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第二話 冷戦から熱戦へ…満州危機前夜

ドイツの声明発表より少し前──ホワイトハウス、大統領執務室。

「なあ、ニコラス。今から日本に向けて戦争準備を始めたら、勝てるか?」

「大統領、それは無茶でしょう。今や日本は世界有数の海軍国です。いや海軍だけでなく、天城大佐が率いる陸軍も、わずか二年で中国大陸を制圧しました。第一太平洋が使えない以上、勝ち目はほとんどないと見てよいと思います」

「そうか。となると、まずは諸島連合からハワイあたりを返してもらわないとな」

「ところが最近、ハワイの軍港に氷室中佐が率いる太平洋艦隊が停泊しているのを確認しております。諸島連合は日本に与したと見なすべきかもしれません」

「現状で勝ち目がないのなら、国力を増強するしかない……が、金が足りないな。オーストラリアからまた巻き上げよう。あいつらもアメリカに協力できて幸せだろう。はっはっは!」


大統領の豪快な笑い声が執務室に響くのを背に、彼は足早にその場を後にした。コツコツと一定のリズムで軍靴を鳴らし、やがて自室へと向かった。

手にしていたのは、日本の外交官から贈られた黒く艶やかな欅の万年筆である。彼はそれで一通の手紙を書き上げた。


「アラバマは大統領の器ではなかった。確かに彼は国民に人気があったが、政治家としては三流だ。敗戦国アメリカを救えるのはウィリアムだけなのだ。君が政界に戻ってきてくれることを切に願う。君ならば平和的な手段で以前のアメリカ合衆国に戻してくれると僕は確信している。良い返事をもらえることを期待してこの手紙を締める。」


コンコンコンと軽くノックすると、中から「開いてるから入ってきてー」と気の抜けた声が返ってきた。

声に従って扉を開けると、ふかふかの椅子を満喫しているであろう氷室の姿があった。髪は美しい栗色で、瞳は穏やかだが決意のこもった深い青色をしている。いつも笑顔で背も低めなので小動物のような印象を受けるが、一度戦になると敵の意表を突く攻撃や航空機によるアウトレンジ戦法、勝利が望めぬ状況での機転ある撤退指示など、海軍士官の中でも交戦能力が群を抜いており、アメリカ兵からは「栗毛の悪魔」と呼ばれているそうだ。

現在、共栄圏や赤城条約のおかげで脅威はないものの、戦略的重要地である太平洋の制海権は彼女に託されている。


「遅くなったが、中佐就任おめでとう。記念にこれを受け取ってくれ」

ポケットから手のひらほどの箱を取り出し、机に置く。

「あら、何かしら。開けていい?」

「どうぞ」

「わあ、懐中時計じゃない!最近壊れて買おうと思ってたから助かるわ。しかもこれ、結構いいやつじゃないの?ほんとありがとう。大事に使わせてもらうわ」


彼女はそっと胸のポケットに懐中時計をしまい、私に椅子に座るよう促してくれた。

「それで、話したいことは何?あなたのことだから、これだけじゃないでしょ?」

私は頷き、机の上に地図を広げた。


「知ってると思うけど、最近満州北部でロシア軍が多数発見されたの。それで大本営は露軍による満州侵攻に備えて、三浦大将率いる五万人を満州に派遣することをさっき決めた」

「大本営も落ちたものね。そんなことをすれば『日本が軍を集結したからこちらも防衛のために軍を送り込んだ』って言われるじゃない。しかも三浦大将を送ったの?確かあの人、七十過ぎてたよね」

「今年の五月で七十二歳よ」

「そんなことより、いくら五万人いてもあの人じゃ持たないでしょ」

「そう、だから私は副官に木暮中佐を推薦したのよ」


そう言うと、彼女はほっとしたように笑った。

「あら、そういうことなら先に言ってよ。木暮さんがいるなら、いくら三浦さんでも露軍如き容易く倒せるわね。ところでこのくらいの情報なら、あなたから聞かなくてももう少し待てば私の耳にも届いたんじゃないの」

「これからが本題で、海軍さんに北海道北西部の海を守ってもらいたいの。それもなるべく大艦隊で、できれば空母二隻は欲しいわ」

「そんなにいるの⁉︎いくらなんでもあんなところに二隻も配置できないわよ!それにどうして空母が二隻もいるの?」

「マニリの軍港に大量の石油が運ばれているのを、うちの諜報部が掴んだの。量にして約五万トン」

「五万か、五万……空母二隻に戦艦一隻、いや三隻は必要か。ロシア海軍はそのまま臨時政府の傘下に入ったから、丸ごと来たらなかなかの強敵よ」


動揺もせず、彼女はすぐに脳内で計算したことを率直に口にした。これが私が彼女を信頼すると判断した一番の理由だ。

「だからこそ、氷室、あなたに頼んでるの。情報源が陸軍だとお偉いさん方が聞いてもくれないから、直接言いに来た」

「頭の硬い上層部ほど厄介なものはないわね……少し待ってて」


おもむろに手を伸ばして受話器を取った。

「あー、もしもし?私だ。そうだ、最近中佐になった氷室よ。急で悪いが、ちょっと太平洋艦隊から空母二隻と戦艦三隻、それに護衛艦をつけた艦隊を小樽に停泊させておいてくれ。なんだ?急に言われても無理?あとで説明するからさ、時間がないのよ。そもそも誰が指揮するのか?私がするわ。何?まだ文句あるの?ないわね、切るよ」


「これで明後日には艦隊は小樽にいるわ」

「ありがとう、恩に着るよ。それでは海は任せた。陸は木暮君がなんとか上手くやってくれる。それではまた」

そう言って、私は彼女の部屋を出た。

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