めた。
「今まで経験したことのない世界が待ってる」
遼は大きく両手を広げて夜空を仰いだ。
「みんなが一緒なら、怖くない!夜でも、どんなコースでも!」
三人の決意は固かった。
技術的な困難があることは分かっている。
でも、チームとして乗り越えられる自信もあった。
「今度のレースは、今まで以上にチームワークが重要になる」
迅が真剣な表情で言った。
「私も、サポート体制をしっかり整える」
結衣も力強く頷いた。
「みんなで一緒に楽しもう!」
遼の言葉が、チーム全体の方向性を示していた。
その夜、三人は遅くまで準備計画について話し合った。
技術的な課題、必要な装備、練習スケジュール、応援グッズのデザイン、検討すべき項目は無数にあった。
でも、一つ一つを丁寧に検討していく過程も楽しかった。
「Rusty Hawkも準備万端にしないとな」
迅がRusty Hawkの機体を見つめる。
古い機体だが、夜のライトアップに映える独特の美しさがある。
最新の機体にはない、クラシックな魅力を持っていた。
「夜景に映えそうだね」
結衣も同感だった。
「今度も楽しいレースにしよう!」
遼の声が工場に響いた。
Rusty Hawkも、まるで三人の決意に応えるかのように、月明かりを受けて静かに輝いていた。
次なる舞台への準備は着実に進んでいる。
チーム「Rusty Hawk」の新しい挑戦が、間もなく始まろうとしていた。
都市の夜空という、これまで体験したことのない舞台で、どんな物語が描かれるのか。
三人と一機の心は、期待で満たされていた。
夜空の星々が、彼らの新たな冒険を静かに見守っている。
そして、その星々もまた、Rusty Hawkが夜空を駆ける日を楽しみにしているようだった。




