次なる挑戦への道筋
ある日の午後、工場に郵便が届いた。白い封筒には「SKYCAR公式レース運営委員会」のロゴが刻まれている。封筒の重みから、重要な書類が入っているのは明らかだった。
「なにこれ?」
結衣が目を丸くして封筒を手に取る。
遼が勢いよく開封すると、中には金色の文字で印刷された招待状が入っていた。
《ブロンズリーグ第5戦──郊外サーキット開催》
《優勝者・水城遼様への特別ご招待》
「招待状だ!」
遼の声が弾んだ。その興奮が工場全体に伝わる。
迅はすぐに文章を読み取り、技術者らしく詳細を分析した。
「次の舞台は郊外サーキット。山に囲まれた自然豊かなコースで、直線が多くてスピード重視か」
結衣は心配そうに遼を見つめる。
「それって、Rusty Hawkには不利なんじゃない? 前回は狭い場所で得意なコースだったけど」
だが遼は、そんな二人の不安を吹き飛ばすように満面の笑みを浮かべた。
「楽しそうじゃん! どんなコースでも飛んでみたい!」
封筒には、SKYCARレースのランク制度についての詳細な説明書も同封されていた。迅が声に出して読み上げる。
「ブロンズリーグ(新人育成枠)。安全重視でオートリカバリー装置が搭載され、全国各地域ごとで年間16レースが行われる。SKYCARリーグの入門コース。プロとしてランクレースに参加するための登竜門。ここで実績を積むことで上位リーグへの参加権を得られる」
結衣が指を折って整理する。
「つまり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、そして最高峰のワールドGPってことね」
迅が続ける。
「シルバー以上はスポンサーが入って本格化。ゴールドは地方のスター選手、プラチナは全国区の命懸けの戦い。そしてワールドGPは国の代表レベル」
結衣は小さく息を呑んだ。
「すごい世界だね。私たち、一番下のランクにいるんだ」
だが遼の表情は輝いていた。階段を一つずつ上っていく道筋が見えることが、むしろ楽しそうだった。
「いいじゃん! 今はブロンズだけど、ここから全部始まるんだ! 上のリーグもどんな感じか、見てみたい!」
工場の奥の古いモニターに、郊外サーキットのコース図が映し出された。画面には山に囲まれた美しい風景が広がる。長い直線と緩やかなカーブ、そして崖沿いの技術的な区間も存在する。
迅が腕を組みながら険しい顔をする。
「直線は完全に速さ勝負だ。Rusty Hawkの最高速度じゃ、最新機には太刀打ちできない」
技術者として冷静に分析すればするほど、不利な要素が目についた。
だが結衣が地図を指差して言った。
「でも、中盤の山間部にある狭いゲート区間はチャンスよ。ここなら遼の技術が活かせる」
遼は画面を見つめ、目を輝かせながらにやりと笑った。
「おお、壁に近いところがあるじゃん! 面白そう!」
迅が頭を抱える。
「お前の"面白そう"は、いつも危険なサインなんだよ」
しかし同時に、心の奥底でワクワクしている自分に気づいていた。遼のチャレンジ精神は、見ているだけで興奮させてくれる。
じいちゃんが奥から現れて、招待状を手に取った。
「郊外サーキットか、懐かしいな」
「じいちゃんも走ったことがあるの?」
遼の問いに、じいちゃんは遠い目をした。
「ああ、40年前にな。あそこは技術と度胸が試されるコースだ」
そして遼を見つめて言った。
「だが、お前なら大丈夫だろう。お前には、コースを楽しむ心がある」
その言葉に、遼は安心した。じいちゃんの信頼が、何よりの励ましだった。
夜になり、3人は工場の外に出た。街の灯りが瞬き、空には星々が広がっている。Rusty Hawkは月明かりに照らされ、静かに佇んでいた。
結衣が空を見上げて呟く。
「あの空を、また飛ぶんだね。今度は山の上を」
迅は苦笑しつつも決意を込めて頷く。
「危険もあるが、オレも本気でやる。整備は任せろ。お前の飛びたいように飛べるよう、最高の状態に仕上げてみせる」
その技術者としての誇りが、言葉に力を与えていた。
遼は両手を広げ、夜空を仰いだ。
「みんなが一緒なら、怖くない! 次も最高に楽しいレースにしよう!」
三人の言葉が夜空に響いた瞬間、それは誓いのように工場の屋根に反響して消えていった。
ブロンズリーグ。まだまだ入り口に過ぎない。だが、その小さな一歩が、やがて空を翔ける大きな翼へと繋がっていく。
遼の心の中で、新たな冒険への期待が膨らんでいた。どんなコースでも、どんな相手でも、楽しく飛ぶ。その気持ちがあれば、きっと素晴らしいレースができるはずだった。
「よし、Rusty Hawk。今度も一緒に頑張ろうな」
遼の言葉に答えるように、夜風がRusty Hawkの外装を撫でていった。新たな挑戦が、もうすぐそこまで来ていた。




